急落する王都(2)
マゼランが襲撃された場所は人気のない路地だった。直ちに憲兵主体の目撃者探しが行われたが、結果と言える結果はなく、現場から立ち去る者も含めて、目撃された人物は第一発見者のヴィンセントくらいだった。
目撃情報を探し出すことが犯人を特定する手段として最も早いことは間違いない。その手段を捨てることはないだろう。
ただし、実際に結果を生み出すかと言われたら、現状は怪しいと答えるしかない。成果を出せないとは言い切れないが、出せるとも言い切れない微妙な状況だ。
この状況で目撃者探しに全ての人員を割くことは無謀と言えた。
それは事件の捜査にも関わるブラゴの判断だったが、それだけではなく、現場で動くことに決めたヴィンセントからの頼みでもあった。
このままだとマゼランが目覚める前に犯人を捕まえることができない。一命を取り留めたマゼランが回復した時には、犯人を捕まえたと報告してやりたい。
その気持ちもあって、ヴィンセントは目撃者に拘ることを捨て、別角度からの捜査も始めるべきだと提案し、それが受け入れられた。
その手段を探すに当たって、ヴィンセントが気にした物が現場に残された凶器だった。
凶器は何の変哲もない剣だ。王城の所有物ではないことは分かるが、それ以上のことは分からない。
この剣の購入者を調べることで、犯人の特定に繋がらないかとヴィンセントは思った。
もちろん、剣の購入者から犯人を特定することは難しい。
何せ、王都で流通している剣は全てスペードの一族が管理している物なのだ。剣の違いを見つけ出すことも、購入者から犯人を焙り出すことも、莫大な時間をかけないと不可能と言えるだろう。
だが、他に犯人に繋がりそうな物もない。ダメ元で当たってみるしかないとヴィンセントは考え、その剣をスペードの一族のところに持ち込んだ。
スペードの一族の現当主であるギルバートは別件で忙しいようだったが、マゼラン襲撃の一件も耳に入っていたらしく、快く時間を作ってくれた。犯人逮捕に貢献できるならと言って、王都内にある武器屋のリストまで準備してくれていたくらいだ。
そのギルバートに剣を見せ、どの武器屋に仕入れている物か判別できないかと頼んだ。
答えは難しい、というものだった。
武器屋に仕入れる武器は共通して、スペードの一族の武器と分かるものだ。それが武器としてのブランドであり、王都で武器販売する上での一つのルールだ。
その中から一本の剣を見つけ出すことは不可能。難しいと言われて当然だとヴィンセントは思ったが、そういう理由ではないようだった。
「この剣をどの店で販売しているか特定はできません。というのも、この剣は私達の取り扱っている剣ではありません」
「どういうことですか?」
「竜王祭の際に私達が大量の武器を王都に運び込んだのですが、それに乗じて許可なく武器を販売する武器商人が王都で増えているのです。私達はそういう違法な武器商人を摘発している最中なのですが、恐らく、この武器はそういう者が販売している物でしょう」
ギルバートは剣の柄を見せてきた。そこには小さな円の中に爪痕が描かれた独特のマークがある。
「このマークを追えば売っている商人は発見できると思います」
「このマークは?」
「違法ではありますが、武器商人として一定の名が売れていないと、そういう武器も売れませんから、彼らは彼らで自分達が販売している物という証拠を残すようです。そのマークがそれです」
裏の世界で一定の名を上げるための努力。その現れが柄の裏のマークのようだ。
これを追うことで武器商人の特定ができる。商人の特定まで行けば、販売した相手を追うことで犯人の特定ができる。マゼラン襲撃犯の特定のためには、これが一番手っ取り早い。
そう考えたヴィンセントの提案によって、ギルバート達に協力する形で、ヴィンセント達は違法な武器商人の摘発を進めることになった。
☆ ★ ☆ ★
グインと別れたパンテラ前から離れ、イリスはベネオラと共にベネオラ達の宿泊するホテルにやってきていた。そこで与えられたベネオラの部屋にイリスは招かれる。
部屋はグインとベネオラに与えられたこともあって、想定より少し大きい部屋だった。グインの体格を考えたら、当然の広さだとは思うが、イリスとベネオラしかいない今は余るほどだ。
その部屋の中に置かれた椅子に腰かけ、イリスはさっきのベネオラの様子を思い出した。少し心配した気持ちを抱え、ベネオラに目を向けてみるが、ベネオラはさっきから、いつもと同じ調子のままだ。
そのことにイリスは余計に不安を募らせる。
「すみません。お店からコーヒーでも持ってくれば良かった」
「いいよ、気にしないで。ベネオラちゃんも座ったら?」
そう声をかけてみるが、ベネオラは椅子のところにやってくる気配がない。部屋の中を慌ただしくしており、その姿にイリスは心を痛めた。
こういう時にイリスはうまく声をかけられない。これまでの経験から適切な言葉を見つけ出せない。
それは若さというよりも立場の違いだ。ただ違いを埋めるだけの経験がないことも確かなので、若さとも言えるかもしれない。
今のベネオラには違うことを考える時間を与えないといけない。それも気を取られるくらいにしっかりとした時間だ。
それに当てはまる何かがないかとイリスは考え、昨日のことを思い出した。
そもそも、イリスがベネオラと共に荒らされたパンテラの第一発見者となったのは、王城を訪れたベネオラから聞いた話に由来している。
帝国軍人の一人。その中でも佐官でありながら、ライトも把握していないと言っていた人物がパンテラを来店したと聞き、その状況を聞き出すためにパンテラを訪れたのだ。
そこで荒らされたパンテラを発見してしまい、それを聞き出すことを忘れていたが、今こそ、その話をちゃんと聞いた方が良い気がする。
イリスにはどうも無関係には思えない。
再び椅子を手で示し、イリスはベネオラを見た。何をしているかは分からないが、何かをしていることは確かだ。きっとありもしない仕事を探して、部屋の中を彷徨っているのだろう。
「ベネオラちゃん、こっちに来て。聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと、ですか?」
「そう。まだ聞けていなかったこと。いい?」
イリスの問いかけにベネオラは不思議そうな顔をしながらも、ゆっくりと首肯し、手で示された椅子までやってきた。そこで腰を下ろしたことを確認し、イリスは早速、本題を切り出す。
「昨日、言っていたよね?パンテラに軍人が客として来たって」
「ああ、はい。来ましたね」
「その時、どういう様子だったか覚えている?ちょっとできる限りでいいから、思い出してくれない?」
イリスに言われ、ベネオラはゆっくりと視線を上に向けていた。記憶の中を覗き込んでいるようで、目の焦点は向いている先にある天井に合っていない。
「店に入ってきてから、しばらく店内を見回して、それから席につきました。その後はコーヒーを頼んで、一杯だけ飲んで帰っていきました」
「それだけ?他に何かなかった?」
「特には」
「コーヒーを飲んでいる間は?」
「お父さんと軽く会話していましたね。どうして、ここにいるのかとか、そういうことをお父さんが聞いていました」
当然の疑問だろうとイリスは思った。王国と帝国の関係性を考えたら、王国の中、それも王都に帝国の軍人が堂々と軍服を着た状態でいるとは思えない。
何かあった。グインがそこまで悟っても不思議ではない状況だ。
そう考えたら、それだけの情報を外に晒すことは不自然に思えた。グインではなくても、知識のある相手なら、その人物が帝国の人間であることはすぐに分かり、外を歩き回ることには一定のリスクがあるはずだ。
それを気にすることなく、宿泊するホテルからも遠いパンテラを訪れた。
そこに何か理由があるはずなのだが、イリスにはその理由が掴めない。
親交のアピール。情報による混乱の助長。もしくは、行動による内通者との接触。
前者二つは正直、リスクに対して確実性が薄く、行動としてあまりに幼稚とも言えるので、手段として選ぶかと言われたら微妙だが、最後に思いついたものは完璧に否定できないものだった。
パンテラは大通りに面したカフェだ。外から目撃される可能性も高く、だからこそ、イリスは荒らした犯人が空き巣ではないのではないかと考えた。
それをそのまま利用し、その店内で注文した商品、個数、その際の所作などで、内通者に情報を送っている可能性はある。知っている者にだけ伝わるもののはずなので、それをグインやベネオラが怪しむことは不可能のはずだ。
もしもそうだとしたら、内通者は帝国からの使者が到着した日に外部にいたことになる。
あの日、王城内で怪しい動きをする人物がいないことはイリス自身が確認しているので、それは間違いない。
内通者は王城に依存しない。外部にいる可能性もある。そう考えたら、イリスの内通者捜索はより難しいものに変わってしまう。
一度、パンテラで直接確認してみたいが、それは無理だろうか。イリスは隣に座るベネオラに目を向け、考えた。
今のベネオラがパンテラに長くいることは不安を煽る結果になるかもしれない。
だが、イリス一人でパンテラに行くこともできない。それもベネオラの不安を募らせる原因になる。
一刻も早く、内通者の捜索を進めた方がいい現状どうするべきなのかと考え、イリスは頭を悩ませた。
もしかしたら、コーヒーは必要だったかもしれないと今になって思った。
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