急転する王都(5)
効率を考えるなら別行動が最適だが、マゼランは悩んでいる様子だった。待つ気のないヴィンセントが組合の建物を後にしようとすると、マゼランは慌てて制止してくる。
「効率を考えるなら、別行動が一番だろう?」
何を悩む必要があるのかとヴィンセントは当然の指摘をしたが、マゼランは悩む必要があると言わんばかりに指を向けてくる。
「別行動を取ったら、さぼりますよね?」
別行動が効率的であるためには、別行動を取った両方が働いている必要がある。
そのどちらかが休んだ段階で、働いている人物は一人だけになり、二人で回っている時よりも効率は落ちる。
効率を考えるなら別行動が最適である。同時に最も不適当である。
それは相手がヴィンセントであると確定的に存在する矛盾で、マゼランはそれを考慮し、悩んでいたようだ。
ヴィンセントとしては鼻で笑う気持ちを抑え、マゼランにちゃんと言わなければいけない。
「失礼な!そういう人に見えるか?」
「はい」
さも当然のように首を縦に振られ、ヴィンセントは何とも言えない悲しい気持ちになった。
そこまで信用されない道理がどこにあるのだと叫びたくなるが、提示される例に思い当たる節がないわけではないので、ヴィンセントは悲しい気持ちを吐き出せない。
「大丈夫だ。安心しろ。適度にしか、さぼらない」
「さぼるじゃないですか!?」
声を荒げて指摘してくるマゼランにヴィンセントは表情を歪めることくらいしかできなかった。
さぼることなど当然だ。人は働き続けることができないようにできているのだ。さぼりという名の休憩ほどに必要なものはない。
それを力説しようと、ヴィンセントはマゼランの肩に手を置いた。突然の行動にマゼランは驚いた顔を向けてくる。
「何ですか?」
「いいか。休憩という名のさぼりは絶対に必要なものなんだ。人はさぼらないと生きていけないんだぞ」
「そんなわけないでしょう」
冷静に突っ込まれてしまい、ヴィンセントはおかしいと首を傾げた。これで説得できるはずが、マゼランは考慮さえしてくれなかった。
そう思っていたら、ヴィンセントは自分が大切な言葉の一部を言い間違えたことに気づく。
「あ、違う。さぼりという名の休憩だ。休憩がないと人は生きていけないんだ」
「休憩が必要なことには同意しますが、今の発言でヴィンセントさんの本心が見えたので、全く納得できません」
ちょっとした言い間違いだったのにマゼランは見逃してくれなかった。それだけでアウトなのかと叫びたくなるが、礼節を弁えた大人が人前で唐突に叫び出すことはない。
気持ちを切り替えて、ヴィンセントは咳をする。空気を変えるためのスイッチだ。
「いいか、マゼラン。良く考えろ。俺がさぼる可能性はどの状態でもつきまとう。それは一緒に行動していても同じことだ。寧ろ、一緒に行動するからこそ、俺はお前に任せてさぼることができる。だが、一人だとしたら、与えられたノルマが発生する。それをこなすまではさぼることができないという壁が生まれる。どう考えても、別行動の方がいいだろう?」
完璧な理論が生み出せたとヴィンセントは満足感すら覚えていたが、マゼランからの視線は冷ややかなものだった。
「前提がおかしいですね。どの状況でもさぼらないでください」
「おいおい、正論で殴るなよ。人が一人死ぬぞ?」
「十字架を向けられた吸血鬼ですか?正論に人を殺す効果はありません」
生命的な意味合いよりも尊厳的な意味合いでの死をイメージしていたのだが、マゼランは額面通りに受け取ったようだ。真面目に返してこられて、ヴィンセントも流石に苦笑いを浮かべた。流石に正論で殴り殺されるほどに柔な身体はしていない。
「分かった。それは別として、実際、数が多いことも事実だろう?二人しかいない状況で、一緒に行動して何日かかるんだ?その間に逃げられたら、どうする?」
まだ白か黒かも確定していない相手を調べるのだから、その動きは素早ければ素早いほどいい。流石のヴィンセントもそれくらいの常識は理解している。
全うとしか言いようのないヴィンセントの指摘に、流石のマゼランも言い返せなかったのか、少し苦々しい顔で悩むような素振りを見せていた。
「確かにそれもそうなんですよね……」
「やっぱり、別行動にしよう」
「分かりました……それなら一つ条件を」
そう言いながら、マゼランは組合から借りた大工のリストを渡してきた。二人なのだから本来は全体の分量の半分が渡されるところなのだが、今はその半分も渡されていない。全体の六分の一とか、それくらいの量だ。
「まずはこの量をお願いします。それが終わったら、一度、ここで落ち合いましょう」
「おいおい、そんな面倒なことをするのか?」
「さぼり防止です。それに聞き込んだ先で分かる他の人のアリバイもあるでしょうから、リストの全部を調べる必要性はないはずなんですよ」
関係性が出来上がっているのなら、そこから分かる話もあるはずだ。マゼランの考えは確かにそうだと思うもので、ヴィンセントとしては否定したくてもできなかった。
結局、その渡されたリストを受け取り、そこに書かれた大工を片っ端から当たってみたのだが、特に目立った成果もなく、マゼランと合流するためにヴィンセントは再び組合の建物に戻ってきていた。
あのマゼランのことだ。当然、ヴィンセントよりも仕事は早いだろう。
そう思っていたのだが、組合に到着した段階でマゼランの姿はなかった。もちろん、距離の問題もあるので、ヴィンセントの方が先でも不思議ではない。
すぐにマゼランも戻ってくるだろうと思い、ヴィンセントは組合の建物でしばらく待つことにする。
それから、どれくらいの時間が経ったのか。流石に知り合いの一人もいないところで、長時間待つこともできない。ヴィンセントは痺れを切らして建物の外に出るが、見える範囲でマゼランはいない。
まだ戻ってこない。流石に遅いのではないか、と時間を正確に把握していないのに、感覚で思ったヴィンセントは悩んだ末、マゼランを探すために組合の建物から離れることにする。
どちらにしても、待ち合わせをしている場所は決まっているので、見つからなかったら戻ればいい。そこで落ち合えるはずだ。
その考えが根本にあるので、少し探したら戻るつもりだった。
組合前でマゼランと別れる際に、マゼランが歩いていった方にヴィンセントも向かい、その方面から帰ってくると決まっているわけでもないのに、マゼランの姿を探し始める。
当然、マゼランの姿は見当たらない。このままだと非効率的なことをすることになり、別行動を取った意味がなくなる。
それが分かっているので、どうしようかと悩みながら、ヴィンセントが近くの路地に入ったところのことだった。
路地の中央で誰かが倒れていた。離れていて顔は見えないが、成人男性だ。身軽な服装を身にまとい、その服の隙間からは赤い水溜まりが見える。
誰かが殺されている。そう直感的に思ったのも束の間、ヴィンセントはそこに倒れた人物の服装に見覚えがあることに気がついた。
嫌な予感が頭を過って、ヴィンセントは急いでその人物に駆け寄る。
そして、その嫌な予感が当たっていることを確認した。
「マゼラン!?」
ヴィンセントは叫びながら屈んで、マゼランの身体に触れた。まだ温かく、呼吸はか細いが続いている。
まだ死んでいない。そのことに安堵した直後、触れた血の温かさに身体を硬直させる。
傷口は見るからに斬りつけられたものだった。それを証明するように、マゼランを傷つけたと思われる剣が近くに落ちている。
問題はその傷がまだ新しいところだ。
(犯人が近くにいる!?)
ヴィンセントは腰元の剣に手を伸ばし、辺りに目を向けてみるが、路地の中にはヴィンセントとマゼランの二人しかいない。
(追えば捕まえられる……!?いや、それをしたら、マゼランが死ぬ……!)
ヴィンセントは剣から手を放し、助けを求めて路地の外に駆け出した。近くの衛兵を急いで呼び出し、医者を呼ぶように伝え、マゼランを運ぶ手助けをさせる。
その間もマゼランは意識を失い、生死の境を彷徨っていた。
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