急転する王都(3)

 豹の獣人であるグインは非常に目立つ。意識的に追いかけなくても、先を歩いているかどうか分かるほどに目に入る。


 だから、後ろを歩いていたら見失うことはないとキナは思っていたが、その油断が災いしたのか、気づいた時にはグインの姿を見失っていた。

 慌てて辺りを探してみるが、目立つグインが簡単に見つからないはずもない。姿が見えないということは、この辺りには既にいないということだ。


 それなら、グインの向かっていた先を探してみたいところなのだが、グインを追って王都の外れに来てしまったが故に、キナは道が分からなくなっていた。どこを行けば、どの道に出るのか、少し前まで外出を真面にしたことがなかったキナには掴み切れない。


 どうしようかと思いながらも、グインを尾行するに至った理由を思い出し、キナは気になって帰ることもできない。

 もしかしたら、グインはここで例の女性と密会しているのかもしれない。その考えが頭を過って、まだ探そうかと近くの路地に目を向けた。


 そうして、逡巡している最中のことだった。キナは唐突に背後から背中を叩かれ、少し驚きながら振り返った。


「ちょっといいかい?」


 そのように声をかけてきた人物を見上げ、キナは少し驚いた顔をした。


 それは見るからに軍服を着た軍人と思しき二人の男だった。優しく微笑みかけるように一人がキナに声をかけ、もう一人はその後ろでやや険しい表情をしている。

 その二人の様子に少し怯えるキナに、声をかけてきた方の男が慌てて両手を振った。


「別に怪しい者じゃないんだ。ちょっと君の行動が気になって、声をかけただけなんだよ」

「私の?何が?」

「君、さっき豹の獣じ……グ…グイ……グイン…さんを追いかけていなかった?」


 男の発した言葉を聞き、キナの表情から少し怯えが取り除かれた。やや明るい顔になり、少し前のめりの姿勢になる。


「グインを知っているの?」

「ああ、うん。ちょっと昔の知り合いでね。聞いてない?あの人が軍人だったこと」


 そう言われ、キナは以前、グインが故郷で軍人だったと話していたことを思い出す。


「俺…俺達の親が世話になったんだよ」

「そうなんだ。グインと一緒に働いていた人?」

「まあ、そうだね」


 男の柔らかな笑顔にキナは納得し、うんうんと何度も頷いていた。まさか、こんなところでグインの知り合いに逢えるとは思ってもみなかった。


「それで君はどうして追いかけていたの?」

「それはね。実は……」


 そう言いながら、キナは誰に聞かれても問題はないことのはずなのに、内緒話という雰囲気に自然と男の耳に口を近づけていた。男が耳を向け、キナは小さな声でグインに恋人がいる可能性を教える。


「恋人?あの人に?」

「そう。それを調べるためについてきたの」

「へえー、そうなんだ。君はあの人と仲がいいの?」

「友達だよ。お店にも良く行くし」

「ああ、そうなんだね」


 その一言を聞いた男がちらりと背後に立つ男に目を向け、その視線に気づいた背後の男が小さく頷いたように見えた。その様子にキナが不思議そうにしていると、再び男がキナの方を向く。


「なら、ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん。大丈夫だよ」


 キナが快く頷いてあげると、男はとても嬉しそうに笑い、キナに一つのお願いをしてきた。それはキナにとっても心躍る楽しげなお願いだった。



   ☆   ★   ☆   ★



「おいおい、探しても見つかるのかよー」


 与えられた仕事に頭を抱えながら、ヴィンセントが非常に面倒臭そうに呟いた。その様子に同行するマゼランは別の理由で頭を抱えざるを得ない。


「見つかるかどうかではなく、探すことに意味があるんですよ。可能性があるなら動くべきです」

「真面目かよ。俺はこういうちまちま系が向いてないんだよ。騎士団長は何で俺を選ぶかな?」

「そういう風に言って、すぐに仕事をさぼるからでは?」


 他の仕事を真面目にこなしていたら、今回の人員は他から割かれたかもしれない。どちらにしても、真面目に仕事をこなすマゼランには、ヴィンセントにとってどちらがいいのか分からないが、今回はこう決まった以上、やる気になってもらうしかない。


「そもそも、闇雲に当たって見つかると思っているのかよ?」


 ヴィンセントは嘆くように言ったが、実際、特定はかなり難しかった。


 城壁を修復した大工に当たると言っても、その候補は数人程度ではない。城壁の修復に関わった大工の数は多く、その中の一人が関与しているのか、それとも、全員が関与しているのか、そこすら分かっていない。

 それらを特定できるレベルまで調べられる手段はないに等しい。現実問題として、調べることは非常に厳しいが、できることが全くないわけでもない。


「誰が術式を仕込んだのか特定ができなくても、存在する可能性を先に潰しておくことはできるので、そちらに回るのも手ですね」

「存在する可能性?」


 大工達に仕事を斡旋する組合の建物に近づきながら、マゼランが思いついたことを口にすると、ヴィンセントが少しだけ乗るように聞いてきた。


「今回の場合、調べるべき対象は二つです。術式を仕込んだ大工と、それを使って王城に侵入している人物。今から私達は前者を調べようとしています」

「後者を調べることは前者よりも難しいからな。当然だ」

「それはそうです。ですが、ここにはもう一つの可能性があります。それが前者と後者が同一人物である可能性です」


 ブラゴも考えていたように、術式を仕込んだ人物が侵入者である可能性は当然のように存在している。大工が王城に侵入する理由がないので、今回は基本的に別で考えているが、全くないと言い切れるわけではない。


「もしも、この前者と後者が同一人物である可能性を調べれば、当たっていたとしても、外れていたとしても、一つ進展があったと言えます」

「いや、でも、後者を調べる方法はないだろう?」

「漠然と王都を調べるとしたら、その手段はないに等しいですが、前者と合わせて限定的にできれば、それを調べる手段はあります」

「どうやるんだ?」

「少しは考えてくださいよ。簡単なことです。侵入者が行動した日にアリバイのない大工に当たればいいだけです」


 王城に侵入した日に仕事がないか、仕事があっても姿を消していたと分かれば、その大工が侵入者である可能性は高くなる。

 容疑者が絞られれば、後は持ち物を調べるだけで犯人の特定ができるので、侵入者を見つけ出すことも不可能ではなくなる。


「確かにそれはそうだが、そもそも、いつ侵入者が行動したとか分かるか?」

「いや、一日だけ確実な日が分かっているでしょう?」


 そう言われ、ようやくヴィンセントは頭を働かせたのか、納得したような声を漏らした。


「そうか。か」

「そうです。その日のアリバイを調べることで、場合によっては侵入者が特定できるかもしれません」

「できなかったら?」

「侵入者と術式を仕込んだ大工は同一人物ではないと分かります。その場合は術式を仕込んだ大工の特定に移るので、長い調査の始まりですね」

「マジかよ……」

「ですが、侵入者の特定よりは現実的です」

「それはそうかもしれないが……」


 気が滅入ったのか、青褪めた顔で項垂れるヴィンセントにマゼランはどうするのか訊ねた。ヴィンセントが何を言うかは分かり切っていたが、一応の確認だ。

 そう思っていたら、想定通りの回答をヴィンセントは口にした。


「アリバイを調べよう」


 二人の方針が定まったところで、タイミングを見計らったように二人は組合の建物に到着した。

 マゼランが扉を開こうとすると、ヴィンセントは格好悪いと思ったのか、途端に背筋を伸ばしている。その姿にマゼランが笑みを堪えながら、二人は組合の建物に入っていった。



   ☆   ★   ☆   ★



 落ちた剣を発見したことにグインは驚いたが、その驚きはそこで留まらなかった。部屋の中で物音を立てた剣の奥には何かが詰まれ、その何かを目にしたグインはそこで言葉を失う。


 これはどういう状況かとしばらく考え、最も全うな答えが頭に浮かんだところで、ようやくグインは口を開くことができた。


「お前、か?」


 部屋の中にある剣は物音を立てた一本だけではなかった。その後ろには山のように剣が詰まれ、それらをまとめている最中のように見えた。


「そうだ。悪いか?」

「別に悪いなんて言ってない。そうか。今は武器を売っているのか」


 軍人をしていた頭で考えると、武器はそのまま戦争や人殺しに繋がる危険なワードのように思えるが、別にそれだけに留まる物ではない。

 犯罪者から民衆を守る衛兵も武器を所持している。武器は相手を攻撃する力だけでなく、何かを守る力にもなり得るのだ。


 それを一概に否定するはずもない。特にエアリエル王国には、それで有名な優しい人物もいると思い出し、グインはさっきのガルシアの話を思い出した。


「ああ、そうか。大事な仕事ってあれか。ギルバート卿との商談とか、そういうことか」


 エアリエル王国での武器売買は全てスペードの一族が管理している。武器商人であるガルシアがこの国に来て、大きな仕事があると言うからにはそういうことだろう。

 そう思ったのだが、ガルシアの返答は少しだけ戸惑ったものだった。


「ま、まあ、そんなところだ」


 その様子に少しだけ不思議に思いながらも、グインはガルシアを祝福しようと思う。


「そうか。それなら、この国に長くいるんだな。おめでとう。いや、おめでとうは早いか。うまく行ったら、報告してくれよな」


 自分のことのように嬉しそうに言うグインを見て、ガルシアは大きな溜め息をついてから、小さな声で「分かった」と答えた。


「なら、あんまり邪魔するのも悪いか。その仕事が終わってから、また話せるよな?」


 グインはそう聞いたが、ガルシアはその問いに何かを言うことも、頷くこともなく、静かに部屋の中に目を向けた。


「仕事が残っている。もう帰ってくれ」

「あ、ああ、分かった。商談が終わったら、うちに来てくれよ。コーヒーくらい奢るから」


 グインは扉から離れ、そのように声をかけたが、その言葉に答えはなく、ガルシアはゆっくりと扉を閉めた。

 その様子にグインは少しだけもやもやとした不安を抱えたが、ガルシアの言葉や成功を信じ、今日のところは帰ることに決め、その場所を後にするのだった。

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