急転する王都(2)

 エルの調査によって城壁の中に組み込まれた術式の存在が明らかになり、その術式を利用して自由に王城に出入りする侵入者の存在も判明した。


 本来なら、その魔術を使用できない状態にした上で、誰が侵入していたのか犯人を突き止めることになるのだが、残念ながら現時点ではそのどちらの対応も行うことができなかった。


 魔術の使用を止めるためには術式を破壊するか、書き換えるか、術式の効果を阻害する必要がある。そのどの手段でも必要となるのが、術式に直接干渉することだ。


 もう少し高度な術式なら、外部から術式を阻害する術式を作り出すことで、術式の効果をなくしたり、薄くしたりできるのだが、今回の術式はあまりに簡易的なもので、仕様がかなりアナログに近く、直接的に干渉する以外の方法で止めることができなかった。


 しかし、術式は城壁に組み込まれてしまっている。その術式に干渉するためには、一度城壁を破壊するしかない。


 城壁の破壊自体は問題ではない。一時的に破壊しても、すぐに修復すればいい。修復するまでの間は、警備を増やすことで十分に対応もできる。


 だが、今は状況が最悪だった。敵国である帝国の軍人が王都に滞在し、王国の動きを逐一監視している。

 どこまで帝国が王国の状況を把握しようとしているか分からないが、城壁の破壊に気づかないほど馬鹿ではないだろう。何かあったと知られる時点で、それはリスクでしかない。


 結果、エルとブラゴがそれぞれに導き出した答えは交わり、周辺の警備を増やすことでの対応、というところに落ちついた。それ以外の対応手段が現在はない。


 ただし、侵入者が見つかれば、それも話が変わってくるのだが、こちらも術式の干渉に負けず劣らず難しいことだった。


 侵入者の残した痕跡は僅かで、そこから特定することは難しく、侵入者に求められる特別なスキルがあるわけでもない。魔術は簡易的なもので、魔術師でなくとも使用できる。犯人は魔術師に特定されない。


 唯一、犯人の特徴として考えられるのが、術式に対応した別の術式の入った持ち物だが、それは基本的に持ち運びできる物なら、描く物は何でもいいというアバウトさだ。

 それを探し出そうと思えば、王都中の住人全てを調べ出し、その持ち物を一つ一つ確認する必要がある。その不可能さは言うまでもない。


 もしも、それが行えるだけの人材がいたとして、その行動を衛兵が取り出した時点で、犯人は逃走を考えるだろう。大人しく術式の入った持ち物を見せるとは考えられない。


 犯人の特定は不可能。これもエルとブラゴで珍しく、共通の認識として存在していた。


 しかし、ただ一つだけ犯人に繋がる可能性が残されていた。


 それがだ。城壁に組み込まれた術式は簡易的なもので、使用するためには対象に組み込む必要がある。


 つまり、今回は城壁に組み込まれたことで、城壁を通り抜けることができるのだが、そのためにはまずというハードルを越えなければいけない。


 干渉するためには城壁を破壊しないといけない術式だ。があっただろう。

 その手段は難しく、過去に事故や事件が起きていたら、王城に記録が残っているはずだ。


 だが、そのことをブラゴが何も言わなかったように、そのような事故や事件は少なくとも、ブラゴが王城に関わってからは起きていない。

 エルがまだ直接術式を見ていないので、いつ頃に組み込まれたかは分からないが、王国の歴史を考えても、それほど長く術式が組み込まれていたとは考えづらい。


 そうなれば、術式を組み込んだ方法は記録に残らない。もしくは疑われない方法を取っていたに違いない。


 そう考えた時に、最も初めに思いつく手段がだった。


 城壁を破壊し、術式を取り出すとして、その後に城壁を修復する必要があるように、城壁を他の理由で修復する際に術式を組み込めれば、それは誰にも怪しまれることなく、疑わしい記録も残らない。


 もしも、その手段を取ったとしたら、城壁の修復に関わっている人物が術式の組み込みに関与している可能性がある。

 その人物が犯人であると特定することは難しいが、犯人の協力者である可能性や、知らない間に犯人と接触し、利用されていた可能性はある。


 善悪の判定は難しいところになってくるが、どちらにしても犯人の顔や素性を知っている可能性があるので、そちらから侵入者に接近できる可能性自体はあるとブラゴは考えた。


 城壁の修復となれば、頻繁に行われるものではない。過去に行われた修復は数えられるほどであり、最低でも十年以上は大工を続けている人物のはずだ。


 そこまでの特定を済ませ、そこからは現場で本格的に聞き込みを始めたいところだったのだが、ここで再び壁にぶち当たった。


 それが城壁の方の警備の問題だ。城壁を破壊し、術式を取り除くことができない以上、そちらに警備のための人員を割く必要がある。


 帝国からの使者が来ている状況で、他の警備を移動させることは危険でしかないので、もしも人を回すなら、緊急時の行動を考えて待機させている人材を動かすしかない。


 本来、大人数の聞き込みが急遽行われる際に、特別に兵士が駆り出されることがあるのだが、そういう兵士も今はその警備に回さざるを得なかった。


 それに仮に一定の人員を確保できていたとしても、帝国の目がある以上、大っぴらに調べることはできない。それは何かあると知らせるようなものだ。


 限られた人材で、あくまで帝国には気づかれないように調査を進めるとなると、そのハードルは非常に高かった。並の兵士では越えることもできない。


 そのため、結果的にブラゴが呼び出した人物は二人に限られた。警備に回すことなく、調査に集中させる方が相応しく、帝国に気づかれないよう極秘の行動が取れると信頼できる二人だ。


 それがヴィンセントとマゼランだった。この二人なら、城壁の術式を発見するきっかけを生んだこともあって、その存在を違和感なく知っている。話す人数を増やして、外部に漏れる心配をする必要もない。


 あまり乗り気ではない態度を露骨に見せるヴィンセントと、与えられた仕事に対して真剣さを表情から見せるマゼランにお願いし、ブラゴは二人を王都の街中に送り出す。

 その態度には不安こそ残るが、二人共ブラゴよりも先に騎士になった先輩であり、信頼に足る人物だとブラゴは勝手に考えている。一定の成果は問題なく上げてくれるだろう。


 こうして、極秘の内に内通者の捜索だけではなく、侵入者の捜索も開始された。



   ☆   ★   ☆   ★



 数度のノックにも返答はなかったが、中に誰かいることは物音から分かった。更にノックを繰り返してみるが、扉の向こうからの応答はなく、物音は止まる気配がない。


 まさか、泥棒かと一瞬考えてしまったが、もしも自分が泥棒だとしたら、今のように物音を立てることはない。ノックに気づいた時点で手を止めて、扉の向こうには誰もいないと思わせるはずだ。


 それならばどうしたのだろうかと更にノックを繰り返したら、途端に中から聞こえていた物音が消え、しばらく後にゆっくりと扉が開かれた。


「何だ?誰だ?」


 不機嫌そうに呟かれた低い声と共に、扉の向こうからひょっこりと顔を出したのはガルシアだった。数日振りの虎顔を前にして、ノックを繰り返していたグインは嬉しさが溢れ、堪え切れない笑みを漏らす。


「よ、よう。探したんだ、ガルシア」


 そうグインが答えた途端、ガルシアの表情が険しくなった。少し睨みつけるようにグインを見てから、警戒するように少しだけ扉から身体を出してくる。


「何の用だ?」

「この前、少ししか話せなかっただろう?だから、ちゃんと話したいと思って探したんだよ」

「どうやって、ここが分かった?」

「俺達の姿なら、嫌でも目立つだろう?虎の獣人を聞き回って、ここをようやく見つけたんだ」


 自虐も込めた一言だったが、それはガルシアにとって、あまり良い響きではなかったようだ。グインの一言を聞いた瞬間から、ガルシアは嫌悪感を口の端から牙として見せていた。


「そんなつまらないことを言いに来たのか?こっちは忙しいんだ。お前と違ってな。くだらない話なら帰ってくれ」

「そう言わないでくれ。今度こそ、ちゃんと話したいんだ。あれから今まで何があったとか。お前が見てきたものも知りたいし、俺が見てきたものも伝えたいんだよ」


 獣人である自分でも受け入れてくれる場所がある。自分達でもちゃんと生きていける。今のグインだからこそ言える言葉はたくさんあった。それを今度こそ、ちゃんと伝えたいと思っていた。


 だが、ガルシアは聞く耳を持とうとしなかった。


「今のお前がどうかは知らない。だが、今の俺は大事な仕事が待ってるんだ。これがうまく行けば、俺はようやく全てを取り戻せる。お前と違って、腑抜けた居場所じゃない。俺達に相応しい居場所だ」

「何を言ってるんだ?俺達に相応しい居場所って……」


 そこで部屋の奥で何かの落ちる音がした。自然とグインの視線は扉の隙間に吸い込まれ、部屋の奥で落ちた何かを見つける。


「あれって……か?」


 その呟きに部屋の中を一瞥したガルシアが小さく舌打ちをする。


 部屋の中で音を立てた物は、見るからにだった。

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