交錯する王都(3)

 報告はマゼランによって速やかにまとめられ、ブラゴの元に届けられた。報告書に目を通したブラゴは調査結果に自然と表情を険しいものに変える。


「簡易魔術の痕跡を発見?」

「エル様曰く、特定の場所の通行を可能とするドアのような魔術だそうです。許可証のように特定の術式の描かれた物を持った人物だけが、その場所を通れるようになるとか」

「描かれた物というのは具体的には?」

「術式が描かれていることだけが条件で、物自体に制限はないそうです。持ち運びできる物から身につける物まで、通行の妨げにならない物なら、何でも構わないと」

「つまり、そちらの特定は難しいということか」


 魔術に関しての情報をエルから託されたマゼランの説明を聞きながら、ブラゴは手元の報告書を更に読み進めていた。


 魔術の痕跡があると分かったところまではいいが、対処法まで書かれていないと分かったところで意味はない。これまでと何も状況は変わっていない。

 寧ろ、明確に侵入されていると分かっただけ悪化しているとも言える。


 あのエルのことだから、その辺りに手を抜くはずもないので、嫌々受けた仕事だとしても、その辺りの記述は見られるだろうと思ったが、報告書には対処法の類が一切書かれていなかった。


 まさか、マゼランが書き損ねたのかと思い、ブラゴは報告書から顔を上げ、マゼランを見つめる。


「その魔術への対処法が書かれていないが、あいつは何も言っていなかったのか?」

「そのことですが、そこにも書かせていただいた通り、警備を厚くする以上の手がないそうなのです」

「まさか、魔術を放置すると言うのか?」

「放置するというよりも、今すぐに対処はできないそうです」

「どういうことだ?」

「この簡易魔術ですが、その通りたい場所に仕込む必要があるそうなのです。その仕様から、本来はあまり使用されない魔術なのですが、その仕様が故に今回はすぐの対処が難しいと」


 そのマゼランの説明を聞いたことで、ブラゴはさっきまで目を通していた報告書の中にあった一文を思い出した。その一文に目を落とし、ブラゴは納得したように頷く。


「そういうことか。だから、わざわざ『』と書かれているのか」


 城壁の中に術式が仕込まれ、その魔術が発動しているとしたら、その魔術の対応をするためには、城壁の一部を破壊する必要がある。


 城壁の破壊自体は修復できる範囲なら問題ないが、今は帝国からの使者もやってきている状況だ。その中で城壁を破壊して術式を探す行為は取れるわけもなく、警備の増強が妥当とエルは判断したらしい。

 ブラゴもその判断には賛成だった。


「足跡から侵入者の特定は?」

「靴底からの特定を考えましたが、王都内で出回っている靴のようで難しいかと」

「なら、その場所を使われないように警備を増やす以外にないか……」


 ブラゴは報告書をテーブルの上に戻し、マゼランに残りの手配を伝えながら、軽く頭を抱えた。


 帝国の軍人がやってきている状況で、他のことに警備を回す余裕があるのかと言われたら、それは難しいところだ。

 せめて、許可証代わりになっている何かが判明すれば、犯人の特定にも繋がるのだが、と考えながらも、その難しさにブラゴは無理かと自嘲気味に笑みを浮かべた。



   ☆   ★   ☆   ★



 日中のこの時間なら、本来は忙しくなっている頃だと思いながら、ベネオラは手に持った箒を動かしていた。

 今日は客が少なく、暇になっているわけではない。店主であるグインが何かの用事で出かけてしまったため、臨時休業となっていた。グインの用事は何か気になり、ベネオラは何度か訊ねたのだが、人と逢うこと以上の情報は教えてくれなかった。


 そんなこともあって、唐突にできた休みなのだが、あまりに唐突にできてしまったために、何かをしに行く考えも思い浮かばず、ベネオラは一人で店の清掃を進めていた。

 入口のドアが開き、鐘の音が鳴ったのはその時だった。


「あっ、すみません。今日はお休みで……」


 そこまで口にし、入口に目を向けたベネオラの前で、入ってきた人物が軽く手を上げ、挨拶してきた。


「やあ、ベネオラちゃん」

「オーランドさん?どうしたんですか?」

「いや、それはこっちの台詞だよ。臨時休業ってなってるけど、何かあったの?」


 オーランドの心配した表情と声色にベネオラは苦笑を浮かべた。優しい人だと思いながら、ベネオラはグインが用事で出かけたことを伝える。


「ああ、何だ。マスターの急用なのか。病気とかじゃないんだね」

「ええ、そうです。ご心配をおかけしてすみません」

「いやいや。何の用事なの?」

「さあ、それが私も人に逢うことくらいしか……あ、そういえば」


 ベネオラはオーランドが来店する少し前のことを思い出した。


 実は臨時休業となったパンテラだが、その間にも二人の客が来店している。一人は今、入ってきたオーランドだ。客として入ってきたというよりも、心配して様子を窺うために入ってきてくれた。


 それと同じ目的で入ってきた人物がもう一人。それがキナだった。


 キナもオーランドと同じように店内に入ってきて、オーランドと同じように臨時休業となっている理由を聞いたのだが、そこでオーランドとは違うことを口にして、慌てて外に飛び出した。


 その時のことを思い返し、ベネオラはキナの話をオーランドにしていた。


「どうして、飛び出していったの?」

「それがお父さんは人と逢うって言ってたって言ったら、『それはきっと女の人と逢うんだよ』って言って、お父さんを探しに行っちゃったみたいで」

「女の人?どういうこと?」

「それがお父さんも独身なのだから、結婚とか考えて決まった相手がいるのかもって」


 グインのそういう話を想像できず、ベネオラはないと思いながら、苦笑を浮かべていたが、それを聞いたオーランドはベネオラとは対照的に納得した顔をしていた。


「確かにベネオラちゃんも大きくなったし、もしかしたら、マスターもそういうことを考えるのかもしれないね」

「え?」

「ほら、周りで変わったこととかない?良く話している女の人がいるとか?」

「良く話している女の人……ベルさんですかね?」

「絶対にそれではないね。それ以外だね」


 ベネオラは普段のグインの様子を思い返してみるが、ベル以外に話している相手は店に来る客くらいで、それも明らかに接客と言える対応しかしていない。


 そもそも、客としてくる女性の大半は主婦で、流石にグインが相手のいる女性に手を出すとは思えないし、思いたくない。


「女の人が絡んでなくても、変わったこととかないの?違うところから分かるかもしれないよ」

「変わったことですか?そうですね……」


 変わったことと言われて、ベネオラはいろいろと思い返してみるが、やはりグインの普段の行動の中に変わったところがあるとは思えない。


 強いて言うなら、最近はずっと何かを考え込んでいる様子だが、その理由はベネオラにも分かっていないので、何とも言えない。それが関わっていると言われても、どのように関わっているのか想像もつかない。


 そう思っていたら、不意に昨日のことを思い出し、ベネオラは思わず「あ」と口にした。


「何かあった?」

「あ、いえ、これは関係ない奴なので」

「いやいや、話してみてよ。関係あるかどうかなんて分からないし」

「そうですかね……」


 絶対に関係ないとは思いながらも、ベネオラは昨日の来客の一人を思い出し、ゆっくりと店内に目を向ける。


「昨日、変わったお客さんが来たんですよ」

「変わったお客さん?」

「軍服に身を包んだ軍人さんだと思うんですけど、雰囲気が知ってる軍人さんと違うし、それに服も王都とかで見る物と違ったんですよね。その人が客としてやってきて……」


 ベネオラはその時のことを思い返し、客としてやってきた軍人が座っていた席に目を向ける。その時にグインと軍人が何かを話していた気もするのだが、ベネオラは怖くて、あまり覚えていなかった。


「いや、やっぱり、これは関係ないですよ!」


 慌てて両手を振りながら、今の話はなかったように言うベネオラを見て、オーランドも苦笑いを浮かべていた。


「確かにそうみたいだね。女の人と繋がる話にも思えなかったしね」


 お互いに話題を変えようと、苦笑を浮かべたまま顔を見合わせていたが、特に他の話題が簡単に思いつくわけもなく、少しの間、店内を静寂が漂った。


「そうだ!」


 そこで唐突にベネオラは思いつき、思わず叩いた拍手の音が店内に響き渡った。突然の音にオーランドも驚いた顔をしている。


「せっかくですし、コーヒーとかどうですか?コーヒーなら私だけでも淹れられますから」

「あ、あー……ああ……」


 キラキラと目を輝かせ、オーランドに提案するベネオラを見て、オーランドは隠せない困惑の色を顔に出していた。ぽりぽりと頭を掻きながら、行き場を失ったように視線を彷徨わせている。


「どうですか?飲みませんか?」


 キナの時にも言おうとは思ったが、キナはあまりの速度で立ち去ってしまい、言う暇がなかった。

 だが、オーランドはこうしてここに残っているのだから、一杯くらいは飲んでいってくれるだろう。


 その思いで見つめていると、オーランドは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認してから、少しぎこちない笑みを浮かべた。


「そう、だね。じゃあ、一杯だけ貰うよ。ベネオラちゃんの成長を見せてもらおうかな」

「頑張ります!」


 意気込むベネオラに苦笑しながら、オーランドは少しぎこちない歩みで、さっきベネオラの見たテーブルについていた。

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