王女の決意
王城内で捕縛した罪人を一時的に捕らえるために、王城には地下牢があった。その限定的な使用条件から普段は全く使われていないのだが、ガイウスの案内で辿りついた場所は、その地下牢だった。どうやら、ラキアはそこに幽閉されているらしい。
「この扉の向こうにいます」
重い鉄扉の前に立ち、ガイウスがソフィアに向き直った。ソフィアは緊張した表情で頷いてから、ガイウスが鉄扉を開く姿を見つめる。
鉄扉の向こうには、いくつかの牢屋が並んでいた。最も手前にある牢屋は開いており、その奥も開いている。ソフィアは奥に進みながら、その並んだ牢屋を順番に見ていく。どこにラキアがいるのだろうかと思いながら、ソフィアは一番奥の牢屋の前に到着する。
そこで牢の中に誰かがいることに気づいた。牢の奥に置かれたベッドに腰掛けており、ソフィアの存在に気づくと、ゆっくりと顔を上げていた。
「殿下…?」
小さく呟いたその人は驚いたように目を見開きながら、ソフィアの顔を見ていた。牢に入れられてはいるが、ちゃんとした扱いは受けているようで、髪は無造作に伸びることなくまとめられ、着ている服も非常に綺麗なものだった。牢の中も全体的に綺麗にされており、その様子にホッとしながら、ソフィアはそこにいた人の顔を真正面から見つめる。
その顔は見間違えることはない。間違いなく、ラキアだった。
「久しぶりね、ラキア」
「どうして…?」
ラキアはベッドから立ち上がりながら、不思議そうな顔をしていた。その姿に小さな笑みを浮かべながら、ソフィアがラキアに聞いてみる。
「何も聞いていなかった?」
「私と逢いたい人がいるとだけ…それが殿下だとは思いませんでした」
そう答えながら、ラキアはソフィアから目を逸らしていた。ソフィアはその姿に、どこかホッとする自分がいた。
ラキアが反乱分子だったと聞き、もしかしたら、ソフィアはラキアに嫌われていたのかもしれないと思っていた。直接逢うことで、その嫌悪感が真正面からソフィアに向けられる可能性があり、ソフィアはそれに耐えられるかと不安だった。
しかし、今のラキアの様子を見るに、その不安は杞憂に終わったようだ。実際にラキアがソフィアを嫌っているかどうかは分からないが、明確に敵意を向けてくる気配はない。
「どうして、ここに来たのですか?」
ソフィアを見ることなく、ラキアがそう聞いてきた。その一言にソフィアは緊張を解すために呼吸を深く繰り返しながら、どのように質問するべきだろうかと言葉を選び始める。
ソフィアがラキアに聞きたいことはたくさんあった。ただ聞きたいだけでいいのなら、簡単に言葉の一つくらい出てくる。
だが、その質問でソフィアはラキアの本当の気持ちを知れるのかと思えば、疑問が生じる質問ばかりで、ソフィアは迷いに迷うことになった。
そして、ようやく選んだ言葉をラキアにぶつけてみる。
「ラキアはこの国が嫌いなの?」
その質問に動揺したのか、ラキアが大きく目を見開き、唾を飲み込む音がした。ゆっくりとソフィアを見てから、迷った様子を見せている。
「正直に答えてくれていいよ?」
ソフィアがラキアの背中を押すように、そう言葉をかけると、ラキアは迷った様子のまま、ゆっくりと口を開いた。
「嫌い…というわけではありません。ただ…」
「不満があった?」
「そういう言い方もできるかもしれませんね」
ラキアは困ったように苦笑しながら、ソフィアを見てきた。その様子にソフィアは何かを隠していると察することができた。その何かを聞き出さないといけないとソフィアは考えてみるが、そのための言葉がソフィアは思いつかない。聞き出すまで、ここから離れるつもりはないのだが、どうやって聞こうと悩んでいると、ラキアが不意に口を開いた。
「私の立場について、この国に不満を持ったことはありません」
「え?」
ラキアの突然の告白に驚き、ソフィアがラキアを見つめると、ラキアは言葉を選んでいるのか、少しずつだが話し始めてくれた。
「そもそも、私は反乱分子の一員ではありませんでした。偶然、その存在を発見してしまい、当初は国に報告し、摘発するべきだと考えていました。ですが、その寸前に一つ、迷ってしまうことがあったのです」
「それは何?」
唐突に口を止めたラキアに、再び話すように促すつもりで、ソフィアはそう聞いていた。その声に導かれるようにラキアが視線を上げ、困ったようにソフィアを見てきた。
「殿下のことです」
「私?」
不思議そうにしながら、自分の顔を指差したソフィアに、ラキアはゆっくりと頷いてみせた。
「当時、殿下は次期女王に選ばれたプレッシャーからか、少しずつ追い込まれていると感じる瞬間が増えていました。このままだと殿下が壊れてしまうのではないかと、私は不安に思ったのですが、殿下は絶対にご自身の本当の気持ちを仰ってくれません。それで私は迷ってしまったのです」
「一体、何に?」
「反乱分子を見逃すことで…もっと言ってしまえば、協力することで、殿下を解放できるのではないかと思ってしまったのです」
その言葉を聞いた直後、ソフィアは無自覚の間に、「あ」と声を漏らしていた。そうなのかと思う気持ちの一方で、ソフィアは再びこれまでの自分の行いを悔いることになる。既に何度も悔いたのだが、どれだけ悔いても悔いても悔い足りない。
「申し訳ありませんでした。殿下がこの話を聞いたら、どのようにお考えになるか、私は分かっていたはずなのに…私は完全に過ちを犯してしまいました」
ソフィアに頭を下げながら、ラキアは涙を流しているのか、床にぽとぽとと水滴が落ちる様子が目に見えた。その姿にソフィアは言葉に迷いながらも、ちゃんと言わないといけないと思い、今の自分の気持ちを全て伝えることにした。
「ううん…ラキアが心配していた通り、私、本当は凄く追い込まれてて…自分なんかに女王は務まらないって気持ちと、それでも務めないといけない気持ちが戦ってて、本当はダメになりそうだったんだ…」
ソフィアは言葉にしながら、自分でその時の自分の気持ちを改めて見つめ直し、苦笑していた。本当は助けを求めたいのに、うまく助けを求めることのできない自分を思い出し、ソフィアは何を難しく考えていたのだろうと今更ながらに思った。本当はとても簡単なことのはずなのに、それを自分にはできない、してはいけないと決めつけて、勝手に追い込まれていた。あの時の自分は本当に馬鹿だったとソフィアは思う。
「でもね。今はもう大丈夫なんだ。ちゃんと分かったの。自分一人で難しいなら、誰かに手伝ってもらえばいいってこととか、誰かに助けを求めてもいけないことなんてないってこととか、そういう当たり前なこと全部…」
「殿下…」
「だから、今はもう大丈夫。心配してくれて、ありがとうね」
ソフィアは笑顔でラキアにそう告げた。目元を赤くしたラキアは、そのソフィアの笑顔に驚いた顔をしている。
「私ね。不満を持つ人がいるのなら、その不満を少しずつ解消して、少なくとも、もう少し皆で笑える国を作りたいって思えるようになったの。作らないといけないじゃなくて、作りたいっていう希望よ。だから、そのために頑張る。もちろん、無理だと思ったら、誰かに助けてもらって、少しずつこの国を今より良い国にしていくわ」
そう言いながら、ソフィアは牢の中に手を伸ばしていた。自分に向けられた手をラキアは驚いた顔のまま、じっと見つめている。
「だから、私が助けてって言ったら、ラキアも助けてね?」
「え…?いや、ですが、私は…」
「大丈夫。ラキアの気持ちは私が守るから。だって、私はこの国の女王になるのだから」
自信満々に告げたソフィアに、ラキアは困ったように苦笑していた。
「我が儘になりましたね」
「違うわ。本当はずっと我が儘なのよ」
ソフィアはそう答えながら、堪え切れなかったように笑い始めていた。それに反応するようにラキアも笑い始める。そこは薄暗い地下牢のはずだが、そう思わせないほどに明るい笑い声に満ちていた。
☆ ★ ☆ ★
「ソフィアは何を話しているのかな?」
アスマとシドラスに割り当てられた部屋の中で、土産物を部屋の隅にまとめていたアスマが呟いた。ベルは少し考えてみるが、考えたところで分かるものでもない。
「楽しく談笑でもしているんじゃないか?」
ベルが適当に答えると、アスマは少し笑い声を上げてから、大きく頷き始めた。
「俺もそう思う」
「いや、冗談のつもりだったんだが…」
思わぬアスマの反応にベルが困っていると、不意に部屋の扉をノックする音が響いた。シドラスが扉を開け、来訪者の顔を見るなり、すぐに部屋の中に招き入れている。
それはノエルだった。確か、何か話があるとセリスを呼び出していたはずなのだが、その話し合いも終わったということだろうか。
そう思っていると、部屋の中に入ってきたノエルが頭を下げ、部屋の隅にいたアスマに目を向けていた。
「アスマ殿下。少しよろしいでしょうか?お逢いしたいと仰っている方がいるのです」
「俺に逢いたい?」
「はい。既に近くの談話室におられますので、そちらまで案内します」
ノエルの誘いにアスマは不思議そうにしながらも、断る理由がないと思ったのか、ついていこうとしていた。それに当たり前のようにシドラスも同行しようとすると、ノエルが急に制止してきた。
「お待ちください。申し訳ありませんが、アスマ殿下お一人でお願いします」
「え?何故でしょうか?」
「多くの人とお逢いするのは少し難しい方なので、今回はアスマ殿下お一人でお願いします」
頭を下げるノエルにシドラスは迷っている様子だった。今更ノエルがアスマをどうこうするとは思えないが、アスマの騎士としてアスマに危険が及ぶ可能性が少しでもあるのなら、それを阻止するべきだと迷っているのだろう。
それに気づいたのか、アスマがシドラスを見て、いつものように根拠のない笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。行ってくるね」
「いや、ですが、殿下…」
シドラスの言おうとした言葉を無視して、アスマはノエルと一緒に部屋を出ていってしまう。そのまま、ノエルの案内でアスマは近くの談話室に入っていった。
「お邪魔します」
そう告げながら入った談話室の中には、黒い外套を着た人物が座っていた。
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