王国の実態(1)

 応接室に置かれたソファーに座り、ノエルは疲れたように溜め息を漏らしていた。ソフィアの命を狙って暗躍していたリリィやボウセンが捕まり、昨日はそこからの情報の聞き出しや、残りの反乱分子の調査で忙しく動き回っていたはずだ。今になって、ようやく落ちついたというところなのだろう。

 セリスの視線に気づいたのか、ノエルは少し恥ずかしそうに咳払いをした。「失礼しました」と小さく呟く声に、セリスは大丈夫であることを伝える。


「進捗はどうですか?」

「取り敢えず、捕らえた二人から得た情報を元に調査を進めた結果、王城内の反乱分子は他に存在しない可能性が高いと分かりました。実行犯だったコルトが唯一と言ってもいいでしょう」

「意外ですね。他にもいるのかと思いましたが」

「既に王城で働けているという立場が直接的な不満に繋がりにくかったようですね」


 セリスを襲撃した際に怪我を負っているはずなのだが、その怪我が完治していないはずのタイミングでも、コルトがソフィアの命を狙うために動いていたのは、コルト以外に人がいない証拠にも思える。そう考えると、既にソフィアの身の安全は保障されたと考えて良いのかもしれない。


「反乱分子自体は他にもいたのですか?」

「実際に複数の貴族がブラン卿の取り扱っていた違法な武器を購入し、王国へのクーデターを企てていたことが分かりました。ただ貴族という立場から、多くの人は自分が動くことを拒んだようで、クーデターを起こせるほどの人員の確保ができなかったようですね。まだ動けずにいる段階で、その多くが確保できました」


 既にクーデターを企てた王国内部の反乱分子は王都内外を含めて、その多くが逮捕されているらしい。ブランを捕まえたことで、取引の繋がりから一気に特定できたことが幸いしたようだ。


「そういえば、ブラン卿はどうして突然、違法な武器を市場にまで流出させたのでしょうか?」


 今回の一件の中で、それは謎としか思えない行動だった。自らの行いが周囲に露呈するきっかけにしかならなかった行為で、それがなければ今もまだセリス達は反乱分子の調査を進める必要があったかもしれない。


「どうやら、ユリウス卿が殺害されたことが原因だったようですね」

「と言うと?」

「反乱分子によるクーデター後、王国内での立場をユリウス卿が約束してくれたと思ったことから、ブラン卿は協力していたようなのですが、そのユリウス卿が殺害され、その話は嘘であることが分かってしまった。そのことをボウセンさんに問い詰めたそうなのですが、それもあしらわれ、仕方なくブラン卿が王国から逃げることを決意したそうです。そのために一連の証拠を処分し、自分の罪を有耶無耶にしようと考え、急いで普段は取り扱わない質の低い食料品を輸入してまで、違法な武器の処分を優先したようですよ。それも魔術道具街の中では間に合わないと、市場に流通することも厭わないで」


 ブランの行動は急いた行動としか言いようがなく、あまりの愚かさにノエルは呆れたように溜め息を吐いていた。その愚かさがあったことで、セリス達はソフィアの命を狙っていた黒幕まで辿りつけたのだから、今回は良かったと思うべきだろう。


 現状報告を済ませたためか、ノエルは空気を変えるように、少し微笑みながらセリスを見てきた。


「それで皆さんはどうされるのですか?既にソフィア殿下の引き渡しに関する手続きも終えているので、これからお帰りに?」


 そのように聞いてくるノエルにセリスは苦笑を返すしかなかった。


「本来はその予定だったのですが…」

「何かあったのですか?」

「いえ、こちらの殿下がどうしても観光をしたいと駄々を捏ね始めまして…仕方なく…」


 言いづらそうに呟いたセリスの言葉に、ノエルは困った様子で苦笑していた。アスマの我が儘にはいつも困らせられるが、今回はそれだけの話ではない。観光をしたいと思っていたとしても、流石のアスマも他国にいつまでもいることは難しいと言われたら、仕方ないと引くくらいの賢さはある。


 しかし、今回、その要望をアスマが引くことなく、セリスやシドラスが了承したのは、もう一人が絡んでいたからだ。


「ちなみに、これはそちらの殿下の御要望でもあります」


 そう告げると苦笑を浮かべていたノエルの表情が固まり、ゆっくりと頭が下げられた。


「すみません」

「いえ、こちらこそ」


 セリスがそう答え、ノエルがゆっくりと顔を上げてから、二人は再び苦笑を浮かべることになった。



   ☆   ★   ☆   ★



 発端はアスマだったが、そこにソフィアが乗っかったことで、ウルカヌス王国に来る時の再来と言わんばかりの展開になっていた。ベルは身分を隠すためにしっかりと変装をしたソフィアを見ながら、何度目かの呆れた表情をした。そのソフィアの隣にはアスマが並び、揃ってキラキラとした目で並んだ店を眺めている。


「アスマはともかく、何でソフィアまで感動してるんだ?」


 ベルが呆れた表情のまま呟くと、ソフィアは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ベルを見てきた。


「いや、だって…私も初めて来るし…」

「え?そうなのか?」


 驚きながらそう言ってから、ベルは自分の中の基準がアスマになっていることに気づいた。普通の王族は勝手に王城から出たりはしない。王都にどのような店があるのか、把握していないことの方が当たり前だ。


「どうする?どこから回る?」


 キラキラとした目のまま、アスマが同行しているシドラスに聞いていた。シドラスは周囲を警戒するように見ながら、アスマが自分に聞いてきたことに驚いている。


「いえ、それはお二人のお好きなようにとしか言いようが」

「土産でも買うか?」


 助け舟を出すつもりはないが、思いついたのでベルがそう呟いてみると、アスマが納得したように笑顔を浮かべた。


「確かにそれはいいね。せっかくだから、何か買っていこうか」


 アスマは指折りしながら、土産物を買っていく相手を考え始めたようだった。小さな声でアスラやライト、エアリエル王国のエルなどの名前を呟いている。


 その間にソフィアは近くの店に吸い込まれるように歩き出していた。シドラスはアスマの様子に迷いながら、流石に他国の王女を危険な目に遭わせるわけにはいかないと思ったのか、そちらの方に歩いている。


「えーと…あとはグインとか、ベネオラちゃんにも…」

「おい、アスマ。それよりも、ソフィアが向こうに行ったぞ」

「え?」


 そこでようやく気づいたのか、アスマがソフィアの向かった先にある店を見ていた。そこは菓子を売っている店らしく、その店で買ったものと思われる食べ物を食べている客が周囲にたくさんいる。


「あれ変わってるね」

「薄い生地に果物が巻かれているな。あんまりエアリエル王国では見ない食べ物だ」

「ソフィア、あれを食べるのかな?」

「さあな?お前も欲しいのか?」

「うん」


 なら、行こうかとベルが言い出す前に、アスマはフラフラとソフィア達の後を追いかけていた。ベルは急いで追いかけて、店に並んで商品を注文しているソフィアやシドラスと合流する。

 そこでソフィアやアスマが商品を受け取っている間に、シドラスが思い出したように呟いた。


「そういえば、先ほどの土産物の話ですが、多分もうイリスが王国に戻っているはずですよ」

「え?イリスが?」


 受け取った食べ物にむしゃぶりつき、頬を一杯に膨らませたアスマが驚いた顔で振り返った。イリスはシドラスと同じくアスマの騎士なのだが、しばらく研修のために王都を離れていた。そのイリスが帰っていると聞き、アスマは急いで買ったばかりの菓子を腹の中に収めている。


「それなら、イリスにもお土産を買わないとね」

「ソフィアはそれでいいのか?」


 ベルがソフィアの意見を無視していないかと思いながら聞くと、ソフィアは菓子を頬張ったまま、首を縦に振っていた。


「私は普通に街を見られたら、それでいいから」

「特に行きたいところはないのか?」

「それは…」


 そう呟いてから、ソフィアはしばらく考えたような表情をしていた。何かあるのかとベル達が待っていると、顔を上げたソフィアが口を開く。


にだけ、後で行きたい」


 その一言に最も反応したのは、護衛を任されているシドラスだった。

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