黒幕の正体(2)
シドラスの質問はあまりに唐突であり、話の腰を折るものであった。今の状況でその質問をする必要があるのかと誰しもが思うと思うのだが、ガイウスは特にその気持ちが強かったようだ。分かりやすく、怒りを表情に現し、シドラスを睨みつけるように見てきた。
「その質問がユリウス卿を殺害した人物とどのような関係が?」
「いや、少し気になってしまって」
ガイウスの睨みの鋭さに負ける形で、シドラスは咄嗟に謝罪する。その二人のやり取りを苦笑しながら見つめていたノエルは、一応シドラスの疑問に答えようと思ってくれたらしく、ユリウスの従者に関する話をしてくれた。
「ユリウス卿の場合はリリィ様が従者の役割を担っておられるのですよ」
「リリィ様?ユリウス卿の妹君であられる?」
「はい。元々は従者をつける予定だったそうなのですが、リリィ様の要望でその役割をリリィ様が担当されることになったそうです」
ノエルの説明にシドラスは納得しながら、ユリウスとリリィの様子を思い出していた。確かにユリウスとリリィが常に一緒に行動していることは不思議だったが、単純に仲の良い兄妹以上にそういう理由もあったのかとシドラスは納得する。
その一方で、ノエルの説明を聞きながら、納得していない表情の人物が一人いた。それがエンブである。
「そういえば、そのことで一つ、疑問だったことがあるんだよね」
「何でしょうか?」
「ユリウス卿が殺害された時、あの部屋にはユリウス卿しかいなかったんだよね?」
エンブの問いにノエルは首肯した。ユリウスの殺害時、ユリウスの部屋にはユリウスしかおらず、そのユリウスを起こすために部屋を訪れたメイドが遺体を発見した形になる。
「リリィちゃんって、お兄ちゃん大好きって感じで、ずっとユリウス卿と一緒にいて、だからこそ、従者の役目も自分でこなし始めたように思うんだけど、あの時はどうして一緒の部屋にいなかったのかなって」
ユリウスとリリィの関係を詳細に知らないシドラスは、その疑問を聞いてもそうなのかと思うことしかできなかったのだが、ノエルやガイウスは違ったようだ。エンブの疑問を聞き、二人も同意しながら、考え込むような表情を見せている。
「確かに。普段のリリィ様なら、同じ部屋で過ごすはずですが、事件当夜は違う部屋で過ごしていたようですね」
「それにメイドにユリウス卿を呼ぶように指示したのも、そう考えてみると少しおかしいですね。いつもなら、御自分で起こしに行くはずです」
ユリウス殺害当夜のリリィの行動。それはウルカヌス王国の内情に明るくないシドラスには分からないことだが、ウルカヌス王国の人間からすると、違和感しかないらしい。
その話を聞きながら、自分の知っているリリィの姿を思い返そうとした時、シドラスはユリウスの殺害が発覚した後に見た光景を思い出した。
「そういえば、リリィ様がボウセンさんと一緒にいる光景を見ましたね」
「え?いつのことですか?」
「ユリウス卿の殺害が発覚した朝のことです。ユリウス卿はハムレット殿下と親しかったとお聞きしたので、その繋がりで心配されているのだろうとその時は思っていました」
しかし、今はボウセンがソフィアの命を狙い、コルトにソフィアを襲撃させたことが分かっている。そこに加えて、ユリウスが殺害された時のリリィの行動がいつもと違うことを並べてみると、その怪しさを膨らんでいく。
「そういえば、私もリリィ様を屋敷まで送り届ける役目をボウセンさんが買って出たと殿下から聞きました。その時は何も思わなかったのですが、もしも、二人がそれ以前から繋がっていたとしたら、リリィ様の犯行をボウセンさんが聞かされた可能性も?」
ガイウスの考えた可能性に賛同するようにシドラスは頷いた。冷静に事件を思い返してみると、リリィを疑う理由は多くある。
「そもそも、ユリウス卿の殺害は突発的な犯行のはずです。部屋の中にあった果物ナイフで殺害されている点から考えるに、それは間違いないことでしょう」
「それに加えて、部屋の中に入れたということは親しい人物の可能性が高い。殺すつもりはなかったが、何かがあって殺したとして、その何かの理由も今は見当がつく」
シドラスの呟きに賛同するようにガイウスがそのように続けた。突発的な犯行に至った理由はソフィアの暗殺未遂事件や反乱分子の存在を考えると、想像することは非常に容易い。
もしかしたら、リリィがユリウスを殺害したのではないか。そのようにシドラス達の疑いが強まる中で、エンブが不意に思い出したように呟いた。
「そういえば、もう一つ気になっていることがあるんだけど」
「何ですか?」
「これは事件と直接関係するのか分からないことなんだけど、ブラン卿はどうして協力したんだろうと思ってね」
「どうして?それは後々の地位を約束されたとか、そういうことでは?」
「いや、そうだとしても、叔父様一人の証言で十二貴族を動かせるとは思えないんだよね。ハムレット殿下が約束しているとか言われても、本人から直接的な証言がないと動くにはリスキーでしょう?」
確かにボウセンがハムレットを王にした後の地位を約束してきても、ハムレット本人と約束したわけではない以上、普通は信じることができないはずだ。立場に困っている下級貴族ならともかく、一定の地位のある十二貴族がそれで動くとは思えない。
「殿下が直接お逢いすることはないとして、ボウセンさんが殿下の御言葉を偽造して伝えるということは、流石にできませんしね」
その話はシドラスも聞いていた。たとえ文書の形であったとしても、王族は本人が執筆しないと効力を発揮しないらしい。そうしないと様々な国王の言葉が作られ、大きな問題に繋がりかねないからだ。
確か、その話を聞いたのは、と思い返していく中で、ふとシドラスは気がついた。ここまでに生じた様々な疑問を解決する一つの方法があることに。
「それ、自分よりも地位の高い十二貴族の証言があれば信じますかね?」
シドラスが思いつきをそのまま口に出し、エンブに問いかけると、エンブは少し驚いた顔を見せながら、シドラスの思いつきを検討してくれた。
「可能性としてはあり得るが、相当な地位の高さでないと難しいはずだ…その貴族は具体的に誰かいるのか?」
「バルカンの貴族です」
その名前を聞いたことで、その場にいるシドラス以外の全員が驚いた表情を見せた。エンブは少し考え、小さく納得したように頷いてから、大きくかぶりを振り始めた。
「確かに、バルカンの貴族ならあり得ると思ったが、もしも、それなら、ユリウス卿は協力していたのに殺されたということになる。それは状況的にあり得ない」
「まさか、仲間割れの可能性を疑っているのですか?」
「いえ、そもそも、ユリウス卿が犯行に関与している場合、他の十二貴族を隠れ蓑にする必要性があまりないはずです。確かに何かあった際に罪を被せる対象としては良いかもしれませんが、今回のように自分達の犯行が知られる危険性の方が高いはずですから、バルカンの貴族だけでその辺りは準備するでしょう」
「ユリウス卿が関与していないのなら、バルカンの貴族がどうやって…」
「代筆です」
シドラスはリグロから聞いた話を思い出していた。十二貴族の当主は多くの仕事を抱え込んでおり、従者による代筆を用いることが多いということだ。今回もユリウスの言葉を代筆したとしたら、ユリウスが関わっていなくても、バルカンの貴族が保証したとブランに思わせることができる。
「代筆をブラン卿が信じたと?」
「普通なら難しいでしょう。ただの従者が書いた言葉ですから。ですが、バルカンの貴族は違いますよね」
「そうか…従者が血縁者か…」
ガイウスが納得したように呟いた言葉にシドラスは首肯した。普通の従者の代筆した文書は信じられないかもしれないが、バルカンの貴族は代筆する人物がユリウスの妹であるリリィになる。そのリリィの言葉なら、ユリウスの代筆であると同時に、ユリウスの妹の証言となり、ブランが信じる十分な理由になるはずだ。
「これは一度、リリィ様から話を聞くべきだと思います。リリィ様は今、どこに?」
シドラスの問いかけにノエルが顔を上げて、王城内を見回した。
「先ほど、ユリウス卿の遺品を引き取りに来たはずです。今は王城内に…」
そこまで呟いた途端、ノエルの言葉が止まった。どうしたのだろうかとノエルの視線を追い、シドラスはこちらに近づいてくる人影に気づいた。
「すみません。先ほど、ボウセンさんが使用していた武器が放置されていたので、必要かと思いまして、お持ちしました」
そのように言いながら、こちらに剣を見せてきた人物は、ソフィアの護衛を任されていたはずのセリスだった。
「セリスさん、どうしてここに?」
「王女殿下が重要な証拠なのだから、急いで渡しに行った方がいいと言われまして。半ば無理矢理に」
苦笑しながら答えるセリスを見ながら、シドラス達はソフィアに護衛がいない状況を理解した。犯人の可能性の高いリリィは王城内にいるはずだが、その居場所ははっきりと分かっていない。
何かを言うわけでもなく、確認したわけでもないのに、シドラス達は一斉に走り出していた。その様子に戸惑った雰囲気のセリスも少し遅れてついてくる。
ソフィアの命が危ないかもしれない。まさか、再び走ることになるとは思ってもみなかった。
☆ ★ ☆ ★
「あっ…」
唐突にセリスが呟き、ソフィアはセリスを見やった。ボウセンがソフィアの命を狙い、部屋の前までやってきた後のことで、セリスは手に持った剣を見ながら、困った顔をしている。
「どうしたの?」
「先ほど、ボウセンさんの剣を奪ったのですが、これを騎士団長殿にお渡しするのを忘れていました」
普段はあまりしないミスなのだろう。恥ずかしそうに答えるセリスを見ながら、ソフィアは何となく、それを早く届けた方がいい気がした。重要な証拠のはずだから、早くに渡してあげた方が役に立つはずだとソフィアは思った。
「なら、早く渡しに行って」
「いえ、ですが、私は王女殿下の護衛がありますので」
「大丈夫だから。狙ってた犯人も捕まって、いるはずだった騎士の中の協力者も捕まって、少しくらい大丈夫だから」
「いえ、しかし…」
守られてばかりだけでなく、それが原因で捜査が遅れたとなると、ソフィアは居た堪れない。何とか、セリスを送り出そうと何度か説得した結果、セリスはソフィアのしつこさに折れた様子だった。
「分かりましたから、この部屋から出ないでくださいね」
「はい。急いで」
ソフィアに押される形でセリスが部屋から出ていく。これで足を引っ張ることはないだろうとホッとし、ソフィアはソファーに座った。
その数十秒後のことだった。ソフィアの部屋の扉がノックされた。
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