黒幕の正体(1)

 椅子に座った状態でコルトは手足を拘束されていた。この状態では逃げ出すことも、抵抗することもできないはずだ。男でも女でも、子供でも年寄りでも、ナイフを握って突き刺すことができるのなら、誰にでも犯行は可能だった。

 胸に突き刺さったナイフは抵抗した様子もなく、心臓にまで達している。殺されることが分かっているのに抵抗できないことがどれほど恐ろしかったのか、コルトの表情が今も語っている。


「これはコルトが犯行に使っていたナイフと同じようですね」


 シドラスの報告を受け、コルトの部屋に移動してきたノエルが、コルトの胸に突き刺さったナイフを確認して、そう呟いた。エンブを呼んで確認しないと、正確に一緒かどうかは分からないらしいが、ノエルが見た感じではそう見えるらしい。違法な武器を既に何度も見ているはずのノエルが言うのだから、それが見当違いな可能性は少ないだろう。


「しかし、どうして、この男が?」


 ボウセンの取り調べを中断し、ノエルと一緒に部屋を移動したガイウスが呟いた。不思議そうにする二人を見て、シドラスはコルトから聞き出した話を二人に報告する。


「隣にいるボウセンさん以外にもう一人、関わっている人物がいるそうです」

「もう一人?それはブラン卿ではなく?」

「私もそう思っていたのですが、ブラン卿が殺害することはできませんよね?」


 ブランは現在、フレアによって屋敷を調べられている最中であり、コルトを殺害するどころか、王城に来ることすらできない。ブランではない理由はそれだけではないらしく、ノエルは指摘するように言ってきた。


「それに王城で衛兵と接触することはブラン卿にできないはずです。王城への出入りは少ないから、今日に至るまで疑われていなかったのですから」


 コルトの証言は確かに複数の貴族の関与が疑われるものだった。その一人がボウセンだとしても、まだ他に誰かが繋がっているはずだ。


「ブラン卿の関与を知っていて、その発言をした可能性は?」

「確かにその可能性もありますね。ただそうなると、彼を殺害した人物は誰の指示を受けて、彼を殺害したのかという問題になります」

「騎士団長。王城内にいる有力な貴族は誰ですか?」


 その質問にノエルは複数の貴族の名前を口に出したが、シドラスの知っている人物は捜査にも協力しているエンブと、食堂で逢ったロップスくらいだった。


「いや、しかし、ロップス卿のように役職の持たない貴族の多くには護衛がついている。役職を持っていても、騎士以外なら同じことだ。ここに来て、人を殺害することができるはずがない」

「自由に行動できる貴族は一人もいないのですか?」

「例外は一人います」

「誰ですか?」

卿です」


 ノエルは自分自身でエンブの名前を口に出してから、その考えをすぐに否定するようにかぶりを振った。


「そもそも、ここで彼を殺害するためには、この場所を知らないといけませんよね?」


 シドラスが重ねた質問にノエルは首肯したが、エンブが関与している可能性だけは認めないようだ。


「エンブ卿が殺害した可能性はありません。既にフレアが調べて、その部分に関しては否定されています。その前提条件が崩れてしまうと、これまでの捜査の全てが無意味になります」


「エンブ卿が今回の一件に関わっていたとしたら、確かに一定の報酬は獲得できます。特に捜査側についたことで、王国からの信頼も得られるはずですから、今後の王国内での立場も安泰でしょう。ですが、元々武器取引の大半を取り締まっていたマーズの貴族が何かに困っているとは考えられません。今回の違法な武器の流通も、恐らく、信用部分を含んだ損失の方が大きいはずです。それに加えて、彼を殺害するとなると、そのリスクも絡んでくるので、エンブ卿が犯行に及んだ可能性はとても低いですね」


 これまでに知り得たことを並べて、シドラスは冷静に分析していた。仮にコルトがエンブの関与を証言したとしても、それをノエル達が信じる可能性は極めて低い。エンブがコルトの証言を恐れて、コルトを殺害する可能性はないと考えていいはずだ。


「この部屋のことですが、騎士団長がボウセンさんを連れてきた際に尾行された可能性はありませんか?もしくは一部の部屋を把握している衛兵から聞き出した可能性も考えられます」

「それは…」


 先ほどのシドラスの言葉に答えるように、ガイウスがノエルにそう言った。その言葉を受けたノエルは否定しようと思ったのか、途中まで何かを言いかけたが、すぐに口を閉ざした。


「いや、否定できない。あの時はボウセンさんに意識を集中させていた。私の失態の可能性はある」

「そうなると、その部分で限定はできないということですか」


 シドラスが考え込みながら、壁に目を向けた。その壁の向こうにも部屋があり、そこにはボウセンがいる。そのことを思い出し、シドラスは最も簡単だが、あまり可能性の高くない方法をまずは試してみることにする。


「ボウセンさんから話を聞いてみますか?」


 シドラスの問いかけを受けて、三人は部屋を移動することに決まった。



   ☆   ★   ☆   ★



 先ほどと同じようにボウセンから話を聞く人物はガイウスに決まった。ガイウスがボウセンにコルトの発言と、コルトが殺害されていたことを告げて、その犯人が誰であるのか問い質す。ボウセンはコルトの殺害に関して寝耳に水だったのか、酷く驚いた顔をしていた。


 だが、それで素直に話すことはなく、それどころか、話さないことに決めたようで、そこから黙秘が始まってしまった。めげることなく、ガイウスはボウセンと向き合っていたが、どれだけ向き合っても、ボウセンは黙秘を続けるだけで、一切の収穫がない。


 このままだと無駄な時間を過ごすと判断し、シドラス達は一度、部屋を出ることにした。


「しかし、ようやく問題が解決していこうとしていたのに、また新たな問題が起こるとは」


 ガイウスは頭を抱えながら、そのように呟いていた。ソフィアの命を狙っていた実行犯のコルトは捕まり、王城内に潜んでいた反乱分子の特定も同時にできた。それと関わり、武器を渡していた人物であり、ケロンを殺害した犯人はボウセンであると分かったようだ。市場に違法な武器が流通していた問題もあったようだが、それはブランが流していたと分かり、解決したと言える。シドラス達が王国に到着した翌日の夜に、ユリウスが殺害される事件も起こっていたが、それもボウセンが自供した。


 そのように考えていた最中に、シドラスは唐突に思い出した。


「ちょっと待ってください。

「何のことだ?」


 不思議そうな顔をするガイウスにシドラスは質問を投げかけた。


「ユリウス卿が殺害された時、貴方にアリバイを聞いたことを覚えていますか?」

「ああ、覚えている」


 その時の嫌な気持ちを思い出したのか、ガイウスがムスッとした顔をした。


「あの時にガイウスさんはアリバイを答えましたよね?」

「ああ」

「そのアリバイの証人って、ボウセンさんではありませんでしたか?」

「ああ…あっ、そういうことか」


 ガイウスのアリバイをボウセンが証明するとガイウスが言ったということは、ボウセンのアリバイもガイウスが証明することになる。ボウセンにはユリウスの殺害ができず、ユリウスを殺害した人物は他にいるということだ。


「ちなみにコルトさんのアリバイは?」

「当日の夜は警備の仕事中だったはずだ。少なくとも、アリバイを確認されなかった衛兵のリストに名前はなかった」

「となると、それ以外にユリウス卿を殺害した人物がまだいることになりますね」


 ユリウスの殺害事件と、コルトの殺害事件。未だ犯人が分かっていない二つの事件の存在に、シドラス達が頭を抱え始めた時、その場にエンブがやってきた。テンキをその側に連れており、ノエルの姿を発見すると、すぐに頭を下げてくる。


「騎士団長殿。先ほどはありがとうございました。ブラン卿の確保に手を貸していただいたようで」

「いえ、私は連絡したまでですから」


 そのように会話する二人の様子を見ながら、シドラスは行き詰まった思考から逃れるように、その場にいるシドラス以外の四人が聞かれると思ってもみなかった質問を口に出していた。


「そういえば、のですか?」

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