騎士の愚行(2)
ノーラやリエルと無事に話せて、ソフィアはとてもホッとした様子だった。涙を流してしまったことは恥ずかしかったようだが、それも次第に気にならなくなるほどに、今は安堵の気持ちの方が強いようだ。ソフィアを部屋まで送り届けたセリスの存在を気にかけることなく、ソファーに座ったソフィアは頻りに笑みを零していた。
暗殺ギルドに所属し、アスマの命を狙った過去や、ウルカヌス王国に到着する前に、アスマの同行を頼んできたことなどから、セリスは完全に良いイメージをソフィアに懐けずにいたのだが、今のソフィアの姿はその気持ちも忘れるほどに愛らしいものだ。
本人はきっと気づいていないのだろうが、次期女王になることが決まり、周囲から距離を取るようになっても、この部分は変わっていなかったはずだ。それがきっと普段の取っつきづらさがあっても、ソフィアが嫌われなかった理由だろう。何となく、セリスはそう思った。
しばらく、セリスが黙ってソフィアを見ていると、不意に部屋の外から騒がしい音が聞こえてくることに気づいた。騒がしさの正体は詳細に分からないが、誰かの足音であることは確かなようだ。
流石のソフィアもその音に気づいたらしく、不思議そうに顔を上げて、セリスを見てきた。セリスは外から聞こえてくる足音の正体を確かめるために、扉を軽く開けて廊下を覗き見る。
そこで、凄まじい勢いで走ってくるボウセンの姿を見つけた。ボウセンは手に抜き身の剣を握っており、とてつもなく険しい表情をしている。
それは明らかに異様な光景であり、セリスは何かおかしいとすぐに察した。剣を握ったまま、ソフィアの部屋に近づけさせるわけにはいかない。セリスは自分が自由に行動していることを知られてでも、ボウセンを止めるべきだと判断し、廊下に飛び出した。
「そこで止まってください!」
廊下の中央に立ち、片手を突き出しながらセリスは叫ぶが、ボウセンは一切止まる気配がなく、それどころか、手に握っていた剣を構え始めていた。
明確な敵意。そのようにセリスは判断し、昨日ノエルから返された剣に手を伸ばす。他国の王城の中で、他国の騎士を攻撃し、流血騒ぎになりたくなかったが、状況が状況なので仕方ないと思うことにして、セリスは剣を抜いた。
「もう一度、言います!止まってください!」
再度、そのように声をかけてみるが、一度声をかけた時点で止まらなかった相手が止まるはずがない。ボウセンはセリスに近づきながら、剣を握った腕に分かりやすく力を入れた。
「そこを退け!」
そうボウセンが叫びながら、セリスの前に踏み込んできて、握っていた剣を振るってきた。セリスは剣でその一撃を往なし、ボウセンとの間合いを作る。
「邪魔だ!」
ボウセンは再度剣を振るってきた。振るう力自体は強いのだが、単純に力任せではなく、騎士として培ったであろう剣の技術も含まれたボウセンの攻撃に、セリスは防戦を強いられる。
「抵抗するな!女が男に勝てるか!」
ボウセンがセリスを押し切ろうと、更に剣を強く振ってきた。セリスは基本的に防御に徹しているのだが、それでも、状況的に悪いわけではない。セリスは最小限の動きで防御に回っている反面、ボウセンの攻撃は大振りで常に全力だ。体力差を考えても、セリスの方が優位に思える展開だ。
だが、ボウセンはそのことに気づかない男ではなかったようだ。最初はセリスも気づかないほどのものだったが、次第にボウセンの剣の動きが変化していた。振るタイミングが変わったとも言える。セリスの防御を意図的に外した攻撃のタイミングに、セリスは対応を迫られた。
そのことに神経を使っている間に、セリスの疲労も溜まっていく。ボウセンに押し切られそうになり、セリスは内心焦り始めた。
その瞬間だった。不意にソフィアの部屋の扉が開き、部屋から飛び出したセリスの様子を窺おうと思ったのか、ソフィアが顔を覗かせた。
「どうかしたの?」
そう呟きながら姿を現したソフィアに、ボウセンの鋭い視線は動いた。獲物を狙う肉食動物のような視線に、ソフィアは怯えた表情を見せて、咄嗟に部屋の中に戻ろうとする。それをボウセンは追いかけようと思ったのか、意識がそちらに逸れたことが分かった。
それはセリスにとって、一瞬の光明になった。ボウセンの意識が逸れた瞬間に、セリスはボウセンの足元を狙った。強い攻撃は頑強な下半身があって、ようやく成り立つものだ。体勢を崩してしまうと、セリスを困らせる攻撃は不可能になる。
セリスの足払いを受け、ボウセンは転びそうになったが、寸前のところで踏み止まっていた。それでも、その状態から攻撃はできない。仮にできたとしても、その攻撃はセリスに届かない。
ボウセンが剣を振るうよりも先に、セリスはボウセンの剣を叩き落すように剣を振るっていた。ボウセンは強く剣を握り、何とか手放さなかったが、握ることに集中した剣は棒切れに等しい。セリスが恐れる理由はなく、セリスはすぐさまボウセンとの距離を詰め、その腕を掴んでいた。
「何をする!?放せ!」
必死にボウセンは叫び、抵抗しようとするが、一度体勢を崩した状態のボウセンに負けるほど、セリスは柔ではない。
「女だからと言って舐めるな!」
そう叫びながら、セリスはボウセンを床に叩きつけるように投げ飛ばした。背中から落ちたボウセンは剣を握っている関係で、受け身をうまく取れなかったらしく、苦しそうに唸っている。
それを気にすることなく、セリスはボウセンの手から剣を奪い、地面に押さえつけるようにその上に乗った。
その直後、再び廊下に慌ただしい足音が聞こえてきて、誰かがこちらに走ってきていることが分かった。誰かと思いながら、セリスが目を向けると、それはシドラスとノエルのようだ。
「大丈夫ですか!?」
そう声をかけてきたシドラスに、セリスは半ば怒りの籠った目を向けていた。
「これは一体、どういうことだ!?」
「どうやら、その人が反乱分子と繋がっていた騎士のようです」
辿りついたシドラスの説明に驚きながら、セリスは拘束したボウセンを見ていた。ボウセンはシドラスやノエルが到着したことで、完全に諦めてしまったのか、悔しそうな表情をしたまま、抵抗する様子を見せなくなっていた。
☆ ★ ☆ ★
ボウセンの取り調べはシドラス達と合流したガイウスが担当することになった。ガイウスはエルと一緒にケロン殺害事件を調べていたはずなのだが、どうやら、その犯人がボウセンだと判明したらしく、ボウセンを探していたそうだ。シドラスとコルトが向かい合っていた部屋の隣の部屋で、ガイウスがボウセンの取り調べを開始する。
そこでボウセンは素直に自分の犯行動機を話していた。
「ハムレット殿下を国王にしたかった」
「殿下を?もしかして、ソフィア殿下を狙った理由はそれですか?」
ガイウスの問いかけにボウセンは答えなかったが、否定しない時点で答えているようなものだった。ボウセンはハムレットをどうしても王にしたかった。そのために次期女王が内定しているソフィアが邪魔であり、ソフィアを消そうとした。
そのための方法として、ボウセンは反乱分子を利用しようと思ったらしい。ブランも巻き込み、武器を仕入れて、反乱分子の勢力を拡大しながら、ようやく王城に生まれたコルトという反乱分子を利用するまでに至ったようだ。
その内容を聞いたガイウスは激怒していた。ボウセンの動機は自分勝手にも程があった。特にボウセンと一緒にハムレットに仕え、ハムレットの考えを知っているガイウスからすると、ボウセンの行動は許せなかったのだろう。
「ソフィア殿下を殺害して、それで殿下が喜ぶと思ったのですか!?貴方がその思いからソフィア殿下を殺害したと殿下が知ったら、殿下は絶対に国王にならないとお決めになるはずです!」
「そんなことは関係ない。ソフィア殿下がいなくなれば、殿下が王になるしか、この国の未来はない。殿下の御気持ちも関係なく、そうなるだけだ」
「まさか、そのために他に国王になりそうなユリウス卿を殺害したのですか?」
ガイウスの質問にボウセンは一瞬固まった。それから、ゆっくりと迷いの見える口調で、「そうだ」と呟いた。
「自分勝手過ぎる!」
ガイウスは呆れたように叫んでいたが、それはシドラスも同じ気持ちだった。ハムレットに対する歪んだ愛情故の犯行。シドラスもアスマのことを同じように大切に思っているが、その気持ちからアスマが望まないことをすることは絶対にない。それがアスマをどれだけ傷つけるか分かっているからだ。
本当にどうしようもない。ボウセンの行いはどうしようもなく、言葉にできないくらいだ。そう思いながら、シドラスはコルトからもボウセンに関する話を聞こうと、隣の部屋に移動しようとした。
ボウセンの取り調べが進む部屋を後にして、コルトが待っているはずの部屋に移動した瞬間、そこでシドラスはその部屋の異変に気づく。
シドラスとノエルがボウセンを追いかけて、ソフィアの部屋の前まで行く直前、コルトのいる部屋の扉は閉まっていたのだが、鍵はかけていなかった。そのことを思い出しながら、シドラスは少し開いた扉に目を向ける。
まさか、逃げられたのかと思った瞬間、中から異様な臭いが漂ってくることに気づいた。独特な鉄臭さはシドラスも嗅いだことのある臭いだ。
血の臭い。そう思った瞬間、シドラスは部屋の中に飛び込んだ。
そこで胸元にナイフの刺さったコルトの姿を発見した。胸元から流れた血が足下に溜まっている。コルトの身体を確認するまでもなく、コルトが死んでいることは明白だった。
「どうして…?」
不可解そうに呟いてから、シドラスはコルトが殺害された事実をノエル達に報告した。
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