新たな問題(1)

 ケロンの殺害現場から立ち去る姿が目撃された存在。それが衛兵か騎士である可能性が高いことを聞いたシドラスは、その現場が魔術道具街だったこともあり、その犯人が反乱分子か、反乱分子と繋がっている人物である可能性があると思い至った。違法な武器の取引がそこで行われていた可能性があり、それをケロンが目撃したために殺害されたとしたら、その事件を調べることは反乱分子の特定にも繋がる。


 その判断から、ノエルに報告するために、ノエルの部屋の近くまで来たところだった。見えてきた扉に近づこうとした直前、その扉が勝手に開き、中から一人の男が出てきた。その人物を見た瞬間、シドラス達の足は自然と止まった。

 中から出てきた男はシドラス達に気づくや否や、不可解そうに眉を顰めていた。説明を求める視線を一度、エルに向けてから、その男はこちらに近づいてくる。


「ここで何を?その方達は?」


 極めて冷静な口調で声をかけてきた人物はボウセンだった。事情を把握していないはずのボウセンからすると、今のシドラス達はユリウス殺害の容疑者であるはずだ。その容疑者が王城内を拘束されることもなく、移動していることに疑問を覚えているのだろう。

 ボウセンに向けられた視線に、何かを答えなければいけないと思っているようだが、迷っている様子のエルを見たシドラスが、ここは代わりに誤魔化せる理由を作らないといけないと思い、口を開く。


「先ほど、ガラスが割れる音がしたのですが、騎士団長に呼び出されまして。私達は関与していないのですが、犯人と疑われているのかもしれません」

「ほう…たった今、その話をしてきたばかりですが、そのような話は出ませんでしたがね?」

「これから、話を聞かれると思うので、まだお話しにならなかったのでは?」


 ボウセンは疑いの視線を送ってきていたが、疑えるだけの証拠はないはずだ。怪しいとは思っても、それを追及するだけの材料がないはずであり、実際にボウセンはそれ以上、追及してこなかった。


「しかし、衛兵もつけずに王城内を移動ですか?」

「ガラスの割れる音の後に、そちらの調査に呼び出されてしまい、その人達の代わりにエルさんが私達についている状態です」

「そうなのですか?」


 ボウセンに目を向けられたことで、一瞬戸惑った表情を見せたエルだが、何とかすぐに取り繕い、首肯していた。


「王城を出ていたのですが、帰ってきたところで騎士団長に事情を説明され、お客様を呼ぶように言われたのです」

「そうですか…それでしたら、呼び止めてすみませんでした」


 未だ納得のいかない部分は多いが、それを突き詰めるには理由も証拠もない。ボウセンは追及を諦めたようで、シドラス達に道を開けてくれた。


 ボウセンの鋭い視線を感じながら、ノエルの部屋の前に移動し、エルがノックをしてから部屋の中に呼びかける。その際にノエルから呼び出された体で、エルは声をかけたが、そのことにノエルが聞き返してくることはなかった。少しだけ黙ってから、入るように言ってくれたので、シドラス達は部屋の中に入る。

 そこで無言で視線を向けてきたノエルに頷いてから、シドラスは扉に耳を当てた。廊下を歩く足音と、部屋から離れていく気配を感じる。ボウセンが扉の前に張りついていないかと思ったが、それも杞憂に終わったようだ。


「どうしたのですか?王子殿下まで、わざわざお越しになるとは。それに人に聞かれたくない話のようですね」

「実は騎士団長にご報告が」


 シドラスの様子を確認してから、口を開いたノエルに答えるように、エルがケロンの殺害事件に関する情報を話し始めた。犯人らしき人物が目撃され、その人物が王城で保管されている武器を所持していたことが伝えられる。

 それを聞いたノエルが少し考える素振りを見せてから、一つの考えを伝えてきた。


「それは恐らく、と思います」

「それは王城の警備を任された兵士ではなく、騎士である可能性が高いという意味ですか?」

「そういうことです」

「根拠は?」


「兵士が王城で保管された武器を持ち出すためには手続きが必要です。反乱分子はそこから特定される可能性を考慮し、違法な武器を用いていると思うのですが、騎士であればその手続きが不必要になり、外に武器を持ち出すことが容易になります。実際、騎士の多くは王城の武器を所持したまま、王城外で要人の警護を担当することがあります」

「つまり、普段の癖のまま武器を持ち出した騎士が魔術道具街にいた可能性が高いということですか」

「そうなりますね」


 目撃された人物は衛兵ではなく騎士である。そこはほとんど断定された形になるが、そうなると厄介に思えた。統率された行動を取る衛兵と違い、騎士の行動は基本的に自由な部分が多く、アリバイの特定がしづらい上に、単純に一兵士よりも立ち回りがうまい。騎士が犯人であるのなら、その特定は難しいはずだ。


「ちなみに違法な武器が魔術道具街に流通する経路はまだ分かっていないのですか?」


 シドラスの質問にノエルは残念そうに頷いた。


「私の妹が裏のルートを、エンブ卿が表のルートを中心に調べているそうなのですが、未だに武器の流通経路は特定されていません。発見された武器の量から考えるに、相当な量が魔術道具街に流れているはずなのですが…」

「そこで作られてる可能性はないの?」


 話を聞いていたアスマが思いついたように呟いた。その思いつきにシドラスも納得しかけたが、ノエルは残念そうな顔のまま、かぶりを振った。


「その可能性も考え、材料が魔術道具街に持ち込まれていないか調べたのですが、結果的には持ち込まれた形跡がなく、中で作ることは不可能でした」

「ああ、そうなのか~。なら、違うね」


 材料がなければ武器の製作ができるはずもない。違法な武器の流通経路が分かれば、反乱分子の特定もできそうなのだが、今は難しいと判断し、シドラス達はケロンの殺害事件に関しても、ノエルに捜査をお願いし、自分達は再びソフィアが戻ってくるはずのソフィアの部屋に戻ることにした。



   ☆   ★   ☆   ★



 再び防魔服を取り出しながら、こちらに近づいてくるボウセンの姿にガイウスは気づいた。ノエルから話を聞いてきたのだろうかと思っていると、近づいてきたガイウスが先に部屋を指差しながら聞いてくる。


「殿下はまだ中に?」

「はい。ボウセンさんは騎士団長から?」

「ああ、聞いてきた。取り敢えず、事故の可能性が高いそうだ」


 ノエルは何とか、うまく説明してくれたようだとホッとしながら、防魔服を着終えたボウセンが部屋の中に入っていく姿をガイウスは見守る。

 それを止める手段はなく、それを止める必要もないと思っていたガイウスの目の前で、ボウセンは驚いた顔をした。


「殿下!?」


 その叫び声に釣られ、ガイウスも慌てて部屋の中を覗き込むと、具合の悪そうなハムレットが床に膝を突いていた。ガイウスとボウセンは慌てて駆け寄り、ハムレットに声をかける。


「殿下!?大丈夫ですか、殿下!?」

「ああ…ごめん…大丈夫だから…ちょっと動き過ぎたみたい…」


 咳交じりに答えてくるハムレットに、ボウセンは心底不安そうな顔を向けている。


「あまり無理をしないようにお願いします、殿下」

「うん…ごめんね…」


 申し訳なさそうに苦笑したハムレットに、ボウセンは次の言葉が出なかったようだ。大事には至らなかったことにホッとしながら、それまでの不安そうな表情を消し、ガイウスに指示を出してくる。


「殿下をベッドに」

「はい」


 ボウセンの指示通りにハムレットをベッドに連れていこうと思ったガイウスが屈む。そこでボウセンの足元が目に入り、ガイウスはそこが気になった。


「あれ?ボウセンさん、何か足元に…?」


 その一言に気づいたらしいボウセンが防魔服を捲り、自分の足元を見てから、どうでもいいという風に眉を顰める。


「何かついてたか?後で洗えばいいだけだ。それよりも、殿下をベッドに」

「ああ、はい。分かりました」


 ガイウスがハムレットをベッドに運んだ直後、ハムレットは顔色を悪くしたまま、運んだガイウスを見上げて微笑んできた。


「ありがとうね」


 その礼がただベッドまで運んだことに対する礼ではないことに気づき、ガイウスは軽く頭を下げた。


「当然のことをしたまでです」



   ☆   ★   ☆   ★



 王都の街中にある大衆食堂の一席で、セリスは食事をしている最中だった。向かい合っているのは、ウルカヌス王国まで御者として、セリス達を運んできたアレックスだ。


「そのようなことになっていたのですか?」


 セリスから王城で起きている出来事を聞き、アレックスは食事の手を止めた。普段は冷静なアレックスだが、話が思っているよりも大きくなっていることに驚いたようだ。珍しく動揺しているように見える。


「取り敢えず、王国にこのことを報告してください。今後の指示を仰ぎたいと思います」

「分かりました。報告しておきましょう。ですが、大丈夫なのですか?殿下の正体を知られてしまって?」

「それはどちらに対しての心配ですか?」

「もちろん、本国に対しての心配です」


 その返答を聞いたことでセリスは押し黙った。目の前に置かれていたサラダを口に運び、数回噛んでから、迷ったように口を開く。


「ハッキリと申し上げると、私とシドラスは分かりません。本来なら、防ぐべき立場ですから。ただ事態が事態なので、今後の動き方次第では、その問題もなくなるかもしれません」

「そうなると、我々的にはまだこの国に滞在する方が得なのですね」

「そうですね。場合によっては、今回の騒動の解決が一つの大きな恩を作るかもしれません。そうなると、今後の外交に大きく関わってきます」

「なるほど。それでしたら、その希望も報告しておきますね」


 アレックスの提案がセリス達に対する気遣いだと気づき、セリスは苦笑した。


「ありがとうございます」

「いえ、それが仕事ですから」


 これで話は大体まとまったのだが、さっきから一つだけ、セリスには気になっていることがあった。


「ここの食事、以前と比べると味が変わりましたか?」


 前回、アレックスと接触した際にも、セリスは同じ食堂を使用したのだが、その時と比べて味が単純に落ちている気がしていた。もちろん、セリスは食に詳しいわけではないので勘違いかもしれないと思いつつ、気になってしまったので、ついセリスは口に出してしまう。

 しかし、それはどうやら勘違いではなかったようで、アレックスは小さく頷いていた。


「この店だけではありませんよ。どうやら、市場に出回る食材の質が異様に落ちているようで、多くの店の味が悪くなったと言われています」

「そんなにすぐに変わるものなのですか?」

「実際、どうしてこのような事態になっているかは分かっていないようで、様々な噂が立っていますね」


 そう話しながら、アレックスは不意に何かを思い出したようだった。その表情が気になり、セリスが食事の手を止めると、アレックスの声がそれまで以上に小さくなる。


「そういえば、先ほどの違法な武器の話から思い出したのですが、今日妙な噂を一つ聞きまして」

「妙な噂?」

「はい。王都の市街にあるいくつかの武器屋で、そうです。もしかしたら、問題の違法な武器かもしれません」

「魔術道具街ではなく、市街で?」


 セリスが思わず呟いた疑問にアレックスは頷いた。

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