王女と王子(1)

 王城内の廊下を歩きながら、エンブは思案していた。ソフィアを襲撃した際にコルトが所持していたナイフを確認したが、それは間違いなく、エンブ達が確認した違法な武器の一つだった。


 違法な武器を所持した反乱分子による貴族や王族の襲撃。これまでは起きる可能性だったそれが、実際に起きたとなると、事態の解決に時間をかけることはできない。エンブはすぐに違法な武器が流通している経路を特定する必要があったが、その特定は難しく思えた。


 そもそも、違法な武器が流通している最大の理由が特定の難しさだ。コルトが使用を避けたように、番号で管理された王国の武器は犯行時の使用者を割り出すことが容易で、犯人の特定が非常にしやすい。市場に流通している武器も購入者を記録している上に、販売されている武器の形状は統一されているので、犯行に使用された武器が割り出しやすい。特定の武器を購入した人物を調べ上げることで、犯人まで繋がる可能性が非常に高く、特定されないように犯罪に用いることは非常に難しい。

 それに比べて、違法な武器の多くは流通している経路が分からない上に、購入者が記録されていない。だからこそ、反乱分子の間に浸透したと思うのだが、それを考えると事態はかなり深刻に思えた。


「武器の広がり方が分からない以上、反乱分子がどこまで存在しているのか特定は難しいな」


 エンブの呟きにテンキは頷いた。


「一般市民にも武器を所持した反乱分子がいる可能性がありますね。やはり、十二貴族だけにでも、情報を提供し、身を守るように言うべきなのでは?」

「確かに危険なことには変わりはないが、ユリウス卿が殺害されている今、十二貴族の当主は警戒しているはずだ。それに警備という名目で、監視をつける合法的な理由にもなる。騎士団長殿なら、それくらいはしているだろう」


 それに違法な武器の流通経路があまりに分からないことから、エンブはそこに十二貴族が関わっている可能性を疑っていた。そうでなければ、エンブやフレアが調べて、ここまで分からないとは思えない。


「あの武器を一目で違法な物だと分かる人物は数少ないはずだ。王城の武器ではないと分かっても、違法に流通している武器かどうかは、ただの衛兵に分かる可能性が少ない。それを考えると、兵士の中でも当たり前のように武器を所持しているが、それが違法である可能性はあるな」

「王城の兵士は武器を支給されるはずですが、購入しているのでしょうか?」

「そこを調べてみるか。最も簡単な保管方法だ。潰せるのなら、その方がいい」


 そのように考え、ノエルに手配してもらおうかとエンブが思った直後だった。前方から歩いてくる人物に気づき、エンブとテンキは立ち止まった。エンブは自分が歩いてきた方向に目を向けてみる。

 そこは十二貴族の多くが宿泊する部屋がある場所で、その近くには王女や王子の部屋もある。その人物がそこを歩いている理由と、王子の部屋で何が起きているのか考え、エンブはここでその人物に声をかけるべきだと判断した。


「お久しぶりです、叔父様」


 エンブが先に声をかけると、歩いてきていたボウセンが立ち止まり、エンブの姿に少し驚いた表情をした。


「ああ、エンブか。珍しいな。どうしたんだ?」

「少し仕事の話がありまして」

「仕事の話?」


 武器商人が王城に仕事の話で来ていると聞くと、酷く物騒な話に聞こえてくる。そのためか、ボウセンはエンブの一言に眉を顰めたが、エンブは取り乱すことなく、アスマやベルの顔を思い出していた。


「エアリエル王国から来たギルバート卿との取引の話ですよ。ついでに、私達が取り扱っている武器も見てもらおうと思いまして」

「ああ、そういうことか」


 エンブやテンキは既にギルバートと名乗っていた人物の正体を知ってしまったが、ボウセンはまだ知らないはずだ。その考えは当たっていたようで、ボウセンはエンブの説明に疑うことなく、納得したように頷いていた。


「ですが、ここで叔父様に逢えてよかった。ちょうど一つお聞きしたいことがあったのですよ」


 ボウセンの向かう先から考えるに、ボウセンはハムレットの部屋に向かっている可能性が高かった。ボウセンが白か黒か判断できていないが、どちらにしても、今のソフィアとハムレットの対面を第三者が邪魔してはいけない。何とか、ボウセンをここで足止めしないといけないと思いながら、エンブはさっきまで考えていたことを思い出す。


「聞きたいこと?」

「はい。王城内の兵士はどれだけ外部で武器を購入していますかね?」

「それは王城で支給される武器以外に、武器を所持しているかということか?」


 エンブの頷きに再びボウセンが疑いの眼差しを向けてきた。確かに急に聞かれると怪しく思えてくるかもしれないが、その部分に対しても、ちゃんと理由付けをしてから、エンブは口に出しているから問題はない。


「ギルバート卿が仮にこの国で武器の販売を開始した際に、どれくらいの購入者がいるのか事前に把握しておこうと思いまして」

「なるほど。それでその質問か」


 エンブの説明に再びボウセンは納得してくれたらしく、ボウセンは少し考え込むように俯いた。


「剣や槍、弓を購入する者は少ないだろうな。それらは王城で支給される武器で足りる上に値段が張る。ただナイフのような補助的に用いられる武器は、基本的に王城から支給されない。仕事柄、自衛も兼ねて購入する兵士は多いと思うぞ」

「ほう。ナイフですか…」


 奇しくも、コルトも所持していた武器はナイフだと思い出し、やはり、それらの武器であれば、王城内で持っていても疑われる危険性は少ないのかとエンブは思った。


「ちなみに叔父様もそのような武器を?」

「いや、私は必要としていない。与えられた剣で、殿下が御守りできれば十分だ。自分の身は守れなくても問題はない」

「流石、叔父様は騎士であられる」


 エンブはボウセンを称え、次の質問を考えようとしたが、その前にボウセンが先手を打ってきた。


「悪いが、急いでいるから、質問はこれくらいでいいか?」


 そう聞かれてしまえば、そこで他にも質問があると言い出すと怪しく見える。エンブは少し迷ってから、その言葉に了承し、ボウセンに礼を言うことにした。頭を下げたエンブにボウセンは軽く会釈をしてから、ハムレットの部屋の方向に歩き出す。


 その後ろ姿を眺めながら、足止めできなかったことをガイウスに謝罪していたエンブは、そこで一つだけ聞いておいた方がいい質問があったことを思い出した。


「すみません。もう一つだけいいですか?」


 急にエンブに呼び止められたことから、ボウセンは驚いた表情で振り返った。表情は急いでいると言いたそうだったが、それを言われる前に、エンブは思い出した質問を投げかける。


「防魔服は所持していますか?」

「防魔服?」


 ボウセンは怪訝げにエンブを見てきたが、すぐに懐から防魔服を取り出し、エンブに見せてきた。


「やはり、お持ちですよね」

「これがどうした?」

「いえ、私もそれが欲しいなと思い始めたところでして。それがあればハムレット殿下にお逢いできるのですよね?」


 その質問自体が防魔服を催促していると感じたのか、ボウセンは呆れたように溜め息を吐き、エンブに冷めた目を向けてきた。


「言っておくが、殿下に変なことを吹き込むなよ。武器を売りつけようとした際には、二度と王城に踏み込めないようにするからな」

「気をつけます」


 王城の武器を管理している以上、それは不可能なのだが、エンブは冗談だと分かった上で、笑って頭を下げた。ボウセンはその姿に溜め息を吐いてから、再びハムレットの部屋に向かって歩き出す。


「エンブ様?」


 ボウセンが離れた直後、そう声をかけてきたテンキに、エンブは軽く笑顔を見せた。


「考え過ぎたみたいだ。行こう」


 そう言って歩き出しながら、エンブは王城内に違法な武器が浸透しているのか、調査する必要があると考えていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 部屋の中に椅子が二つ、向かい合う形で並べられていた。そこにソフィアとハムレットは座り、ソフィアはゆっくりと自分の身に何が起きたのか、ハムレットに説明していった。


 突然命を狙われたこと、それから逃れるために国を出たこと、再び国に戻ってきたがそこでも襲われたこと、その犯人が捕まったこと、その犯人に協力している人物がいること。それらの説明を順番にして、最後に犯人が防魔服を着ていたことから、ソフィアはハムレットが関わっているのではないかと疑っていることまで説明した。


 その説明をハムレットは終始穏やかな表情で聞いていた。浮かべられた柔らかな笑みは変わることなく、時たま小さく頷き、ソフィアの言葉に相槌を打ちながら、ハムレットは最後まで話を聞き終えるまで、一言も話さなかった。


 自分の身に起きたことの説明を終えて、ソフィアはハムレットに真正面から聞くことにした。


「兄さんは私を恨んでいるの?国王に選ばれなかったことで、私を殺そうと思った?」


 その質問を聞いても、ハムレットの表情は変わらなかった。しばらく穏やかな表情をしたまま黙り、やがて考えるように俯いた。ソフィアは緊張した面持ちで、ハムレットが何を言い始めるのか、ひたすらに待つ。


「ソフィアは…」


 俯いたまま、ハムレットがそう呟き、ソフィアは驚きで身体を震わせた。それを気にすることもなく、ハムレットは更に言葉を続ける。


「もしも、俺が恨んでるって言ったら、どうするんだい?」

「え…?」


 ハムレットからの思ってもみなかった質問に、ソフィアは言葉を失った。その様子に気づいたハムレットが顔を上げ、さっきまでと同じ穏やかな笑顔で、更に聞いてくる。


「もしも、俺がソフィアを殺したいと思っているって言ったら、ソフィアはどうするんだい?殺されないように?」


 いつまでも穏やかな笑みを浮かべるハムレットの口から飛び出した物騒な言葉に、ソフィアは凍えそうなほどの恐怖を覚えていた。

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