王子の提案(1)
ハムレットが自分の命を狙っている。そう考えたソフィアは虚繭であるハムレットに対抗するための手段を用意しようとした。それが魔王であるアスマであり、ソフィアはアスマの同行を理由に、ウルカヌス王国に帰ることを約束した。
シドラスとセリスからの説明を聞き、ノエルとガイウスの顔は青くなった。急いで謝罪しなければいけないと思ったのか、敵が来たのかと錯覚するほどの速度で立ち上がったノエルをセリスは慌てて制する。
その様子に苦笑を浮かべながら、アスマに謝罪をするべきかと悩んでいる雰囲気のエンブを置いて、アスマとベルがこっそりとシドラスに近づいてきた。
「ごめんなさい…」
「すまない…バレてしまった…」
「いえ、こちらもいろいろあったので、特に問題はありません」
シドラスが苦笑しながら答えると、ベルとアスマは不思議そうに顔を見合わせていた。恐らく、二人はもう少し怒られると思っていたのだろう。仮に怒るとしても、ノエルやガイウスのいる前で、王子であるアスマに怒ることはできない。
そう思っていたら、ベルが不思議そうな表情のまま、シドラスに小声で聞いてきた。
「いろいろって何があったんだ?」
「実は…」
そこでシドラスはアスマとベルに、さっきまでの一連の出来事を説明し始めた。ソフィアが襲撃を受け、それをガイウスと協力したシドラスが止め、犯人のコルトは逮捕された。そこから、シドラスとセリスはノエル達に自分達が調べていたことを伝え、ノエル達がウルカヌス王国に一定数いる様子の反乱分子を探している事実を教えられた。
それらの説明を聞いたベルが納得したように頷く姿を見せた。
「それで私達は必要以上に疑われていたのか。道理でバレるわけだ」
「それで、こちらとしても、殿下の情報を渡すかどうかのところだったんですよ」
「けど、大丈夫なのか?教えてしまって」
「まあ、王女殿下のことで貸しがある状態を作れたので、すぐに何かあるとは思えませんし、それに内情が内情なので、エアリエル王国を敵に回す行動は取らないでしょう」
「確かに。反乱分子がいる状況で、下手に敵を増やしたくないか」
シドラスとベルが小声で会話している間に、セリスはノエルやガイウスを落ちつかせることに成功したようだった。さっきまでの慌ただしい雰囲気はなく、ゆっくりと頭を下げてくる。
「ソフィア殿下が申し訳ありません…」
「いえ、きっかけはこちらの問題行動だったので」
セリスがアスマに鋭い視線を送りながら呟いたが、当のアスマは考えごとをしているのか、その視線に気づいていないようだった。その態度にセリスは溜め息を吐き、ノエルやガイウスは困ったように笑っている。
「殿下?何をお考えですか?」
シドラスが珍しく考え込んでいるアスマに聞くと、アスマは不思議そうな顔をしながら、シドラスに聞いてきた。
「どうして、その反乱分子はソフィアを狙ってるの?」
「それは王国に対して不満があって…いや、確かにそうですね」
王国に不満があるとしたら、狙う相手はソフィアではなく、現在の国王のはずだ。仮にソフィアの命を取ったとして、それで国の体制が大きく変わるとは思えない。
「反乱分子の目的は何ですか?」
「現在の貴族が優遇された王国の体制に対する不満が、その動機の多くを占めています。貴族であっても、生まれた家によって立場が変わることを好ましく思えず、参加している者がいるようです。ラキアもそうでした」
「でしたら、やはり、そのターゲットがソフィア殿下になる理由が分かりませんね。普通なら、国王陛下か現時点で地位の高い貴族になるはずです」
仮にソフィアが狙われるとしたら、その場合はソフィアを誘拐し、王国との交渉の材料にするためであり、ソフィアを殺害することで何かを変えられるとは思えない。それどころか、自分達に対する圧政が酷くなるはずだ。
「私も一つ気になっていることがあります」
疑問を呟くシドラスの言葉の間に、ガイウスが割って入るように言ってきた。
「あのコルトという兵士が着ていたものですが、あれは確かに防魔服でした。ですが、防魔服のような特殊な物を一兵士が持っているとは考えられません」
「防魔服を渡した人物がいると?」
「少なくとも、防魔服を所有した人物の中に一人、反乱分子が紛れていると考えていいと思います」
「もしかしたら、その人がソフィア殿下の命を狙うように指示を出しているのかもしれませんね」
その黒幕をソフィアはハムレットと考えているようだが、現時点ではそれを証明する確実な証拠がない。それに他の人物の可能性もある以上、ハムレットばかりを調べることはできない。
取り敢えず、ソフィアの命を狙っている人物に反乱分子がいる可能性が高い以上、そちらと協力して調べることで、ソフィアの命を狙っている動機まで分かるかもしれないと判断し、シドラス達とノエル達は協力することに決まった。
「皆さんには、ソフィア殿下の護衛もお任せしてもよろしいですか?できるだけ、衛兵を割り当てるようにしますが、その衛兵が反乱分子である可能性は捨て切れないので。お預かりしていた武器も返却します」
王国に来てから預けたままだった剣を返してもらうことに話が決まり、そのために移動しようとした直前、全員の足を止めるようにアスマが急に声を出した。
「あの!」
「ど、どうしましたか?」
ノエル達だけでなく、シドラスやベルも、その声に驚いて立ち止まると、アスマが全員の顔を見ながら、思いも寄らなかったことを言い出した。
「俺に一つ提案があるんだけど、聞いてくれる?」
「提案?」
それはとてもアスマらしく、突拍子もない提案だった。
☆ ★ ☆ ★
「殿下?御気分でも?」
心配した様子で顔を覗き込んできたリエルに、ソフィアはかぶりを振った。ずっと俯いていたから、気分が悪くなったのかと思ったのだろう。確かにある意味では気分が悪いことに変わりはないのだが、それは自分自身に対する嫌悪感から来るもので、他人に心配をかけることではない。
ソフィアはノーラを部屋から追い出した。それによって部屋から護衛が消え、コルトに襲われる隙を作ってしまった。それだけでなく、部屋から追い出したノーラに命を助けられ、ノーラはソフィアの代わりに気を失うことになった。あの時のノーラの助けがなければ、きっとシドラスやガイウスが到着する前に、ソフィアは殺されていたはずだ。
自分の身勝手さ故に襲われる状況を作り出し、身勝手さをぶつけた相手に助けられ、最終的に身勝手さをぶつけた相手に怪我を負わせた。その結果に、ソフィアは言葉が出ないほどに罪悪感を覚えていた。
罪の意識に苛まれるソフィアがあまりに静かなためか、ソフィアの護衛を任されたリエルとコーダは困った顔で入口付近に立っていた。部屋の外にはウーパもいるらしく、この状況では三人全員がソフィアの命を狙っていない限り、ソフィアは襲われることがない。
もちろん、ソフィアはそういうことがないと今回の一件で強く分かった。コルトが襲ってきた状況を考え、その後の展開を思い出せば、嫌というほどに理解できる。
結局、自分は周囲を振り回しただけだった。そう思ったら、ソフィアは自分のことが嫌になった。
やはり、自分は女王に相応しくないと思った直後、部屋の扉がノックされる。それはどうやら、ウーパがノックしたようで、顔を出したコルトが軽く会話をしてから、ソフィアに聞いてきた。
「お客様が来ているようですが、どうしますか?」
お客様という表現から、一瞬、誰が来ているのだろうかとソフィアは考えたが、その表現をする人物達が今は王城にいることを思い出し、ソフィアは頷いた。
その後、案の定、アスマ達が部屋の中に入ってくる。
ただし、そこにガイウスがいることに、ソフィアは驚いた。
「ありがとう。部屋の外で待機していてくれるか?」
ガイウスがリエルとコーダに声をかけると、二人はそそくさと部屋から出ていく。それを見送ってから、ソフィアは不思議そうにアスマ達を見つめた。
「どうして、ガイウスが?」
「いろいろとありまして、情報の共有を。安心してください。彼らは王女殿下を狙った人物ではないと分かりましたから」
シドラスの説明を受け、ソフィアは何とか納得することにしたが、急にガイウスがいることに落ちつかない自分もいた。大丈夫と言われても、ほんの少し前まで警戒していた相手をすぐには信用できない。
そう思っていると、ソフィアの前にアスマが近づいてきて、ソフィアの顔をじっと見つめてきた。
「何…?」
「ソフィアに提案があるんだ」
「提案…?」
不思議そうにするソフィアに、アスマは自信満々に頷き、一言告げてきた。
「ハムレットに逢おう」
その一言にソフィアは自分の耳を疑った。
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