急襲される王女

 自分に対する嫌悪感に押し潰され、項垂れていたソフィアは物音に顔を上げた。扉が開いた音に聞こえ、ノックもなかったことから、誰かと睨みつけるようにソフィアが入口を見る。


 そこに黒い外套を見にまとった人物が立っていることに気づき、ソフィアの表情が険しくなった。自分に迫った危機に気づき、ソフィアはすぐさま立ち上がる。


「誰!?来ないで!」


 拒絶するように叫んだソフィアを無視し、外套の人物は懐からナイフを取り出した。その姿にソフィアが手を伸ばし、掌で術式を重ねる。そこから、炎の塊を飛ばして、外套の人物を遠ざけようとしたが、ソフィアの炎はその人物の着た外套に容易に払われた。ソフィア程度の魔力では防魔服で簡単に遮られるようだ。


 ソフィアの攻撃を防ぎ切った外套の人物が手に持ったナイフを掲げ、ソフィアとの距離を詰めてきた。振るわれたナイフから逃れるように、立ち上がったソフィアが外套の人物から離れるが、ドレスを着たソフィアの動きでは、身軽な外套の人物から逃れ切ることができなかった。


 一瞬で距離を詰められ、ソフィアはナイフで斬りつけられそうになる。それを拒絶するために、ソフィアが手を突き出し、重ねた術式で炎を生み出した。その攻撃も大体は外套に阻まれたが、一部がフード部分の内側に入ったようで、外套の人物が僅かに声を漏らした。


「熱ィッ!?」


 その隙を狙って、ソフィアが外套の人物の腹を蹴り飛ばした。お世辞にも強い蹴りではなかったが、不意を突いたこともあってか、外套の人物は苦悶の声を漏らしながら、ソフィアから離れる。


(男だ…)


 声から分かる情報はそれだけだった。ただソフィアはその声に聞き覚えがなく、それがガイウスやハムレットではないことは確かだった。


「貴方は誰!?」


 そう聞いた直後、外套の下から怒ったような声が聞こえてくる。


「……るな…!」

「何…?」

「抵抗するな!」


 そう叫ぶと同時に外套の男が走り出し、ソフィアにナイフを振るってきた。ソフィアは体勢を崩しながら、慌ててそのナイフを避け、近くに置かれていたテーブルにぶつかった。その直後、テーブルの上に置かれていた数冊の本が崩れる。ソフィアが勉強のために使っていた本だ。

 その一冊が近くの窓にぶつかり、窓ガラスを割りながら、部屋の外に飛び出した。それによって割れる音が大きく響き、外套の男が舌打ちをした。


 その直後、ソフィアの声や外套の男の声、それからガラスの割れる音を聞きつけたらしく、ソフィアの部屋にノーラが飛び込んできた。


「失礼します!殿下、ご無事ですか!?」


 そう叫びながら、部屋の中の様子を見たノーラが、外套の男の存在に気づき、腰元の剣を抜く。その動きに外套の男は急いで距離を詰め、手に持っていたナイフをノーラに振るった。ノーラが剣を抜くよりも先にナイフによる攻撃が届き、ノーラは剣を抜く暇もないまま、慌てて男から距離を取る。


 その隙を狙って、男は更に距離を詰めて、ノーラの喉元をナイフで斬りつけようとした。その動きを見せた腕をノーラは紙一重で捕まえ、その手からナイフを何とか落とさせる。


「無駄な抵抗を…」

「その声はコルトさん!?」


 ノーラがそう叫んだ直後、コルトはノーラの首を締め上げるように腕を伸ばした。ナイフを落とすことで精一杯だったノーラは、その動きを止めることが間に合わず、ゆっくりと首を締め上げられていく。


 顔を真っ赤にしながら、このままだと意識を失うと思ったコルトが、慌てて首を締め上げようと自分の背後に立つコルトに向かって、肘を何度も振るった。外套を着るために鎧は脱いでいるようで、その打撃も着実にコルトにダメージを与えているようだ。コルトのくぐもった苦しそうな声が聞こえてくる。


 このまま行けば抜け出せる。そう思った瞬間、ノーラはコルトの腕から解放され、倒れ込みそうになった。慌てて足を踏ん張った直後、首元にコルトからの一撃を受けて、ノーラは意識を失った。


 その様子を見ていたソフィアが、倒れ込んだノーラの姿に悲痛な顔をした。巻き込んでしまったと思った直後、ナイフを拾ったコルトがソフィアを見てくる。


「邪魔者はいなくなった」


 そう呟くコルトにソフィアが身構える中、扉の向こうの廊下から、慌ただしい足音がいくつも聞こえてきた。その音に気づいたコルトが、咄嗟に扉に身体を向けた瞬間、扉が勢い良く開かれ、数人の男が飛び込んできた。


「王女殿下!ご無事ですか!」


 そう叫んだのはシドラスだった。その隣にはガイウスが立ち、二人の後ろには衛兵が二人ついている。部屋に飛び込んできたシドラスは、すぐに外套の男の姿に気づき、その姿にガイウスは驚いた顔をしていた。


「まずい…」


 小さく呟いたコルトが、急いでソフィアに目を向け、そのまま一直線に走ってくる。その姿を確認した直後、ガイウスが大きな声で叫んだ。


「ソフィア殿下!しゃがんでください!」


 その声に反応するまま、ソフィアが身を屈めた直後、ガイウスが身に着けていた鎧の一部をコルトに投げつけた。それはコルトの背中に直撃し、コルトは小さく苦悶の声を漏らす。


 その一撃によって体勢が崩れたコルトは、その崩れた方向にあった窓に近づき、そこから外に飛び出した。

 シドラス達はそれを追いかけるように部屋の中に入ってきて、怯えた様子で屈んだままのソフィアや、床で気絶しているノーラを軽く見る。


「お二人は王女殿下とこの方の保護をお願いします」


 シドラスが一緒にいた二人の衛兵にそう言いながら、ガイウスと一緒に窓の外を眺めた。すぐに逃げ出したコルトの姿を見つけたようだが、部屋の高さからか、ガイウスは小さく声を漏らす。


「高いな…」

「言っていられません!」


 すぐにそう答えたシドラスが、先に窓から飛び出した。それを見たガイウスが少し戸惑いながら、続く形で窓から飛び降りる。やはり、高さは相当なもので、着地した瞬間は足に強く響いたが、歩けなくなるほどではなかった。


 シドラスがコルトを追いかけるように走り出すと、逃げ切れないと思ったのか、コルトがナイフではなく、腰元の剣を抜いてシドラスを見てきた。シドラスは武器になるものを持っていない。それを好機と思ったのか、コルトがすぐさまシドラスと距離を詰め、剣を振るってくる。


 しかし、同じ武器を操るものでも、騎士と衛兵では力量が違う。それは国が違っても同じようで、シドラスはコルトの剣を難なく躱し、振るわれた剣を素手で捌くことができていた。その行為に苛立ちが募っているのか、コルトの剣筋が次第に大きくなる。


 そして、コルトが大きく振りかぶった瞬間、背後に近づいてきていた足音がシドラスの背後で止まったことに気づいた。シドラスは背後を確認することなく、その音に反応するように身を屈める。


 その直後、シドラスの上を通り過ぎるように、振るわれた剣がコルトの振りかぶった剣にぶつかった。コルトの剣は宙を舞い、咄嗟に動きかけたコルトの喉元に向かって、振るわれた剣が伸びてくる。


「動くな。動くと斬るぞ?」


 その冷たいガイウスの呟きに、コルトはゆっくりと動きを止めた。その姿を見ながら、シドラスが立ち上がり、コルトの腕を拘束していく。


「何故、王女を狙った?」


 ガイウスの問いにコルトは口を閉ざしていた。その態度にガイウスが苛立った表情を浮かべた直後、その場所にセリスとノエルが駆けつける。


「何があった!?」


 そう聞いてくるノエルの隣で、シドラスが拘束している最中のコルトを見たセリスが質問してきた。


「それが例の犯人か?」

「恐らく、そうだと思います。王女殿下を実際に狙っていましたし、それに…」


 シドラスが拘束するついでに左手を強く握ると、コルトは表情を歪ませ、口から苦しそうな声を出した。


「セリスさんの話にあった左腕の負傷もあります」

「王女殿下は?」

「ご無事です」

「そうか。良かった」


 セリスがホッとした声を漏らす中、状況を把握している二人と違い、何が起きているのか分かっていないガイウスとノエルが怪訝げにシドラス達を見てきた。


「これは一体、どういうことですか?」


 ノエルの疑いの視線にセリスは確認するようにシドラスを見てきた。その視線にシドラスが頷き、セリスはノエルを見る。


「私達がこの国に来てから何をしていたのか、その説明をします」


 その一言にガイウスとノエルの表情が更に険しくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る