急変する事態(2)

 ガイウスが不自然に隠した手紙をどのように追及するかシドラスは考えていたが、その際の視線でガイウスはシドラスが手紙の存在を怪しんでいると悟ったのか、シドラスやウーパの視界から隠した手紙を懐に仕舞い、突然歩き出した。


「どこに…!?」


 シドラスが慌てて腕を掴んで止めようとしたが、ガイウスはその手を避け、シドラスに鋭い視線を向けてから、談話室を出てしまった。


 ここで逃げられると、せっかくのチャンスを逃すことになると思ったシドラスが、慌ててガイウスの後を追いかける。ウーパと一緒に談話室を後にし、出た廊下の途中でガイウスの肩を掴んだ。


「どうして、逃げるのですか?」

「逃げる?」


 シドラスの問いに不愉快そうに顔を歪めたガイウスが振り返った。


「私がいつ逃げたと?」

「たった今のことです」

「逃げてなどいない!」

「でしたら、隠した物を見せていただけますか?」


 明確な敵意を持った視線で睨みつけてくるガイウスに、応戦するようにシドラスも鋭い視線を向けていた。その雰囲気の悪さは物騒な事態に繋がりかねない。そう判断したらしく、ウーパが慌てて二人の間に割って入ろうとしてくる。


「お二人共、落ちついてください!」


 一ミリも視線を動かすことなく、互いに睨みつけ合ったまま、シドラスとガイウスがウーパによって距離を離された。ガイウスの肩を掴んでいたシドラスの手は離れ、二人の両手が空いたことになる。

 そのことにウーパが更に警戒を強める中、シドラスが少し視線を動かし、ガイウスが手紙を隠した懐に目を向けた。


「何を隠しているのですか?」


 実際の物ではなく、隠しごとの詳細を問いかける質問に、ガイウスは黙った。その表情は険しく、シドラスの言葉に苛立ちが募ったように、少しずつ不愉快そうに顔を顰めている。


「それはこちらの台詞だ。貴方達は何かを隠している。それは一体、何だ?」


 体裁よりも感情に振り幅が大きくなってきたが、互いに牽制し合うだけの静かな時間が続いていた。当事者であるシドラスやガイウスは相手の動きや言葉に注意するだけでいいのだが、ウーパはそれだけではいけない。恐らく、息が詰まりそうな思いをしているのだろうと普段なら想像できることだが、この時のシドラスにウーパの存在を考えられるだけの余裕はなかった。


「何を隠しているのか知らないが、この国にとって不利益になることなら、異国の騎士であろうとそのままにはできない。然るべき処罰を受けてもらう」

「それの不利益を生み出すのが、自分達ではないという証明はどうされるのですか?」


 ソフィアの暗殺未遂を念頭にシドラスが口に出した言葉を、ガイウスは挑発と取ったようだった。咄嗟に剣の柄に手を伸ばし、ウーパが慌ててその腕を掴んでいる。


「王城内で流血騒ぎはお止めください!」


 その一言で我に返ったのか、ガイウスは小さく謝罪の言葉を口にしながら、剣の柄から手を放した。


「気に食わない…」


 剣から手を放した直後、ガイウスは地面に吐き捨てるように呟いた。


「王城内で起きた出来事を考えれば、自分達がどれほど疑われるかは容易に想像できるはずだ。それが分かっていながら、お前達エアリエル王国の騎士は自由に出歩いている。その無責任さ、危機感のなさ、全てが騎士に相応しくない。ぬるま湯に浸かった他国の騎士と、同じ騎士と思われることが私は腹立たしい」


 腹の内に溜め込んでいた言葉を吐き出すように、ガイウスは早口で捲し立てた。その言葉を聞きながら、その言葉に含まれた嘘偽りのない言葉に、シドラスは妙な考えが浮かんでいた。


 やはり、目の前の男はソフィア暗殺に関する出来事に関わっていないのだろうか。そう考えた途端、ガイウスがこちらに鋭い視線を向けてくる。


「そうやって、平然としていることが理解できない。自分達に対する疑いの真意も知らないで、そのように暢気な顔をしていられる人物が騎士であることが気に食わない」


 シドラスを正面から否定する言葉に、妙な言葉が含まれていたとシドラスは気づき、不愉快さよりも疑問が勝った表情をした。


「疑いの真意?」


 そのシドラスの呟きに反応するように、ガイウスが口を開く。


「お前達は反…!」


 そこまで口に出してから、ガイウスはウーパの姿に慌てて口を閉ざした。その一連の動作に、シドラスはガイウスの秘密がシドラス達だけでなく、王城の中でも限られたものであると理解する。


 一体、何を抱えているのだろうか、とシドラスが考え始めた直後、シドラスとガイウスの会話に割って入った人物がいた。それはその二人のやり取りを見ていたウーパではない。


「あの…すみませんが、そこを通ってもよろしいでしょうか?」


 廊下を塞いだシドラスとガイウスに、そのように声をかけてきた人物は、シドラスも見覚えのある人物だった。誰かと少し考えて、アスマやベルと一緒にマーズの貴族の屋敷に向かった衛兵だと思い出す。


「すみません」


 シドラスがすぐに謝罪し、道を譲ると、それに続く形でガイウスも、その衛兵に道を譲っていた。その衛兵が通り過ぎるまで待とうとして、衛兵の姿を見ている中で、シドラスの視線が衛兵の手に止まる。そこには包帯が巻かれており、それを見た途端、シドラスの頭の中でウルカヌス王国を訪れた初日の夜の出来事が思い浮かんだ。


「少し待ってください!」


 シドラスが衛兵を呼び止めると、衛兵は驚いた顔で振り返る。ガイウスやウーパも、シドラスが呼び止めるとは思っていなかったようで、不思議そうに見ている。


「えっと…貴方のお名前は?」

「コーダです」

「コーダさんですね。その手は?」


 シドラスが包帯の巻かれた手を示すと、コーダはその手を上げて、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていた。


「これは仕事中に切ってしまって。大丈夫と言ったのですが、少し大袈裟に巻かれてしまいまして」

「どういう質問だ?」


 怪訝げに見てくるガイウスに、シドラスは詳細を避けて説明の言葉を口にした。


「実は腕に怪我をしている人物を探していたんですよ」


 初日の夜、ソフィアを襲撃するために、ソフィアの部屋を訪れた犯人は、そこでセリスの迎撃に遭ったらしい。その際にをセリスは口にしていた。


「それがこのコーダだと?」

「いえ、彼が怪我をしているのはです。私達が探していたのは左手を怪我している人物です」

「私達?」


 不可解そうに表情を変えたガイウスに、シドラスが失言したかと思った直後、コーダがシドラスの言葉に反応するように声を出した。


「左手でしたら、一人がいますよ」

「え?本当ですか?」

「はい。左手を怪我したから当番を変わってくれと頼まれて、一日休みの予定だったのですが、昼だけ変わったことがあったので」

「それはいつのことですか?」

「一昨日ですね」


 一昨日ということは、シドラス達がウルカヌス王国に到着した翌日だ。セリスが襲われたのは、その前日の夜なので、時間的にちょうど当てはまる。コーダと仕事を交代したということは、同じ衛兵である可能性が高く、犯人の特徴にも当てはまることから、その人物がソフィアを襲撃した犯人である可能性が高いと思われた。


「その相手の名前は?」

と言います」


 コルト。ソフィアを襲撃した犯人の可能性が最も高い人物。その名前が判明したことで、その真偽のほどを確かめる必要があると思い、シドラスはコルトの居場所をコーダから聞き出そうとする。


「そのコルトさんが今、どこにいるか分かりますか?」

「えっと…確か、今仕事中で…」

「少し待て。部外者に王城内の警備状況を教えるわけにはいかない」


 ガイウスが止めたことで、コーダは慌てて口を噤んでいた。ガイウスの言葉は正論であり、自分も同じ立場なら、同じことを言っていたと思うが、この状況でその言葉は怪しさしか湧いてこなかった。さっきは白かと思ってしまったが、本当は黒だったのかと僅かにシドラスが疑い始めた直後のことだ。


 唐突に王城内にガラスの割れる音が響き渡ってきた。その音に反応し、シドラスとガイウスの視線が動く。音の発生した場所はそこまで離れておらず、その方向に何があるのか、シドラスはすぐに思い出した。


「王女殿下の御部屋…」

「ソフィア殿下の御部屋…」


 シドラスとガイウスが同時に走り出し、それに遅れる形でウーパやコーダも走り出していた。ソフィアの部屋から物音が聞こえたと、衛兵が叫び声を上げ始めたのは、その直後だった。



   ☆   ★   ☆   ★



 部屋の前を通りがかると、ノーラがソフィアの部屋から出てくるところだった。その表情は浮かない様子で、明らかに何かがあったと分かるものだ。


「どうしたの?」


 そうが声をかけると、ノーラは顔を上げて、今にも泣きそうな顔をした。その表情に驚きながら、ノーラから話を聞いてみると、どうやらソフィアに部屋から追い出されたらしい。


「ああ~、それはきっと何か怒らせたんだね」

「ええ!?でも、私、何もしてませんよ?」

「こっちはそう思ってても、相手はそう思ってないかもしれないからね。取り敢えず、時間を置いた方がいいかも」

「そうしたいところですけど、護衛を任されているので…」

「それなら、少しの間、俺が様子を見てくるよ。ついでにソフィア殿下の機嫌も窺ってくるから」


 コルトの提案に考える様子を見せていたノーラだが、それしかないと思ったのか、申し訳なさそうに頷き、「お願いします」と言ってきた。コルトは快く承諾し、立ち去るノーラを見送る。


 それから、ソフィアの部屋の前に立ち、そこで懐から準備していた物を取り出した。広げると全身を覆うことができる大きさので、コルトはそれを見にまとって、ソフィアの部屋の扉に手を伸ばした。

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