急変する事態(1)

 エンブの案内で訪れた武器庫には、王城が保管していると思われる武器が、ずらりと並んでいた。そこには剣だけでなく、槍の他に弓などの武器も並んでおり、それら全てがエンブの用意した物らしい。武器には一つ一つ、番号が書かれており、それで管理していることを教えてくれながら、エンブは剣の置かれた場所を手で示した。


「では、そこから剣を見てくれ。品質の高さは自負している」


 自信を持った様子のエンブに、アスマは困った顔でベルを見てきた。武器の確認をベルが行うわけにはいかない上に、シドラスやセリスならともかく、ベルには武器の良し悪しなど分からない。ここは見様見真似でも、アスマに見てもらう他ないと思い、ベルはアスマに視線で促した。

 その視線で意図を察したのか、ベルが動き出さない様子に自分が動くしかないと思ったのか、アスマはエンブの示した場所に置かれた剣の一つを手に取った。剣の柄を掴み、もう片方の手で鞘を固定しながら、剣を引き抜く。それから、目の前で掲げるように剣を見つめ、アスマは何かが分かったようなフリをしながら頷いた。


「た、確かにこれは良いものだね」

「そうだろうそうだろう」


 頻りに頷きながらエンブが呟く姿を見て、ベルは少しホッとした。どうやら、アスマはうまく誤魔化せているようだ。同じことを思ったのか、剣を鞘に納めているアスマも、同じように安堵した表情を浮かべている。


「王城にある武器の品質は理解いただけたかな?」


 エンブの問いにアスマは笑顔で頷いた。その表情にエンブは頷きながら、テンキの方にちらりと視線を送っている。その視線にまだ何かあるのかと察したベルは、すぐにアスマに耳打ちすることにした。


「そろそろ、適当に理由をつけて立ち去ろう…!このままだといつバレるか分からない…!」

「た、確かに…そうだね…」


 ベルとアスマがこっそりと打ち合わせしている間に、エンブ達の中で話はまとまっていたのか、すぐに新たな提案をしてきた。


「次は街に行こうか。そこにある武器屋で、私達が取り扱っている武器が見れるはずだ」

「そ、それは…!」


 エンブの思わぬ提案に、分かりやすく困った顔をしたアスマに見られ、ベルは慌てて言葉を考え始めた。何とか疑われない理由を作り、この場から去らないといけないと思うのだが、そう簡単に理由は思い浮かばない。


「そ、その…!私達は王女殿下に呼ばれていまして!もう向かわないといけないのです!」


 ベルが何とか理由を捻り出すと、エンブは怪訝げにベルの顔を覗き込んできた。


「王女殿下に?」


 そう呟きながら、ベルからアスマに視線を移し、アスマが慌てて頷き出した。その様子にエンブは考え込んでいたが、やがて納得してくれたのか、軽く笑みを浮かべて頷いてくれる。


「そうか。分かった。忙しいところ、すまない」


 その一言にホッとしたベルとアスマが、エンブに謝罪の言葉を口にしながら、その場から立ち去ろうとした。


「その前に…」


 エンブに背を向け、ベル達が歩き出そうとした瞬間、背後からそのエンブの声が聞こえてきた。


「一つ確認してもいいだろうか?」


 その声に不穏さを覚えながら、ベルとアスマは足を止めた。振り返ってみると、こちらを鋭く睨みつけるエンブと目が合う。


「ギルバート卿は武器商人になってから、どれくらいで?」


 その問いにアスマが頼るようにベルを見てきた。ベルが王城で働き出してから、まだ一年も経っていない。本物のギルバートとの付き合いもそれくらいで、ギルバートがどれくらいの期間、武器商人をしているかベルが知っているはずもない。

 アスマの年齢もあるので、それとの兼ね合いも考えないといけないとベルは頭を悩ませ、緊張で心臓を破裂させそうになりながら、年数を口に出してみる。


「今で五年というところでしょうか…」


 エンブがどのように反応するのか、ベルとアスマが緊張で倒れかけていると、その年数を噛み締めながら、エンブが更に鋭い視線をアスマに送ってきた。何か失敗したかとベルが思っていると、エンブが不思議そうに聞いてくる。


「その間、剣を扱ってこなかったのかな?」

「それは…どういう意味で…?」


 エンブの質問にベルが質問で返すと、エンブはさっきアスマが見ていた剣を手に取り、アスマの前に見せるように出した。


「この剣を何故、抜いた?」

「え?」

「剣の品質を見るだけなら、鞘から抜き切る必要はなかったはずだ。試しに斬るなら未だしも、この狭い空間の中で不用意に抜くと事故が起こりかねない。それに、この手の剣は全て両手で持って使われる。片手で剣を握るなど言語道断だ。扱いが素人としか言いようがない」


 泳がされてからの指摘の数々に、アスマはダラダラと脂汗を掻き始めていた。フォローするも何も、既にアスマはミスしていたのかとベルは今更ながらに気づいても、状況的に既に遅い。


「それに私は武器商人であって鍛冶屋ではない。剣一つを見て武器全体の品質が分かるかどうかは、仕入れている鍛冶屋が一つかどうかの確認をしないと分からないことだ。その確認がない段階で、おかしいと思っていた」


 エンブが手に持っていた剣をテンキに渡しながら、ベルやアスマに鋭い視線を向けてくる。その視線にベルやアスマは血の気が引いていくようだった。


「ギルバート卿の名前は聞いたことがある。それだけの人物が、この程度のミスをするとは思えない。そう考えると、可能性は一つしかない。?」


 核心をつくエンブの質問に、ベルとアスマは完全に言葉を失っていた。どう答えればいいのか分からず、視線を泳がせながら、脂汗を流し続ける。


 その時のことだ。武器庫の中にいたベル達に聞こえるほどの音で、遠くからガラスの割れる音が響いてきた。その音に反応し、ベルやアスマだけでなく、エンブやテンキの目まで、武器庫の外に向く。


「何だ?今の音は?」


 エンブが呟いた直後、音の方向に走っていく衛兵の叫ぶ声が武器庫の中に聞こえてきた。その声を聞き、ベルとアスマの表情は一変した。



   ☆   ★   ☆   ★



 以前、夜間にアスマが王城を抜け出し、騒ぎになったことがあった。その時のことを思い出しながら、セリスは自室に戻ってきていた。セリスの監視を担当したエマに、セリスは服を着替えるから、しばらく部屋の中を覗かないようにお願いする。それを言わなくても、部屋の中まで見ることはなかったかもしれないが、一応の予防線を張っておく必要があった。

 自室で一人になったセリスが、夜間にアスマが王城を抜け出した方法を思い出していた。王城内は衛兵が歩き、侵入者を発見しないようにしているが、その警備の行き届かないところはもちろんある。


 その代表的な場所が屋根の上だった。アスマは屋根の上を伝い、王城内を抜け出し騒ぎになった。竜王祭に際して、アスマの命を狙っていた暗殺ギルドの一人も、屋根から王城内を探る方法を選んでいた。屋根の上というのは幾分死角であるようだと思いながら、セリスは窓から外を窺い、誰もいないことを確認した上で、外に出た。


 そのまま屋根に移動すると、後は室内に面した窓だけ気をつければ、下から見つかることもなさそうだ。そう思ったセリスが移動を開始し、調べるべき場所と判断した用途不明の建物の近くで屋根から降りた。

 その建物はノエルが作るように指示したが、衛兵も何のための建物か把握していない物らしい。その建物の中を調べようと思い、セリスは衛兵の目がない内に、その建物に近づいてみる。


 しかし、建物はしっかりと施錠されており、中を調べることが難しそうだった。

 仕方なく、どこかから中を探れないかと、セリスが窓を探しながら建物の外を回ってみるが、中を見られそうな場所はどこにもない。


 この建物を探ることは難しいかとセリスが考え始めた時、施錠された扉の近くに木箱が二、三個置かれていることに気づいた。それは何かと思ったセリスが木箱に近づき、蓋に触れてみるが、その木箱は蓋にも鍵がつけられており、開けることができない。

 これも無理かと思ったセリスが、一応確認のために他の木箱に目を向けてみるが、それらはどれも鍵をつけられており、中を確認することはできなさそうだった。


 そう思った直後、木箱の一つにつけられた錠前が僅かに動いた。良く見てみると、錠前自体はつけられているのだが、ちゃんと施錠されておらず、鍵をつけている意味がなくなっている。

 これは幸運だと思ったセリスが、その錠前を外し、木箱の蓋を開けてみる。


 すると、中から数本の剣が出てきた。他には特に何も入っておらず、セリスは剣だけが木箱に仕舞われていた理由を不思議に思う。何か大事な剣なのだろうかと思い、良く観察してみるが、一般的な剣との違いは見られない。

 良く分からないが、これは関係なさそうだと思ったセリスが、木箱に剣を仕舞おうとした直前、不意に湧いてきた疑問を確認するように、セリスは再び剣を見た。


「ない…」


 思わず小さく呟き、セリスは確信した。剣はどの部分を見ても、番号が書かれていなかった。それはつまり、この剣が王城の保管する剣ではないということだ。試しに他の剣も確認してみるが、木箱の中に入っている剣には全て番号が書かれていない。


 王城の所有するものではない剣。それが置かれている用途不明の建物。セリスはきな臭さを覚え、自然と眉を顰めていた。


「ここで何をしているのですか?」


 その声が聞こえてきたのは、その時だった。全く気配がなかったことに驚き、咄嗟に立ち上がったセリスに向かって、声をかけてきた人物、が鋭い視線を送ってきていた。


「どうして、ここにいるのですか?それに、それは何をしているのですか?」


 ノエルが手に剣を持ったセリスの姿を見て、不愉快そうに顔を顰める。その表情にセリスは口を噤み、次の行動を考えていた。

 ここでの言動次第では、一瞬で血が流れる展開になる。本能で悟ったセリスが最適な行動を考える。


「答える気がないのですか?」


 そう呟き、ノエルが動き出そうとした直前のことだ。


 パリン、とガラスの割れる音が王城内に響き渡った。その音に気づいたセリスとノエルの視線が、音の聞こえてきた方に目を向ける。その方向は確か、とセリスが考え始めた直後、ノエルが微かに聞こえる程度の声で呟いた。


殿…」


 その一言で音の発生源がソフィアの部屋であることにセリスが気づいた直後、その事実を周囲に伝えるようにノエルが近くの衛兵に叫び、音の方向に走り出していた。

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