拒絶する王女

 眠り続けるソフィアの隣で、リエルやノーラから話を聞き、数分が経った頃だった。ソフィアの部屋に人が訪れ、扉がノックされた。リエルが確認のために出ると、そこには衛兵が立っていたらしく、エンブの用事がもうすぐ済むので、先に移動して欲しい旨がベル達に伝えられた。

 もう少し、エンブ達の用事が長くなると、ベル達は勝手に思っていたが、その時間は思っていたよりも短かったようだ。まだシドラスが戻っていない中、ベルは一瞬、部屋を離れていいものかと考えた。


 しかし、さっきまで話していたリエルやノーラの様子を見る限り、二人がソフィアの命を狙っている可能性は薄いように思えていた。ここでどちらかにソフィアを任せても問題はないはずだ。


 それはアスマも同じ考えだったのか、呼ばれて移動することに渋ることもなく、アスマは軽くソフィアの身体を揺すっていた。目の前にノーラがいたが、流石にそこでアスマが何かをするとも思わなかったようで、その行動を特に咎める様子はない。


「……ん…?」


 ソフィアが半分程度しか開いていない目で、自分の身体を揺すったアスマを見た。


「どうされましたか…?」


 ソフィアの問いにアスマは入口を指差して、エンブに呼ばれたことを伝える。それで自分達は部屋から出ることを伝えると、ソフィアは少し表情を曇らせた。


「多分、大丈夫だ。あの二人は犯人の可能性が低い。シドラスが来るまで、どちらかがいたら問題ない」


 ベルが小声でソフィアにそう伝えるものの、ソフィアの表情は不安そうに曇ったまま変わらない。その表情にベルがどうしようかと悩んでいると、急かすようにリエルが声をかけてきた。


「お二人共、どうされたのですか?行きますよ?」


 どうやら、ベル達にリエルが同行するつもりのようで、入口付近に立ったリエルはベル達に手招きしている。アスマの良いところと言うべきなのか、悪いところと言うべきなのか分からないが、ある程度の会話で相手との距離を縮める才能がアスマにはある。もちろん、アスマが王子と知っている相手は、それなりの対応をしようとするが、リエルのように王子と知らない場合は、異様に距離が近くなる。今の手招きもそれに思えた。


「仮に不安だったら、シドラスの言っていた通り、人目のつきやすいところに移動してくれ。それで何とかなるはずだ」


 流石にリエルを待たせられないと思ったのか、先に歩き出してしまったアスマを見て、ベルが慌ててソフィアにそう伝えた。ソフィアは何かを言おうとしていたが、それを聞く暇もなく、アスマが出ていってしまいそうになったので、ベルは慌ててアスマを追いかける。


 先ほど、エンブと逢った場所にエンブ達は戻ってくるようで、リエルと一緒にベル達はその場所に移動し、少しの時間だけ待つことになった。もちろん、先に呼ばれたくらいなのだから、そこで何分も待つことはなかった。ベル達が到着してから、一分経つかどうかという頃に、従者のテンキを連れたエンブがやってくる。


「やあ、お待たせ」

「そんなに待ってないから大丈夫だよ」


 エンブの言葉にアスマが笑ってかぶりを振る姿を見ながら、ベルは次第に緊張し始めていた。さっきまで暢気にリエルやノーラと談笑していたが、冷静に考えてみると、ここからはギルバートとタリアとしての仕事の時間になる。

 そこでの粗相は二人の名前に泥を塗ることになるので、何としてでも阻止しなければいけない。ベルが気合いを入れ直した直後、アスマが笑顔のまま、エンブに向かって聞く。


「ところで、これから何を見るの?」

「何を?もちろん、武器…剣の品質だよ。他にもあるけど、それが一番分かりやすいだろう?」


 不思議そうに首を傾げるエンブの姿に、早速アスマがやらかしたとベルは思った。慌てて両手を振りながら、二人の間に割って入り、ベルは言い訳の言葉を取り繕う。


「ギルバート様は様々な武器を取り扱っていまして、普段はそれら全てをご確認されるのです!ですので、今日もいつもの調子で、このような質問を!」


 ベルの必死な言い訳に、エンブは懐疑的な目を向けていたが、確認を取るように視線を向けた先でアスマが頷き、納得したように頷いてくれた。


「そうかそうか。それなら、他にもいくつか見てもらおう」


 その一言にベルがもしかしたら、いらないことを言ってしまったかと不安になる。


「武器庫に行こうか。そこなら、剣以外も見れる」


 そう言ってきたエンブを先頭に、ベル達は王城内を歩き出した。何とか誤魔化せたようだが、この様子でこれから大丈夫なのだろうかとベルは不安になる。アスマも少し緊張しているのか、ベルの隣を歩く表情は少し硬い。


 早く終わってほしい。そのベルの願いを即座に否定するように、武器庫に向かう途中、エンブは様々な話をアスマに振り、ベルはフォローするのに精一杯だった。



   ☆   ★   ☆   ★



「ハムレット殿下が国王なら、楽しい国になりそうですし」


 ソフィアの頭の中でノーラの声が再生された。部屋に戻ってきてから、いつのまにか眠っていたことに気づいたソフィアが、目を覚ました直後に聞こえてきた言葉がそれだった。アスマ達が出ていったことで、入口付近に戻ったノーラの姿を見る。


 ハムレットが国王なら、楽しい国になった。それはつまり、ソフィアが女王になったら、つまらない国になるという意味だ。

 命を狙われているくらいなのから、自分が望まれていない可能性くらいは考えていた。本当はハムレットの方が王に相応しいことも、十分に理解していた。


 それでも、その言葉を近くで聞いてしまうと、思っていた以上にソフィアは悲しかった。分かっていたことだと言い聞かせようとしても、暗い気持ちが湧いてきて、目覚めていることを言い出せないまま、寝たふりを続けてしまったくらいだ。


 きっとノーラは今も自分の護衛をすることに不満があるのだろうと思った。ベルは大丈夫と言っていたが、その不満が自分の命を狙う動機になっても不思議ではないとソフィアは思う。

 そのような危険がそこにあることも嫌だったが、自分の護衛を嫌だと思いながらも続けるノーラが可哀相だとソフィアは思ってしまった。


 不意にソフィアが立ち上がり、その動きに入口付近に立っていたノーラが少し驚いた表情をする。ソフィアはそのまま、そのノーラに近づいていった。


「貴女。もう大丈夫です」

「え?はい?何が大丈夫なのでしょうか?」

「護衛です。もう必要ありません」

「いえ、しかし、命令ですので」

「私が大丈夫と言っているのですから、大丈夫なのです。出ていってください」


 王女の命令と与えられた仕事に挟まれ、ノーラは困り切った表情をしていた。そんなに迷わなくても、自分は本当のノーラの気持ちを知っているのだから、さっさと出ていってくれたらいいのに、とソフィアは思い出し、すぐに出ていかないノーラの態度にイライラし始める。


「私はこれが仕事なので…」


 ノーラが再びそう呟いた瞬間だった。そのイライラが膨れ上がったように、ソフィアの声が大きくなってしまった。


「早く!」


 その声にノーラが驚きと共に恐怖を覚えた表情で固まっている。その表情にソフィアは自分が声を荒げてしまったことに気づき、少し落ちつこうと息を吐いた。


「早く出ていってください」


 部屋の外を指差して、強くそう言ったソフィアの姿に、ノーラは言い返すことができなかったようで、言われるまま部屋の外に出ていった。その姿を見送ってから、ソフィアは再びさっきまで座っていたソファーに腰を下ろす。

 そのまま、ソフィアは目の前のテーブルに突っ伏した。


 真面目に仕事をこなしていたノーラを不用意に怯えさせてしまった罪悪感と、強い言葉でしか何も言えない自分の不甲斐なさに、ソフィアはそれまで以上に暗い気持ちになる。


 やはり、自分は女王に相応しくない。きっと王になるのに相応しい人間は、ハムレットやアスマのような人間なのだ。

 そう思ったら、そう思ってしまった自分のことが、ソフィアは更に嫌になった。

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