王女の印象

 ベル達が王女の部屋に戻ってきてから、一分も持たなかった。ベルやアスマとテーブルを挟んでソファーに座り、欠伸を繰り返していたソフィアはすぐにうとうとし始め、気づいた時にはテーブルに突っ伏して寝息を立て始めていた。その様子にベル達が何かしたと思ったのか、慌てた様子でリエルとノーラが近づいてくる。


「ソフィア殿下!?一体、何を…!?」


 ベル達を問い質そうとしたのか、声を荒げかけたリエルに、アスマが慌てて指を唇に当てた。静かにするように伝えるジェスチャーとソフィアの寝息の音に、ただ眠っているだけと気づいたのか、二人はホッとした顔で胸を撫で下ろしている。

 そこまでの様子に何となく、ベルは二人がソフィアの命を狙っている犯人ではないように思えた。


 ソフィアが無事であると分かり、二人が入口付近に戻ろうとした瞬間、それを呼び止めるようにアスマが抑えた声を出す。


「ちょっと待って」


 そのアスマの呼び止めにリエルとノーラが振り返ると、アスマがこっちに来るように手招きをしていた。その動きに戸惑いながら近づいてきたリエルとノーラに、アスマは自分達と同じテーブルにつくように勧めている。


 だが、リエルとノーラは恐縮した態度で、それを断っていた。二人は仕事中である上に、テーブルには自国の王女と他国の貴族が座っている状態だ。そこに座ることは普通できないと、普通ではないエアリエル王国の面々を思い出しながら、ベルは思った。

 そこまで気づいてない様子のアスマは、ソフィアの隣に座ることが恐れ多くてできないと思っている、と思ったのか、ベルと一緒にソフィアの隣に移動して、自分達が座っていた場所を手で示し始める。


「はい、どうぞ」

「いえ、その…まだ仕事があるので…」

「部屋から出ないから大丈夫だよ。少し話を聞くだけだから」


 アスマのしつこい誘いに困り切った様子で、リエルとノーラは顔を見合っていた。悪質な王子に捕まったな、とベルが心の中で同情していると、断り切れないと思ったのか、渋々と言った様子で二人がベル達の前に腰を下ろす。その姿にアスマは満足したように笑みを浮かべていた。


「それで何でしょうか?」


 座るように促してまで話を聞きたいとは何事かと二人は思ったようだが、それはベルも同感だった。こういう時にアスマは何を言い出すか分からない。そう思っていると、アスマは二人に問いかけた。


「二人から見たソフィア…殿下はどんな人なの?」

「どんな人…ですか?」

「そう。どういう印象なのかなって思って」


 やはり、突拍子もないことを聞き出したとベルは思った。聞かれた二人は困ったように顔を見合わせている。


「その…凄く真面目な方だと思います」

「真面目?」

「はい。次期女王になられるために、日々様々な努力を怠らない姿はとても素敵だと思います」


 マリアから話を聞いた時もそうだが、ソフィアの基本的な印象はソフィアに近しい人物と、そうではない人物で大きく違っているように思えた。特にベル達は不真面目な姿をエアリエル王国で見てしまったので、真面目とは頑張っても思えない。


「ただ、ちょっと取っつきにくいというか、近寄りがたい方だとも思いますね」


 リエルが言いづらそうに口に出した言葉に、ノーラは頻りに頷いていた。他人と距離を取るようになったことはマリアも言っていたことだ。それは他の人も同じ印象だったのかとベルは思う。


 しかし、それは王族であれば当たり前のことではないのかとも思えた。アスマに付き合っていると忘れそうになるが、普通は王族の人間が王都の街中にあるカフェに行くことも、そこにメイド一人だけを同行させることも、そのメイドに荒々しく扱われることも、全てないことだ。


「それは王族だからでは?」


 そう思ったベルがそう口に出してみたのだが、迷ったような表情をするリエルの隣で、ノーラがすぐにかぶりを振った。


「お身体があまりよろしくないので、長くお話ししたことはないですが、ハムレット殿下はもう少し親しみやすいというか、距離が近しい感じなのです」

「ソフィア殿下には誰も寄せつけない雰囲気が出ている気がしますね」


 言ってしまってから、言ってしまったと少し後悔した表情を見せる二人に、アスマは残酷にも思える質問をし始めた。


「なら、そのハムレット…殿下が国王になる方がいいと思ってる?」

「なっ、お…」


 いつもの態度でアスマを止めかけたベルは咄嗟に口を噤んだ。あくまでギルバートとタリアであり、その言葉遣いはいけないと思いつつも、アスマの質問の残酷さにベルは止めたかったが、それよりも先にリエルとノーラが答えてきた。


「そういう気持ちはないです」

「近寄りがたい雰囲気はありますが、親しみやすさと権力者の素質は別物だと思います。殿下がどれだけの努力をされているのか知っているので、その素質について疑いを持ったことはありません」


 話の流れから嫌な返答が来ないかと心配したベルだったが、そのしっかりとした信頼の言葉に、どこかホッとしていた。アスマもその返答に満足したように笑みを浮かべている。


「ただ、ハムレット殿下には国王になってもらいたくないという意味ではないですよ?」


 フォローを入れるように言ったリエルに、ノーラも笑って頷いた。


「それはそうですね。ハムレット殿下が国王なら、楽しい国になりそうですし」


 楽しそうに笑う二人を見ながら、ベルはソフィアがちゃんと慕われていることに、少しだけ安堵する気持ちがあった。王国に来てから、ソフィアが命を狙われている姿しか見ていない。敵ばかりかもしれないと思っていたが、そういうことでもないと思えると、ソフィアの命を狙っている犯人を探すことにも、少し希望が抱けてくる。犯人を探したら、国の重要な役職に就く人間全てが敵だったという結末にはならなさそうだ。


 そう思いながら、ベルがソフィアを見た瞬間、僅かにソフィアの身体が震えた気がした。一瞬、起きたのかと思ったが、動き出さないところを見ると、無理な体勢で眠っている時に起きる身体の震えだろう。ちゃんと眠った方がいいのではないかとベルは思ったが、テーブルからベッドが少し遠いことに気づき、それも難しそうだと思った。



   ☆   ★   ☆   ★



 監視を任せる衛兵は懐柔されることを怖れてか、日々交代されるようだった。王城内を移動すると言ったセリスについた衛兵は、エマというセリスと年の近い女性だった。その人物を連れながら、セリスはノエルの姿を探していた。ユリウスの殺害事件に関して、何らかの捜査を進めているはずだが、セリスはノエルに対して一定の疑いを持っている。最低でも隠しごとをしているノエルの隠しごとを暴かなければ、自分達にとって不利な状況が出来上がるかもしれない。


 そう思いながら、王城内を探し続け、次第に目的の見えない移動にエマが疑いを持ち始めた様子だった。そろそろ、行動を制限されるかもしれないとセリスが思い始めたところで、ノエルの姿をようやく発見した。

 ノエルは年の近い男と何かを話している様子で、王城の敷地の一角に建てられた建物に入っていく。全体的な形状は物置小屋をイメージさせるが、その大きさは小屋と呼ぶには大き過ぎるくらいだ。


「今、騎士団長と一緒にいた方は?」


 セリスが隣に立つエマに聞くと、建物に入っていく人物を同じように見ていたエマが、少し考えてから答えてくれた。


「まあ、これくらいなら問題ないでしょう。あの方はマーズの貴族の当主のエンブ卿です」

「マーズの貴族?」


 セリスはアスマやベルがギルバートと名乗ったことで接触した貴族のことを思い出した。あの話から考えるに、マーズの貴族は武器の流通に関わっている貴族のはずだ。その人物とノエルがどうして逢っているのだろうかと思ってから、その二人の入った建物のことが気になった。


「あの建物は?」


 セリスがエマに聞くと、エマはかぶりを振った。この情報は教えてくれないのかと思った瞬間、エマが難しい顔で口を開く。


「あれは私達も教えられていない建物なのです」

「教えられていない?何の用途のための建物か、中に何があるのか分からないということですか?」

「はい。ただ少し前に騎士団長が命じて作らせたことだけは聞いたことがあります」

「騎士団長が?」


 衛兵に知らされていない建物。それを作るように指示したノエル。そのノエルと一緒に建物に入っていったエンブの存在。セリスはそれらの情報から、その建物に何かしらの謎があると考えた。


 もしかしたら、それがノエルの隠していることに繋がるのかもしれないと思い、その建物に近づきたいと考えるが、エマを連れている状況で近づくことは難しい。


 何とか、あの建物を調べたい。そう思いながらも、セリスは一度、その場所から離れるように歩き出すことにした。

 まずは監視の目から逃れる方法を考えないといけない。そう考えた直後、不意にセリスはアスマのことを思い出した。



   ☆   ★   ☆   ★



 ウーパと一緒に王城内を歩きながら、シドラスはガイウスの姿を探していた。昨日はセリスに呼ばれ、ユリウスを殺害した犯人を探すように指示されたはずだ。そのために動いているとなると、その部屋の周辺にまずはいそうだと思ったが、そこでは見当たらず、どこにいるのかと疑問に思うシドラスに、ウーパが聞いてくる。


「エアリエル王国の騎士様は何をお探しで?」

「いえ、ただガイウスさんを探しているだけなのですが」

「ガイウス様ですか?それでしたら、直接お部屋に行かれては?」

「しかし、私は部屋の位置を知らないので」


 シドラスがそう言うと、ウーパは少し迷ってから、自分についてくるように言ってきた。部屋の場所を教えてくれるのかとシドラスは思ったが、そういうことではないようで、ウーパがガイウスを呼びに行ってくれるらしい。


 そのために少しの間、待つように言われ、ウーパが近くの談話室に案内してくれたところで、その部屋の中にガイウスの姿を発見した。


「あ、ちょうどいましたね」


 そう呟いたウーパが部屋に入ろうとした瞬間、シドラスはガイウスが何かを読んでいることに気づいた。反射的にウーパの動きを止めて、ガイウスが何を読んでいるのか探ろうとする。

 具体的に中身までは見えないが、物自体は手紙のように見えると思った直後、以前にも同じ場面を目撃したことを思い出した。


 まさか、あの手紙に何かあるのかとシドラスが考えていると、自分を止めたことに驚いたウーパが不思議そうに聞いてくる。


「どうかしましたか?」

「いえ、入りましょうか」


 ウーパと一緒にシドラスが談話室に入っていくと、ガイウスが読んでいた手紙をさっとまとめて、懐に隠していた。その動きの素早さに、シドラスはやはりそこに何かがあると確信する。


「ここに何を?」


 振り返ったガイウスがシドラスの姿に険しい顔をした。その表情を見ながら、シドラスはどのように探ろうかと思考を巡らせていた。

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