第二の犠牲者(3)
マーズの貴族の当主であるエンブの突然の来訪。その一報を聞きつけたベルとアスマは、すぐさまソフィアの部屋を飛び出し、エンブがいるらしい正門付近に駆けつけた。シドラスとソフィアもそれについて部屋を出たことで、護衛や監視を担当していたリエルとノーラも一緒に正門付近までやってくる。
その人数の多さもあってか、到着したベル達を見たエンブが少し驚いた顔をした。隣には従者のテンキが立っている。
「まさか、これだけの人数で出迎えてくれるとは」
笑いながら言ってきたエンブが、集まった人の中にソフィアを見つけ、その前に移動する。そこで仰々しく頭を下げた。
「これはこれは、ソフィア殿下。ご無沙汰しております。ご無事で安心しました」
「ありがとうございます、エンブ卿」
さっきまで欠伸をしていたとは思えない取り繕い方で、ソフィアがエンブに頭を下げた。その変化を普段のベルなら苦笑の一つでも浮かべながら見ていたが、今はそれ以上に大事なことがあった。
それを先にアスマが口に出した。
「どうして、ここに?」
頭を上げたエンブが質問してきたアスマに目を向けてくる。その目はどこか冷ややかで、ベルは昨日のことを自然と思い出していた。
「いろいろと話したが、やはり実物を見せるのが一番かと思ってね。ギルバート卿が滞在されているこの城は、その場所として、ちょうど良い」
アスマにそう答えながら、エンブの視線がちらりと動いた先に、リエルとノーラが立っていた。二人は任せられた仕事から、腰元に剣を携えている。エンブの視線はその剣を取り扱っているのが自分であることを婉曲に伝えるものだと思ったが、アスマに伝わるはずもなかった。
「へえ~、そうなんだ」
いつもの調子で呟くアスマに、ベルはもう少しで脇腹を殴りそうだった。ここではあくまでギルバートとタリアなので、そういう行動の一つ一つも許されないと思い直し、何とか拳は押さえたが、アスマの暢気さは目に余る。
「ただし、その前に一つだけ用事が。それを済ませてからでもいいだろうか?」
仕事の用件なら後日に改めて、とベルは言い出したかったが、その言葉の怪しさは考えるまでもなく分かっている。断る理由もないので、ベルもアスマもエンブの言葉に頷くことしかできなかった。
「では。殿下も、また改めてご挨拶させていただきます」
最後にソフィアに軽く頭を下げてから、エンブとテンキはその場から去っていく。その姿を見送り、ベルは動悸の激しさに胸を押さえた。その姿を見ていたアスマが心配した様子で声をかけてくる。
「どうしたの?大丈夫?」
「いや、もしかしたら、死ぬかも…」
「え!?本当に!?」
思いの外、アスマが本気で驚いたことにベルも本気で驚いた。この程度で死ねるのなら、ベルは苦労していない。剣を心臓に突き立てても死ねないから、ベルは困っているのだ。
「冗談はこれくらいにして」
「な、何だぁ…冗談かぁ…」
本気でホッとした様子のアスマに、ベルは全力で突っ込みたかったが、リエルとノーラのいる状況で下手のことも言えないので、グッと我慢した。
「お部屋に戻りましょうか。少し時間があるので、その間はご一緒しますよ」
先ほどのソフィアのことを言えないと思いながら、ベルはタリアとしてソフィアにそう声をかけた。ベルからの思いも寄らない発言に、ソフィアは一瞬、驚いた顔をしていたが、すぐにリエルとノーラがいることを思い出したようだ。簡潔に「分かりました」とだけ返答し、戻ることになったが、そこでシドラスが遮ってきた。
「それでは、私はここで失礼します」
「え?戻らないの?」
アスマの問いにシドラスは頷き、リエルとノーラに背を向けながら、小声で用件を伝えてくる。
「私はガイウスという騎士を調べるために動きます。殿下達とご一緒の間は王女殿下もご無事だと思うのですが、その後は危険かもしれないので、それまでには戻ります」
「分かったわ」
「ただもしも、私が間に合わなかった場合、できるだけ人目のつきやすい場所に移動してください。そうすることで襲われる可能性が少なくなるはずです」
ソフィアはシドラスの言葉に軽く頷き、その姿を確認してから、シドラスは背後に立つリエルとノーラを見た。自分は部屋に戻らないことを告げると、二人は困ったように顔を見合わせている。二人の仕事はベル達の監視であり、ソフィアの護衛だ。ベル達がエンブに呼ばれると分かっている以上、そちらに一人はつかないといけないので、ソフィアとシドラスが別にいる状況は困るはずだ。
「少しお待ちください」
そう言って、リエルが足早に去っていき、一人の男の衛兵を連れて戻ってきた。ヴィンセントほどではないが、それなりに年を取った衛兵で、ウーパという名前らしい。そのウーパがシドラスの監視につくことで話がまとまったようで、シドラスはウーパと共にその場を去っていく。
それを見送ってから、ベル達はソフィアの部屋に戻ることになったのだが、ソフィアも王女としての威厳があるのだろう。その途中、リエルとノーラに見られないように、ソフィアは何度も欠伸を我慢しているようだった。
☆ ★ ☆ ★
魔術道具街の一角。魔術道具屋が並ぶ通りの途中に、問題の路地はあった。少し奥まで入った場所には、未だに血痕が残っている。
それを眺めながら、エルは再び悔しさに襲われていた。こんなところでケロンが一人で死ななければいけなかった理由が分からない。
何としてでも犯人を見つけてやる。そう改めて決意したエルは、取り敢えず、目撃者を探すことから始めようと考えた。自分が殺されるという場面で黙る人はいない。ケロンもそうだったはずだ。叫び声の一つでも聞き、目撃した人はいないかと思い、エルは探し始めた。
しかし、結論から言うと、目撃者は現れなかった。そこで気づいたのだが、ワイズマンはケロンを探した結果、発見していた。それはつまり、ケロンが殺害された時には気づかなかったということだ。ワイズマンの知り合いの店と、犯行現場となった路地は近い。仮にケロンが叫んだのなら、ワイズマンはその叫び声を聞いていたはずで、それがなかったということは、ケロンは叫ばなかったということだ。
エルはケロンの遺体の様子を思い出した。そこに残された傷口は剣か何かで斬られたと思われるものだったが、その傷口はとても綺麗だった。あれは迷いなく、ケロンが斬られたことを意味し、そのためにケロンは叫ぶ暇もなかったのかとエルは思った。
自分が殺されたことに気づく前にケロンは死んだかもしれない。そう思ったら、エルは更に悲しくなった。
目撃者がいないとなると、犯人の特定は途端に難しくなる。ケロンの写真を順番に見せて回って、その反応から犯人を探してもいいが、それは途方もない時間がかかり、その間に犯人がいなくなっている可能性も考えられる。今すぐに犯人を見つけ出さないといけないと思ってみたが、エルにはそのための手段が考えられない。
目撃者探しを中断し、再び現場に戻ってきたエルが、その事実に頭を抱えていた。ケロンを殺害した犯人を見つけ出すと決意したにも拘らず、自分はそのための手段すら思いつかないと落ち込んでいた。
「ああ、いた!」
そこで不意に声をかけられ、エルが顔を上げると、そこには目撃者を聞く過程で回った近くの魔術道具屋の店主が立っていた。
「どうかしたのですか?」
エルが悩んだままの表情で聞くと、その店主は大きく頷いた。
「ここで子供が殺される現場は目撃しなかったんだが、一つ変わったものを見たことを思い出したんだ」
「変わったもの?」
その一言にエルが表情から悩みを消し、前のめりになった。ケロンの犯人に関係するかどうか分からなくても、犯人を探す手掛かりになる情報なら、何でも欲しかった。
「この場所の方向から、剣を持った奴が歩いていく姿を見たんだ」
「剣を持った人物?それは男ですか?女ですか?」
「いや、悪いが顔は見えなかったから分からない」
もしかしたら、犯人かもしれないと一瞬、エルは思ったが、顔は見ていないという話に、すぐさま落胆した。それでは手掛かりとしては薄いと思った直後、今の話のどこにも変わった部分がないことに気づく。
「それが変わったものですか?」
「いや、変わってるのは、そいつが持っていた剣だよ」
「剣?特殊な剣ってことですか?」
「別に形とかは普通の剣なんだけど、問題はそこに書かれた数字だよ。あの数字は見たことあるから知っているんだ」
剣に数字と聞き、エルはまさかと考えた。その思考を読んだように店主が言ってくる。
「あれは衛兵とか騎士様が持ってる剣だよ」
現場付近で目撃された剣を所持した人物。その人物の持っている剣は王国が保管しているナンバー入りの剣。それはつまり、その人物が衛兵か騎士であることを示している。
まさか、ケロンを殺害した人物は衛兵か騎士にいるのか。その考えにエルはしばらく言葉を失っていた。
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