殺された貴族
部屋の外に騒がしさを感じ始めた時には、シドラスは起床していた。騒がしさの原因が分からなかったが、只事ではないと雰囲気で察し、シドラスは部屋の中で体勢を整える。武器の返却は未だにないが、何かが起きた際にはアスマを守らないといけない。
そのために固唾を呑んだ直後、どんどん増していく騒がしさに流石のアスマも目を覚ましたようだ。ベッドの上で起き上がり、半分しか開いていない瞳でシドラスを見てきた。
「どうしたの…?何があったの…?」
「分かりません。殿下は危険かもしれませんので、そこから動かないでください」
シドラスがアスマを制止しながら、外の様子を窺うために扉に近づいた。騒がしさの中心はシドラス達に与えられた部屋から少し遠いようだが、焦った様子のメイドや衛兵の声はいくつも聞こえてくる。ただ何が起きているかは、その声の遠さから一向に分からない。
何が起きているのか調べたいが、アスマを放置して部屋から出るわけにもいかない。どうしたらいいのかと困っていると、シドラスの見ている騒がしさの中心の反対方向から歩いてくる人の気配に気づいた。振り返ると、そこにはセリスとベルが立っている。
「セリスさん?どうしてここに?」
本来なら、今頃は王女の部屋にいるはずなのだが、ベルと一緒に元々与えられた部屋の方向から歩いてきたことにシドラスが驚くと、セリスとベルが真剣な表情で説明し始めた。
「重大な問題が起きたから、王女殿下と交代した。向こうは非常事態だから問題ないと思う」
「非常事態?何が起きたか分かっているのですか?」
「どうやら、王城内で殺人事件が発生したらしい」
「殺人事件…!?」
驚いたシドラスの声を聞きつけ、部屋の中にいるように言ったはずのアスマが顔を出した。それを咎めるよりも、セリスの放った一言の衝撃の強さから、その内容を知りたい気持ちが勝ってしまい、シドラスはアスマを部屋の中に戻しながら、二人を部屋の中に招き入れる。
「誰が殺害されたのですか?」
部屋の中に入り、シドラスの用意した椅子にセリスが座り、アスマのベッドにアスマと一緒にベルが座った直後、シドラスはそう聞いていた。その問いにセリスは真剣な表情を崩すことなく答えてくれる。
「ユリウス卿だ」
想定外の名前にシドラスは言葉を失い、アスマも驚きからぽかんと口を開けて固まっていた。セリスはそのまま、具体的にユリウスが殺害された状況や、発見された経緯の説明を始めてくれる。
ユリウスは王城内の一角にある十二貴族の人間、特に当主に貸し与えられる部屋に宿泊していたそうだ。その部屋は位置にすると王女の部屋の近くにあるらしく、他にも昨日遭遇したロップスとかが泊まっているらしい。ユリウスの泊まった部屋は、普段から王城に宿泊する機会の多いユリウスの専用の部屋のようになっていたそうで、ユリウスが王城を訪れた段階で、部屋の中は寝泊まりできるように整えられていたらしい。
その部屋に早朝、リリィの頼みでユリウスを起こすために一人のメイドが訪れた。メイドは規定通りにノックをして、ユリウスからの返答を待ったが、ユリウスは未だに起きていないのか返答がない。そこで渡されていた部屋の鍵を使おうとしたところ、部屋に鍵がかかっていないことに気づき、違和感を覚えたらしい。ユリウスに声をかけながら部屋の中に入り、ユリウスが眠っているはずのベッドに近づこうとした時、その手前で倒れ込んだユリウスの姿を発見した。
死因は刺殺だった。テーブルの上に置かれていたはずの果物ナイフが、ユリウスの背中には突き刺さっていた。メイドはその姿に動転しながら、慌てて部屋を飛び出し、近くの衛兵に声をかけたことで、騒ぎがどんどんと広がっていったらしい。
セリスはその騒がしさをすぐに聞きつけ、ソフィアの安否を確認される可能性があると思い、エルに連絡し、早々に部屋を変わってもらったそうだ。この騒がしさから考えるに、その判断は正解だっただろう。
「だけど、何でユリウスが?」
不思議そうに呟いたアスマの言葉を聞きながら、シドラスも同じことを考えていた。
「単純な理由で考えるなら、怨恨でしょうね。貴族としての付き合いの中で恨みを買った可能性があります」
「だが、気になるのは犯行に使われた凶器だ。部屋の中にあった果物ナイフで刺したところを見るに、犯行は計画されたものではなく、衝動的に行われた可能性が高い。そうなると、恨みを持っていた人物が殺害したというよりも、部屋で何かが起きたと考える方がいいだろうな」
セリスの指摘は尤もだった。恨みを持っているのなら、事前に凶器を用意してから犯行に及ぶはずだ。それがなかったことを考えると、本来は殺害するつもりがなかったのかもしれない。
「ソフィアを狙っていた人物が関わることはないのか?」
ベルの不意の質問にシドラスは顔を上げた。
「それは…否定し切れませんね」
「その場合は大きく分けて二つの可能性が考えられますね」
「二つ?」
セリスの返答にベルが不思議そうに首を傾げる。
「王女殿下の命を狙っている人物の正体を知ったユリウス卿が口封じに殺害された可能性と、王女殿下の命を狙っている人物に加担していたが、何らかの理由で仲違いし殺害された。この二つの可能性があります」
「ハムレット殿下と近しいのでしたら、後者の可能性は十分にありますね。特にロップス卿とは仲が悪そうでしたから、そこで意見の相違があり、殺害された可能性は十分に考えられます」
「ですが、どれも可能性ですね。この殺人事件が王女殿下の命を狙っている人物と関わっている可能性が高いわけではないので、そこを深く考える必要はないと思います」
考えが膨らみそうになったシドラスを抑えるように、セリスはベルにその言葉を向けていた。そのことに気づいたシドラスは自分の考えが固定化されていたことに恥ずかしさを覚える。
「でも、大変だよね?その犯人が王城の中にいるかもしれないんだよね?」
「部屋の中に入った事実を考えると、その可能性が高いですね。その辺りを調べるのは、私達の役目ではないので、何とも言えませんが…」
シドラスが答えた直後、部屋の扉が唐突にノックされた。その音にシドラスとセリスは反射的に警戒し、シドラスが来訪者を確認するために、ゆっくりと扉を開ける。
そこにはノエルが立っていた。後ろには衛兵を連れている。
「少しよろしいでしょうか?」
ノエルの問いにシドラスが迷い、部屋の中に目を向けると、目が合った瞬間にセリスが頷いた。シドラスは扉を大きく開き、中にノエルを招き入れる。
「全員お揃いのようで。ちょうど良かったです」
そう言いながら、ノエルは入口近くに立っていた。シドラスがどうしようかと思っていると、後ろについていた衛兵に、ノエルの前に移動するように促される。その際の所作から、シドラスは自分達を部屋の外に出したくないのかと気づいた。
「実は昨晩、王城内で殺人事件が起きてしまいました。犯人は不明。現在捜査中です」
「そのようですね。騒がしい衛兵の声が聞こえてきました」
「朝からお騒がせして申し訳ありません。それで本来の予定では、手続きを本日済ませ、お預かりしていた剣を返却し、エアリエル王国に帰還していただく準備を進めようと思っていたのですが、皆さんにはしばらく、王城の外に出ないようにしていただきたいのです」
表情自体は穏やかだが、鋭く変化したノエルの視線に、その意図はすぐに分かった。要するにノエルはシドラス達が犯人である可能性を疑っているのだ。逃げられると困るから、王城から出るなと言っているらしい。
「すみません!」
ノエルが了承を求めるよりも先にベルが手を上げていた。何を言い出すのかとシドラスは一瞬ハラハラしたが、ベルは非常に落ちついた口調で言葉を続ける。
「昨日、ソフィア殿下のお力をお借りして、マーズの貴族の方々とお逢いする約束をしたのですが、それはどうすれば良いのでしょうか?」
「マーズの貴族と?ソフィア殿下のお名前を?」
「はい」
ベルの質問にノエルはしばらく考え込むように俯いてから、不意に背後を振り返った。そこに立っている衛兵の一人を見て、小さく頷き、頷かれた衛兵は理解したように頷き返している。
「ソフィア殿下のお名前がある以上、約束を反故にすることはできません。この衛兵を同行させることで、一時的に外出を許可します」
ノエルに紹介された衛兵が軽く頭を下げる。アスマとベルがそれに答えるように会釈をし、話し合いはまとまったようだ。
取り敢えず、シドラスとセリスの行動はこれで制限されるとシドラスが考えていると、ノエルがセリスに目を向け、声をかけてくる。
「それから、先ほども申し上げたように、書類の準備ができましたので、手続きの方をお願いします」
「分かりました」
そう答えたセリスがノエルと一緒に部屋を出ていく。アスマとベルは紹介された衛兵と一緒に、マーズの貴族の住む屋敷に向かう前に食事を済ませると言って、部屋を出ていってしまったので、シドラスは一人で部屋に残されることになる。
それなら、自分はユリウスが殺害された現場を確認しながら、ソフィアの様子を見に行こうかと思い、部屋を後にして、十二貴族の住む部屋の方に行くことにした。
しかし、ユリウスの殺害現場は流石に近づくことができなかった。部屋の周囲には衛兵が立ち、シドラスが一定距離に近づくと、それ以上近づかないように制止された。衛兵の中には泣き崩れた様子のリリィがいて、ボウセンという騎士が慰めるように声をかけているところだ。この場で下手に茶化すような印象を与えてはいけないと思い、シドラスがその場を離れて、ソフィアの部屋に向かおうとする。
その直前、シドラスの前に一人の人物が立ち止まった。その人物の顔を見たシドラスが、咄嗟に表情に現れかけた動揺を無理矢理に消す。
「おはようございます」
シドラスの予想に反して、丁寧な挨拶を口に出したその人物はガイウスだった。
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