それぞれの捜査(5)

 満面の笑みを浮かべるアスマを先頭に、ベルとシドラスは客人用の食堂に移動している最中だった。翌日の予定も決まり、その準備をエルがしてくれるそうなので、今日の予定がなくなったベル達は早速、夕食を済ませようと思ったのだ。ソフィアはベルとセリスの部屋に残り、その護衛をセリスが担っている。


 その現時点での順調さとは裏腹にベルの表情は暗く、シドラスは深刻に考え込んでいた。ソフィアの命を狙っている犯人は疑いばかりで特定に至らず、その疑いから進展させるために調べる方法も確立されていない。シドラスはそのことで頭が一杯で仕方ないと思うのだが、ベルの暗い表情の理由はそれとは違った。


「明日は王城を出るのか~」


 いかにも楽しみという口調で呟いたアスマに、ベルの中で苛立ちが募った。ベルの暗い表情の理由はそこにあるというのに、アスマは一切気づいていない。


「言っておくが、観光じゃないんだからな?ギルバート卿の仕事を代行するんだぞ?」

「分かってる、分かってるって」

「本当に分かってるのか?場合によってはギルバート卿とタリアの前で、私は首を切らないといけないかもしれないと思っているのに…」

「ちょっと本当にやりそうだから、そういうこと言うのやめてよ」

「それくらい深刻なんだ!」

「そんなに心配しなくても…俺を信用してよ」

「お前だから信用できないんだが?」


 自信満々に言ってのけるアスマにベルは冷めた視線を送ることしかできなかった。その自信がどこから来るのか分からないが、少なくとも、ベルの頭の中では良い結果に終わる未来が見えていない。何も起きないことを必死に望んでいるが、絶対に何かが起きると自信を持って思えてしまうことが、ベルの頭痛の種になった。


「取り敢えず、明日は下手な行動をするなよ。ギルバート卿であることを忘れるな」

「任せてよ。王子として身につけた振る舞いを披露するから」

「その片鱗も見たことはないのだが、期待するしかないから期待してやる」


 不安を無理矢理に噛み殺して、納得することに決めたベルが、無理矢理に暗い表情を明るく変えた瞬間、三人の後ろから声が聞こえてきた。


「あらら、これはこれは」


 その声に聞き覚えがあり、この声は確かと思いながら、立ち止まったベル達が振り返ると、そこにユリウスとリリィが立っていた。ユリウスは大袈裟に驚いた顔をして、アスマ達を見ている。


「これはエアリエル王国のギルバート卿ではありませんか?」

「ああ、こんにちは」


 想像以上に気楽に挨拶したアスマに、ベルは注意の意味を込めて、ユリウスに気づかれないようにアスマの足を蹴った。軽く蹴られたことにアスマは驚き、きょとんとした顔でベルを見てきたが、ベルはユリウスに対する笑みを浮かべて、完全にアスマの視線を無視した。


「ここで何を?」

「これから、夕食にしようとしているところなのです」


 アスマの対応が不安なベルと、不安に思われる対応しかできなさそうなアスマに気を遣ったのか、さっきまで考え込んでいるばかりだったシドラスが代わりに返答した。その答えにユリウスは納得したように、何度も小さく頷いている。


「それなら、私達もご一緒してもよろしいかな?」

「夕食にですか?」

「ダメだろうか?」

「いいよ」


 ユリウスに対する警戒心が多少はあるため、ベルとシドラスはどう反応しようかと目を合わせたが、アスマはその二人の考えも一切考慮することなく、一瞬でそのように返答していた。その返答の速さにベルとシドラスが驚いた時には、ユリウスから礼を言われてしまい、取り消すことができなくなる。


 仕方なく、ベル達はユリウスとリリィを加えて、四人でそのまま客人用の食堂に移動することになった。その間にユリウスが軽い質問をアスマに投げかけようとしてきたが、アスマに返答させるとロクなことが起きない。何とか誤魔化さないといけないと思い、ベルとシドラスがアスマの代わりに返答していたら、食堂に到着する頃には二人共、疲弊し切っていた。これはもしかしたら、食事が喉を通らないかもしれないと思うほどの疲労感だ。


 その疲労感を抱えたまま、ベル達はユリウス、リリィと一緒にテーブルにつき、食事が始まったのだが、そこからもユリウスの質問は続いていた。


「ギルバート卿はソフィアとどこであったのかな?」

「えっとね…王じょ…」

「王都の街中ですよね!?」


 王城の中と怪しいことを言いそうになったアスマに、ベルは勢い良く割り込んで誤魔化した。王城にソフィアが出入りしていたとなると、その理由まで求められることになる。そこまで作り込めないと思ったベルの無理矢理の阻止だったのだが、シドラスも同じことを思っていたのか、こっそりと親指を立てて、ベルに見せてきていた。


「ソフィアはギルバート卿を慕っているのか、良く出入りしているようだが、何をお話しで?」

「えーと…」


 流石のアスマも、ソフィアの命を狙っている人物について考えているとは言えなかったようで、さっきまでの返答の速さとは裏腹に、急に口を濁らせていた。そのアスマにユリウスの視線が鋭く刺さり、アスマ以上にシドラスが焦った表情をする。


「私と!私とお話しすることが多くて、ギルバート様はそこまで多く話していないのです!」


 咄嗟にベルが助け舟を出すと、さっきまで饒舌だったアスマが一言も発さずに、頻りに首を縦に振り始めた。その動きが怪しいと思ったベルが、鋭い視線をアスマに送りそうになるが、ユリウスのいる前だと思い出し、ベルは寸前で思い止まった。


「ちょっとお兄様。あまり質問をしては悪いですよ?」

「ああ、いやいや、ちょっと気になったからね。ソフィアとあまりに仲が良く見えたから」


 そう言いながら、ユリウスがアスマに向けた視線に気づき、ベルとシドラスは自然と目を合わせていた。これはアスマ達がソフィアについて、どれくらい知っているのか探っているのか、ソフィアの近くにいることを婉曲に指摘して、行動を牽制しようとしているのか分からないが、視線や言動は少しアスマに対する敵意が見えた。


「質問が多くて申し訳ない」

「いや、大丈夫だよ」


 アスマは無邪気に答えていたが、ベルとシドラスはユリウスがそこから何を聞いてくるのか気が気ではなかった。そこからの食事の味をベルとシドラスはほとんど覚えていない。



   ☆   ★   ☆   ★



 異常に疲弊したベルとシドラスが戻ってきたこともあり、ソフィアの護衛を担当していたセリスは夕食を済ませてから、ソフィアの自室にこっそりと移動していた。できるだけ衛兵を含んだ人通りの少ないルートを選んでの移動だったのだが、その途中でセリスは人とすれ違うことになった。


 それがノエルだった。


「おや、ここでどうされたのですか?」

「少し眠れなかったので、夜風に当たっている最中です」


 前方から歩いてきたノエルに聞かれた瞬間、セリスは反射でそう答えていた。理由としては弱い理由だが、疑わしい点はないので質問を返されることもないはずだ。そう思っていたら、ノエルは納得したように頷いてくれた。


「書類の準備はどうですか?」


 夜風に当たっていると言った手前、急いでいると怪しまれると思ったセリスが、話題の切り口としてそう口に出した。その問いにノエルは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「手間取ってしまって申し訳ありません。明日には用意できると思います」

「ああ、そうですか。それは良かったです」


 笑顔でそう答えながらも、内心はその早さに少しだけ焦りを覚えていた。まだソフィアを襲撃した人物について何も分かっていない。その状態でエアリエル王国に帰ることになっても良いのかと考えると、セリスは何とも言えない。


 しかし、書類の準備が整い、手続きが済んでしまえば、この国に残る理由がなくなる。それまでに糸口くらいは見つけないといけないと考えながら、セリスは今いる場所のことを思い出した。そこはセリスが人に見つからないように選びながら歩いている人通りの少ない場所だ。そこをノエルが移動していた理由が分からなかった。


「騎士団長殿はここで何を?」

「ああ、私は…」


 そう呟いてから、ノエルは何かを考えるように言葉を止め、それから小さな笑みを浮かべた。


「仕事の後に夜風に当たるのが日課なのです」

「ああ、そうなのですか」


 セリスは笑顔で返答しながら、その言葉が嘘であるとすぐに分かり、同時に自分の言葉が嘘であると理解されていることを悟った。セリスと一緒に笑みを浮かべたノエルの笑い声も重なり、夜は明るく更けていく。


 その一方で、内面的な不穏さは膨らむばかりで、翌日、それがついに爆発することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る