それぞれの捜査(4)

 しばらく見失ったノエルを探していたセリスだが、構造の把握できていない他国の王城で、見失った人物を探すことは無謀だった。このままだと道に迷うと判断し、セリスはノエルの捜索を諦め、一度自室に戻ることにした。シドラス達と合流し、情報の共有を図りたいとセリスは考える。


 その道中に当たる廊下で、セリスは前方から見覚えのある人物が歩いてくることに気づいた。名前は何だったかと思い出そうとして、シドラスから聞いた話に思い至る。


 ガイウス。ハムレットの護衛を担当する騎士の一人だ。そう思った直後、ガイウスがセリスに気づいたようだった。


「貴女はエアリエル王国の…?ここで何を?」

「手続きの進捗のほどを騎士団長殿にお聞きしようとしたのですが、慣れないためか道に迷いそうになってしまいまして、一度自室に戻ろうとしている最中です」


 事実を事実として伝えることは不可能だったが、大きな嘘を吐くこともなく、セリスはガイウスに説明した。本当とは言い切れない内容だが、大きな嘘は一つも含まれていない。ガイウスも疑いを持たなかったようで、納得したように頷いていた。


「では」

「あ、その前に一ついいですか?」


 セリスが自室に戻るために歩き出そうとした瞬間、ガイウスが思い出したように声をかけてきた。突然、何かと不思議に思いながら、セリスは振り返ってガイウスを見る。


「あのギルバートという貴族ですが」


 口を開いたガイウスがそう言い始めたことで、セリスは少し表情を動かしかけた。まさか、アスマとバレてしまったのかとセリスは少し身構える。


「あの者がを把握しておられますか?」

「この国に来た理由ですか?」


 妙な質問だとセリスは思った。アスマをギルバートではないのではないかと疑うなら未だしも、この国に来た理由を気にする理由がセリスには分からない。少し怪訝げにガイウスを見ながら、セリスはイグニスにも伝えた理由を説明する。


「商売に関する取引をしたいからと聞いていますが」

「そうですよね。そのように言っていましたよね」


 勝手にガイウスは納得し、「急な質問を失礼しました」と頭を下げて、セリスの隣を通り過ぎていく。その行動にセリスは疑問を懐いたが、もしかしたら、アスマの正体に疑いを持ち始めたのだろうかと思ったら、下手に聞き返すことができなかった。セリスもガイウスに背を向け、自室に戻ろうと思い、今度こそ歩き出そうとする。


 そこで最後にガイウスの声が聞こえてきた。


「ああ、そうでした。もう一つだけ、聞きたかったことがあるのですが」

「何でしょうか?」


 今度こそ核心に迫る質問なのかとセリスが身構えた直後、ガイウスは表情を変えることなく、呟いた。


「あのギルバートという人物ですが、本当に取引をしに来たのですか?」

「それはどのような意味の質問ですか?」

「いえ、どうにも、私の目には遊んでいるようにしか見えないもので」


 少し笑ったガイウスの発言を受け、セリスはガイウスがアスマの正体ではなく、その行動自体に疑問を懐いていると気づいた。アスマがギルバートではないのではないかと疑っているのではなく、何か他に目的があって動いているのではないかと疑っているようだ。


 実際にそうなのだが、誰が犯人の候補なのかも分かっていない状況で、下手に疑われることは望まない。ここは本人にそれとなく伝え、行動を変えてもらうしかないと思いながら、セリスは軽く笑みを浮かべて誤魔化すことにした。


「取引のための準備中なのではないでしょか?この国の内情も把握していないと商売は成り立たないでしょうし」

「まあ、確かに。そうなのかもしれませんね。私も商売のことはあまり分からないので、そう見えてしまうというだけの話です」

「いえ、ギルバート卿は商売柄疑われることも多いと思うので、貴方の疑いも仕方ないと思いますよ」


 武器を取り扱うギルバートの行動は、軍事行動に直結しかねない。ガイウスの疑いを許容することで、ガイウスの疑いは一時的に逸らせたようだ。ガイウスは軽くセリスに頭を下げて、今度こそ立ち去っていった。


 危なかった、とセリスが内心安堵しながら、今度こそ自室に戻るために歩き出す。取り敢えず、アスマにこのことを伝え、ギルバートとして何かしらの行動を取ってもらうようにしようと考えてから、セリスはそれで本当に大丈夫なのだろうかと、新たな不安を覚え始めていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 ガイウスに対する疑いが強まった一方で、どのように調べるかが非常に難しかった。シドラスは手段をいくつか考えてみたようだが、他国の王城という不利な場所もあって、その方法を明確に決めることができていなかった。

 結局、ベル達は再びアスマとシドラスに与えられた部屋まで戻ってきて、どうやってガイウスを調べるか悩み始めることになる。


 セリスが帰還したのは、その最中だった。シドラスを中心に広がっていた暗い雰囲気に、セリスは部屋の中に入ってきた瞬間から顔を曇らせていた。明らかに何かあったとすぐに悟ったようだ。


 そこでシドラスが自分のガイウスに対する疑いと、その疑いの生まれた理由、その後の目撃情報をセリスに説明する。

 その説明にセリスは想像以上に驚いた反応を見せ、ベル達も驚くことになる一言を口に出した。


「その騎士なら、さっきすれ違ったが?それも少し話したばかりだ」

「え?一体何を?」

「もちろん、王女殿下のことは話していない。ただ殿下に疑いを持っているようだった」


 そう言いながら、セリスがアスマに目を向けたことで、誰よりもアスマが驚いた顔で自分の顔を指差した。


「え!?俺に疑い!?」

「ギルバート卿を名乗り、商売のためにこの国を訪れたと説明したが、そのための行動を一切取っていないことを不審に思っているらしい」

「ああ、なるほど…」


 非常に驚いている本人と違って、ベル達はセリスの説明に酷く納得していた。そもそも、アスマが商売上手の貴族を名乗ること自体が間違っている。疑われて当然としか言いようがない。


「しかし、疑われることは問題ですね。場合によっては、こちらの動きを制限する理由に使われかねません」

「殿下には申し訳ありませんが、ギルバート卿としての行動をお願いします」

「何か分からないけど、分かったよ」

「セリス様。絶対に謝るべきなのはアスマではなく、ギルバート卿の方です」


 分かったのか分かっていないのか、こちらが良く分からない返事をしたアスマに、ベルは呆れた顔しかできなかった。もしかしたら、西の行ったこともない国で、ギルバートの悪評が流れることになるかもしれない。そう思ったら、ベルの心は痛み始めるが、それを止められるだけの力をベルは持たない。


 仮にギルバートが恨むのなら、そのような行動しか取れないアスマと、そのアスマをギルバートと紹介してしまったシドラスを恨んでくれと祈りながら、ベルはシドラスに目を向けた。シドラスは全くベルと目を合わせようとしない。


「だけど、ギルバートとして行動するって、どうするの?」

「武器の流通でしたら、マーズの貴族と接触するのが一番だと思いますよ。王国内の武器の八割はマーズの貴族が作った武器と言われていますから」


 エルからのアドバイスにシドラスは暗い顔をしたが、それもこれもシドラスがギルバートと紹介したのだから仕方がない。そう思いながら、ベルがシドラスを見ているが、シドラスは一向にベルと目を合わせない。


「そのマーズの貴族とはすぐに逢えるものなのですか?」

「私の名前を使えばいいわ。私の紹介なら、嫌でも時間を作るはずだから」

「え?ソフィアが案内してくれるの?」


 喜びの声を上げるアスマに、ベル達の驚きの視線が集まった。ソフィアが紹介するという話が、どう解釈したのか、ソフィアが案内するという話にアスマの中で変わったらしい。目を輝かせるアスマに、ソフィアは困った顔をしている。


「いや、私は…」

「殿下。普通の王族は無闇に外に行きません」

「え?俺は毎日行ってるよ?」

「殿下は自分が異常であることにお気づきください」

「王子なのに、あそこまで言われるの?」


 セリスの遠慮のない発言に、流石のソフィアも驚いたようだ。ベルに確認するように聞いてきたので、ベルは当たり前のように頷き返した。


「ですが、実際、案内は必要ですね。仮に向かうことになるのなら、いつになるでしょうか?」

「この後、すぐに連絡したら、恐らく、明日には時間を空けてくれると思うわ」

「明日ですか…それまでに私が道を覚えましょうか」


 シドラスは自分がアスマ達を連れていくように考えていたようだが、それはセリスによって否定されることになった。


「いや、ギルバート卿に騎士がついたとなると、殿下の正体を悟られる理由になりかねない。他の人物に案内をしてもらった方がいいだろう」

「確かに、その可能性はありますね。エルさんはどうでしょうか?頼めませんか?」


 シドラスとセリスがお願いする目でエルを同時に見ていたが、エルは申し訳なさそうにかぶりを振った。


「申し訳ありませんが、明日は授業があるのですよ」

「授業?」

「私はなので、魔術学校で魔術を教えているのです」

「教育者?」


 そういえば、以前にも似た言葉を聞いたと思ったベルが聞き返したところ、エルが「知りませんか?」と不思議そうに聞き返してきた。


「ウルカヌス王国の国家魔術師は五つの役職に分けられているの」

「どういうことだ?」

「例えば、師匠は教育者と言って、人に魔術を教える役目があるの。他にも、魔術研究を行う、魔導兵器を開発、管理する、魔術を用いて医療行為を行う、軍に所属して、魔術を用いた戦闘を行うがあるわ」

「そうなんだぁ。俺はてっきり、エルはソフィアに教えてるだけなのかと思ってた」


 アスマと同じことを思っていたベルが同意するように頷き、驚いた顔でエルを見た。エルは少し照れたような表情をしている。


「本来はそうだったのですが、殿下は次期女王になられることが決まり、魔術学習の時間が減っているのです。それに王国を出た一件もありましたので、新たに魔術師学校での教師を任されることになりました」

「魔術師学校とかあるんだな」

「はい。現在は二百人ほどの貴族の子供が通っていますよ」

「そういうの意外とエアリエル王国はないよな?」

「エアリエル王国はそもそも魔術師の総数が違いますからね。学校を作らなくても、近くに魔術師がいる状況の方が多いです」

「魔術師学校も実際に魔術師になるのは一割程度です。それ以外の生徒は魔術の知識を得るためだけに登校しているのですよ」


 魔術師学校に通っていながら、魔術師にならないという話を聞き、ベルは不思議そうに首を傾げた。


「知識だけ増えて意味があるのか?」

「魔術師の総数がエアリエル王国に比べて少ないと言いましたよね?それはつまり、魔術師が生きるだけの制度が確立されていないからなのです。そうなると、大半の魔術師は生きるために様々なことをし始めます。その中にはもちろん、無知な貴族を狙った犯罪行為もあるのです」

「つまり、自衛のために知識を蓄えさせることがあるのか」

「悲しいですが、そういうことです」


 国が違えば立場が変わることは多いが、ここまで違うのかとベルは驚いた。ベル達の中だと最も魔術師に近いのはアスマであることから、その違いにアスマもさぞ驚いていることだろうと思い、ベルはアスマを見てみたが、既にアスマは興味をなくしたようで、爪の間のゴミを取ることに夢中になっている。これが王子で本当に大丈夫なのかとベルは何度思ったか分からないことを改めて思う。


「しかし、そうなると案内を誰にお願いしますかね…」


 シドラスが考え込むように呟いた直後、それまで一切興味を示していなかったアスマが顔を上げ、爪の間を綺麗にしたばかりの人差し指を立てた。


「それなら、に頼もうよ」


 その一言から、翌日の案内を任せる人物が決定した。

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