それぞれの捜査(3)

 移動した先の部屋でコルトは一枚の紙を渡してきた。その紙には昨晩の警備状況が詳細に書かれており、どの場所に誰が配置されていたのかまで、その一枚の紙で分かるようになっている。


 その紙を参考にすると、昨晩、王女の部屋の周辺の護衛を担当していた衛兵は四名。ソフィアに配慮しているのか、全員が女性の衛兵のようだ。部屋付近を担当しているのが二人。ジゼルとフィリアという衛兵で、二人は部屋付近を移動しながら、数十分ごとに合流するようだ。その二人の警備している場所に繋がる通路を警備しているのが、ノーラとリエルという二人なのだが、この二人に関してはジゼルとフィリアの警備場所から考えると、そもそも王女の部屋に近づくこと自体が難しく思えた。


 この四人が容疑者の可能性は高いのだが、実際のところ、この四人が紙に書かれている通りに行動したかは分からない。これは一度、本人から話を聞きたいと思い、エルはコルトに聞くことにした。


「この四人はどこにいるか分かる?」

「夜間の警備担当者ですか?恐らく、現在は宿舎にいるかと思います。まだ午前中ですし、警備を交代してから時間も経っていないので、多くは眠っているのではないでしょうか?」

「ああ、そうだよね。ちなみに宿舎の場所は教えてもらえる?」

「王城から少し離れることになりますが大丈夫ですか?」

「ああ、うん。お願いするよ」


 エルの依頼を受けたコルトの案内で、エルは王城近くにある衛兵の宿舎に移動した。当たり前のことだが、男性寮と女性寮に分かれており、流石にコルトの案内を受けたエルでも、女性寮に入ることはできなかった。そこでジゼル、フィリア、ノーラ、リエルの四名を呼び出すように管理人に頼んでみると、数分前まで睡眠中だったと分かる四名が、エルの前に顔を出してくれた。


 エルの聞き込みは近場を担当していた二人に同時に行われた。まずはジゼルとフィリアの二人であり、二人からは王女の部屋で変わったことがなかったかと聞いたが、結論から言うと、二人は思い当たる節がないようだった。二人が合流した時刻や場所を確認し、そこから行動経路を割り出すに、二人が王女の部屋から少し離れたタイミングで、セリスの襲撃が行われたと考えられた。それはお互いにアリバイの証明ができていないことに繋がるが、その後の合流が問題なく行われたことと、夜間の警備のために鎧を着用していたことを考慮すると、防魔服を着用し、セリスを襲撃することは難しく思えた。


 次にノーラとリエルから話を聞くことができたが、やはり、二人が王女の部屋に近づくことは難しそうだった。位置的にお互いを認識することが簡単であり、王女の部屋に行くために動くと、ジゼルかフィリアと絶対に逢うことになる。防魔服を着用した上で王女の部屋まで移動し、セリスを襲撃するとなると、その作業の多さから不可能と考えられた。


 ただノーラからは気になる話が聞けた。昨晩の警備中のことだが、その中で一人の人物を目撃したらしい。ノーラは最初不審人物かと思い、声をかけてから驚いたそうだ。


「その人の名前は?」


 エルの質問に答えたノーラの返答に驚き、エルはその名前をしっかりとメモした。それで聞き込みを終え、改めてコルトから貰った紙で警備状況を確認してから、エルは重要な問題に気づいた。


 ジゼルとフィリアが王女の部屋を離れる一瞬の時間だが、王女の部屋の周辺から一切の監視がなくなる。もちろん、そこに至る通路は警備されているため、それ自体は問題ないように思えるのだが、王女の部屋の近くには談話室を始めとするいくつかの部屋がある。その部屋の中に事前に隠れていれば、その時間帯に誰でも王女の部屋まで移動できることになる。


 つまり、外部からの侵入を考えた警備だが、内部からの移動には対応していないということだ。そうなると、この紙に名前のない衛兵の全てと、当日のアリバイが確認されない騎士の全てが、セリスを襲撃した犯人の可能性があるということになる。


 これでは何も特定できない。そのことに気づいたエルが宿舎を後にしながら、一人で頭を抱えていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 フレアとの会話を続けていたノエルが移動したことに合わせ、セリスも王城内を移動していた。ノエルに気づかれないように尾行し、その行動を探ろうと思ってのことだったのだが、問題はその移動途中に起こった。


「あ、すみません。少し止まってください」


 唐突に衛兵の一人に声をかけられ、立ち止まったセリスの前を、いくつもの武器を所持した兵士が通り過ぎていく。その光景に通り過ぎるまで待ちながら、セリスは怪訝な顔をした。


「失礼。これは何ですか?」


 セリスが声をかけてきた衛兵に聞くと、衛兵は「武器の定期確認です」とすぐに答えてくれた。ただ武器の定期確認というものをセリスは聞いたことがない。それは何かと思ったセリスが衛兵に聞くと、衛兵が武器の一つを見せてくれた。


「ここにナンバーがありますよね?」

「ああ、確かにありますね」

「これが兵士や騎士の所有する全ての武器にあって、そのナンバーを確認することで、武器の紛失がないことを調べているのです」

「なるほど。そうして管理しているのですね」


 衛兵や騎士が武器を所持するに当たって、そのナンバーが記録されるらしい。どの兵士がどの武器を所持しているかが確認され、それらに該当しないナンバーの紛失があった際、武器が外部に漏れた可能性を考え、捜索が始まるそうだ。


「つまりは盗難や横流しを防止する案ですか?」

「そうですね。特に最近は確認が多いのですよ」

「確認が多い?それはどうして?」

「そこまでは分かりません。騎士団長の命令ですので」


 セリスが衛兵とそう会話している間に、運ばれていた武器は全てセリスの前を通過し終えていた。その様子に気づいたセリスが衛兵に礼を言うと、衛兵は敬礼してから、その場を立ち去っていく。


 その姿を見送りながら、セリスはノエルが武器の確認を増やしている理由を考えていた。もちろん、盗難を疑っている可能性が最も高いが、その場合は盗難を疑うだけの理由があることになる。それ以外にも特定の武器が保管されていることを定期的に確認している、というものも考えられた。これは盗難と少し似ているが、盗まれたことを確認したいわけではなく、他者に使われていないことを確認したい場合の行動だ。


 どちらにしても、証拠はないので正確なところは分からないが、少し怪しいとセリスは思った。この理由を少し探ってみようかと思いながら、セリスは見失ってしまったノエルを探すために王城内を歩き出した。



   ☆   ★   ☆   ★



 アスマ達は王城内を歩き回っていたが、一向にエルを見つけることができなかった。それはどうしてかとベルはシドラスと一緒に疑問に思っていたが、それは何も不思議ではなく、エルが王城から離れていたからだった。どうやら、近くにある衛兵の宿舎に行っていたらしい。外から帰ってきたエルと鉢合わせ、その事実を聞いた瞬間にベルとシドラスはどっと疲れた顔をした。


「それで何か分かったの?」


 ソフィアが前のめりになって聞いた隣で、アスマも同じように前のめりになっていた。アスマはただの好奇心だが、ソフィアは違うのだろう。何となく想像がつき、ベルは優しい笑みを浮かべる。


「殿下の部屋の周辺を警備していた衛兵を特定して、話を聞いたのですが、まず該当する四人の衛兵の内、二人は犯人の可能性が非常に低いと思います」


 エルはノーラとリエルという衛兵が移動するには、他の二人であるジゼルとフィリアという衛兵の存在が邪魔になるため、その二人の可能性はかなり低いと説明した。


「残った二人ですが、この二人の可能性は否定できません。ただこの二人が警備書通りに行動しているのなら、襲撃のあった時刻には部屋の周囲から人が消えてしまいます。もしも近くの部屋に潜んでいた場合、誰でも殿下の部屋に移動できてしまいます」

「つまり、根本的に特定は難しいと?」

「夜間のアリバイがない人物なら誰にでも犯行は可能と言えますね」


 調べた結果、犯人の特定が難しいことが判明しましたというエルの報告に、シドラスは明確に渋い顔をしていた。それも仕方ないことだとベルは思う。犯人ではなかったという結果でも、可能性を潰せることは次に繋がるのだが、今回は何も潰せていないのに等しい。これではベル達が帰還するまでというタイムリミットに到底間に合いそうにない。


「そういえば、アリバイと言えば…」


 不意にエルが思い出したように、一枚の紙を取り出した。何かに用いた紙の切れ端のようで、裏面にまで何かしらの文字がびっしりと書かれている。恐らく、エルがメモするために持ち歩いているのだろう。


「実はノーラという衛兵が、昨晩に怪しい人物と遭遇してまして」

「そうなのですか?それはどのような特徴の人物ですか?」

「特徴と言いますか。普通にその人と会話したそうです」

「え?」

「どうやら、騎士の様だったようで」


 その名前にベル達四人は思わず顔を見合わせていた。エルに聞こうと思っていたことが、聞く前にエルの口から飛び出したことに、ベル達は言葉を失っていた。


「ただ場所が場所なので、犯行に関係があるかは分かりませんが、犯人の可能性の他、犯人を目撃している可能性もありますね」


 そう説明しながら紙の切れ端を仕舞い、顔を上げたエルがベル達の様子に不思議そうな顔をしていた。声には出さなかったが、表情はどうしたのだろうかと聞きたそうにしており、その顔に気づいたシドラスが自分の考えた可能性をエルに説明し始めた。

 その内容にエルが驚いた顔をする中、ベル達はやはりガイウスが何かしらの形で関与しているのではないかと疑いを強めていた。

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