それぞれの捜査(2)
エアリエル王国への報告をアレックスに託し、王城に帰ってきたセリスは、そこからの行動を考えていた。シドラスとの話し合いの中で、何かを隠している様子のノエルを調べると言ったセリスだが、その方法は未だに思いつかない。
王城内を探ることが手っ取り早いかとは思ったのだが、この城の中でのセリスの立ち位置はあくまで客人であり、その客人が王城内を移動しているとどうしても怪しく見える。その怪しさはノエルに勘づかれる可能性が高く、調べていることが悟られると、隠している何かをセリスが知ることは困難になる。
何か分かりやすい手段があればいいのだが、と考えながら、アスマ達と合流するためにセリスは王城内を歩いていた。
その途中のことだ。王城内の一角に立つノエルの姿を発見した。ずっとノエルのことを頭の中に思い浮かべていたことから、最初は幻覚かと思ったが、そんなはずがなく、ノエルは一緒にいる若い女性と何かを話している様子だった。その女性が誰なのかセリスが気にしたところで、セリスの前を一人の衛兵が通り過ぎる。
「失礼。少しよろしいでしょうか?」
セリスが衛兵を呼び止めると、衛兵は驚いた顔で立ち止まった。どうやら、セリスがエアリエル王国からの客人であると把握していたようで、そのセリスから声をかけられると思っていなかったようだ。
「何でしょうか?」
「あそこで騎士団長と話している女性が誰か分かりますか?」
「ああ、あの御方でしたら、ミネルヴァの貴族の当主であるフレア様ですよ」
「ミネルヴァの貴族?」
「はい。十二貴族の一つに数えられる国内有数の貴族です」
十二貴族の中で国外に知られている貴族は限られている。セリスもその全てを把握しているわけではなく、ミネルヴァの貴族の名前は聞いたこともなかった。何を仕事にしている家系なのだろうかとセリスが思った直後、衛兵が気になる一言を口に出す。
「フレア様はノエル団長の妹君なのですよ」
「ん?あの御方は騎士団長の妹なのですか?」
「はい」
セリスが自然と視線を戻した先で、ノエルとフレアは未だに何かを話していた。フレアは近くに従者と思しき女性を連れ、ノエルと話す表情は少し険しく見える。少なくとも、姉妹が談笑しているわけではなさそうな雰囲気だ。
「ミネルヴァの貴族は何をしている貴族なのですか?」
セリスがノエルから目を逸らさずに衛兵に聞くと、衛兵はしばらく答えなかった。どうしたのかと思って視線を向けると、酷く困ったような顔をしている。要するに、セリスには言いづらいということだろう。それだけで大体の見当がついた。
「聞きづらいことを聞いたようで申し訳ありません。ありがとうございました。お仕事にお戻りください」
セリスが手で廊下を示しながら告げると、衛兵はしばらく困ったように視線を動かしてから、やがてゆっくりと会釈をした。そのまま、その場から立ち去っていく。その姿を見送ってから、セリスは再びノエルとフレアに視線を戻した。
セリス達が王城に残っている理由を考えると、ノエルは簡単な書類の準備もできないほどに忙しくしているはずだ。それが今はフレアと会話しており、そのフレアが当主を務めるミネルヴァの貴族は何をしているのか、部外者であるセリスに話せないらしい。そこにきな臭さを感じない方が異常と言えるくらいに怪しく、セリスはノエルとフレアが話す姿をしばらく見つめていた。
☆ ★ ☆ ★
王女の部屋周辺の昨晩の警備状況を調べようと思ったエルだが、いざ調べる段階になって、その警備状況を誰から教えてもらうか悩み始めていた。相手によってはソフィアを襲撃しようとした犯人である場合や、それと繋がっている場合がある。下手な調べ方をしたら、ソフィアの立場を悪くしかねない。
やはり、ここは王城内での行動に制限がある衛兵から聞くべきかとエルが思った直後、若い男の衛兵が二人、廊下の途中で何かを話している姿を見つけた。
「いや、悪いな」
「仕方ないって。その代わり、次は頼むからな」
一人の衛兵が謝り、もう一人が笑って許している場所にエルは近づき、その二人に声をかけることにする。
「そこの二人」
その声に振り返った二人の衛兵が、声をかけたエルに気づき、軽く会釈をしてくる。
「ちょっといいかな?」
「何でしょうか?」
「少し警備状況を調べたいんだけど、どこかで分からないかな?」
「どうして、エル様が?」
そう聞かれたことでエルは困ることになった。正直に伝えるわけにもいかない。何とか他に理由を見つけないといけないと考え出した直後、エルの頭にアスマ達の姿が飛び込んできた。
「エアリエル王国からの客人がいるよね?その対応ができるように、私も把握しておいた方がいいと思ったんだよ」
「そうなのですね」
エルは自分の立場的に少し苦しいと思ったのだが、二人の衛兵はそれで納得してくれたようだった。さっきまで謝っていた方の衛兵が自分を示し、「では、私が案内します」と言ってくれる。
「彼はこれから仕事があるのですが、私は空いているので」
「そうなんだね。じゃあ、お願いするよ…えっと…君の名前は…?」
「コルトです」
「コルト君だね。お願いするよ」
もう一人の衛兵と別れ、エルはコルトの案内で王城内を歩き出す。何とか警備状況を知れそうだと思い、エルはほっと胸を撫で下ろしていた。
☆ ★ ☆ ★
「何か仲が悪そうだったな」
テーブルについたベルがユリウスとロップスの関係について漏らすと、アスマが不思議そうな顔で見てきた。
「え?悪そうだった?」
「いや、どこからどう見てもそうだろう?お前は目がついているのか?」
「言い方きつくない?」
「だけど、実際に仲が悪いかは分からないわ」
ベルとアスマの言い争いにソフィアが冷静な口調で割って入ってくる。ベルから見た感じだと、ユリウスとロップスはどこからどう見ても険悪だったが、ソフィアにはそう見えないのだろうかと思い、アスマを見る時と同じ視線をソフィアに送ってしまう。
「そんな目で見ないで。確かに普段の二人は仲が悪く見えるわ」
「なら、仲が悪いんじゃないのか?それとも、謎の理論があるのか?」
「そうじゃないの。あのロップス卿も兄さんと親しい人物の一人なのよ」
「え?」
「だから、ユリウスと一緒に兄さんと繋がっている可能性は十分にあるわ」
寂しそうに呟くソフィアの姿に、ベルはつい視線を逸らしてしまっていた。ソフィアの味方を聞いた時に、ソフィアはエルしか答えられなかったというのに、調べれば調べるほどにハムレットの味方が出てくる。そのどれがソフィアを狙っている人物か分からない。その不憫さに言葉が出てこない。
「だから、ロップス卿も、その従者のリグロも、私は犯人の可能性があると考えているわ」
そう呟いたソフィアの言葉に、ベルが意見を求めようと思い、シドラスに目を向けた。そこでシドラスが何かをずっと考え込んでいることに気づいた。
「どうしたんだ?」
ベルがシドラスに声をかけるが、シドラスはベルの声に気づかない。懲りずに何度か声をかけてみると、やがて顔を上げたシドラスが不思議そうな目をベルに向けてくる。
「どうされたのですか?」
「こっちの台詞だ!何をそこまで考えているんだよ?」
ベルに全力で指摘されたことで、シドラスは自分が考え込んでいたと気づいたのか、少し申し訳なさそうに頭を抱えていた。そのまま、視線を食堂の入口の方に向け、その体勢のまま、ベル達に説明を始める。
「さっきのガイウスという騎士ですが、昨日から妙な視線を私に送ってくるのです」
「ああ、そうだったな。気になってるって言ってたな」
「それで考えていたのですが、あの騎士が王女殿下を襲撃した可能性はありませんか?」
シドラスの発言にベル達三人が驚いた顔を見合わせた。確かにシドラスに敵意を持った視線を送っていたが、それだけで犯人と言えるくらいに怪しいとは思えない。
「どうして、そう思ったんだ?」
「一つは貴族としての立場です。十二貴族の中で最も力の弱い貴族という立場が動機として十分であると考えました」
「それだけ?」
「いえ、もう一つ。昨晩のことなのですが、彼が何かを読んでいる場面を目撃したのです。それが何かは分かりませんでしたが、私に気づいた途端に隠したので、人に見せられないものではないかと思うのです」
「それがソフィアの襲撃に関わっていると?」
「可能性は十分にあると思います。私に対する敵意も、私達が王女殿下を護衛しているからと考えると辻褄が合います」
シドラスの考えは推測を重ねた上での予想でしかなかったが、ベル達は犯人の特定のための方針が厳密に定まったわけではない。エルが警備状況を調べているが、それで犯人が確実に特定できると決まったわけではない。他に調べることは決めておいた方がいいことは間違いなく、シドラスの予想はその方針として最適に思えた。
「なら、ガイウスのことを調べてみる?」
アスマの一言にシドラスが頷き、ベルとソフィアも了承したように頷いた。
「では、ガイウスさんの昨晩の行動をまずは調べましょうか。王女殿下は騎士の行動とか分かりますか?」
「普段は王族の警護を担当しているはずだけど、昨日の夜はどうだろう?」
「それでは、エルさんと合流して、ガイウスさんの行動を探ってみますか?」
シドラスの提案にソフィアが頷き、朝食を済ませた後の行動が決まった。それから、ベル達は朝食を進めることにしたのだが、その途中で何となく、ベルは疑問に思った。
どうして、ソフィアには騎士がいないのだろうか。不意に思ったベルがそのことをソフィアに聞こうかと思ったが、それを聞く前にアスマがソフィアに話しかけ始め、聞く暇もないまま、朝食の時間が終わった。
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