深夜の襲撃
ウルカヌス王国に到着したばかりであり、その疲れも残っている。それに加え、やってきたばかりの客人が王城をうろついていると、不用意に怪しまれると判断したらしく、シドラスとセリスの話し合いによって、本格的な捜査は翌日から行われることに決定した。その案に最も反対したのが、命を狙われているソフィアではなく、何故かアスマの方だったのだが、アスマの魂胆は見えている。初めて訪れた王城の中が気になって仕方がなく、探検気分で歩き回りたいだけだ。ベルもシドラスも許可を出すことなく、アスマはしょぼくれていた。
与えられた部屋の片方にアスマとシドラスが泊まり、もう片方でベルとソフィアが寝泊まりする。セリスは約束通り、密かにソフィアの部屋に移動し、エルはいつものように自室に戻ってもらった。これでソフィアが襲われる心配はないはずだが、万が一の場合は自分がソフィアを守らないといけないかもしれない。
そのように考えながら迎えた夜のことだ。ベルとソフィアは別々のベッドで眠ろうとしていた。明かりの消えた部屋で天井を見つめながら、ベルはソフィアと二人だけの状況で、いくつかの質問があったことを思い出す。聞くなら今が最適だと思い、ベルは隣のベッドを眺めながら、口を開いた。
「なあ、ソフィア。眠ったか?」
「眠ってないけど」
ソフィアの声が聞こえ、隣のベッドがもぞもぞと動く。そこでベルがソフィアに質問しようとした時、反対にソフィアから疑問の声が飛んできた。
「何で、貴女は私と普通に接してるの?」
「どういう意味だ?腫れ物に触れるみたいな感じが良かったのか?」
「そういうことじゃなくて…私は一応、王女だけど?」
「アスマの命を狙った奴を王女扱いしろと?」
やや強い口調で聞き返した途端、ソフィアの声が止んだ。流石にソフィアが言えることもなくなったのだろう。それなら、ちょうどいいと思い、ベルはたった今、自分が口に出したことを聞くことにした。
「どうして、アスマの命を狙ったんだ?」
「それは…ロス・ロボスとしての仕事だったから…」
「じゃあ、何でロス・ロボスに入ったんだ?お前自身が暗殺されそうになったんだろう?それを許すみたいなこと…」
「じゃあ、野垂れ死ねば良かったの?」
ソフィアの強い語気による反論を受け、今度はベルが黙る番になってしまった。ベルは故郷の村を出てから、王都にやってくるまでの数十年を思い出し、その時にソフィアと同じ立場になったらどうしていたのか想像した。
「どうして、アスマを一緒に連れていくように要求したんだ?」
ベルはロス・ロボスに関する追及を途中でやめて、聞きたかったことを聞くことにした。ベル自身、ソフィアの気持ちが全く分からないわけではない。もちろん、全てを肯定することはできないが、簡単に否定することもできない。その思いから、その質問を繰り返すことはどうしてもできなかった。
「それは…魔王としての力が、虚繭の兄さんに対する武器になると思ったから」
「本当にそれだけなのか?」
「少し…魔王なら、この件に関わってくれるという打算もあった」
「アスマなら飛びつくと?」
「そう。調べてたから、その性格くらいは分かってたもの」
アスマだったら食いついてくれると利用され、実際に食いついたアスマの間抜けさには笑いも出なかったが、そのことをベルが糾弾することはなかった。その権利がベルにはなかったとも言える。現時点で、ベルも自らの身体に関して、アスマを利用しているような状況だ。ソフィアを糾弾する権利があるはずない。
「そうか」
「これには怒らないの?」
「まあな」
自分の身体のことを説明しようかとも思ったが、開きかけた口は途中で止まり、ソフィアに説明することはなかった。不思議そうにするソフィアの雰囲気も分かったし、実際に不思議そうな声も聞こえてきたが、ベルはその説明を必要としなかった。
少し静かな時間が流れて、ベルはゆっくりと眠気に襲われ始めた。さっきまで眠さよりも、ソフィアに対する疑問の方が大きかったのだが、今はその疑問が少し解消され、眠気が勝ってしまったらしい。ゆっくりと襲ってくる眠たさに、ベルの瞼が落ちかけた。
その寸前、部屋の扉がノックされた。反射的にベルとソフィアは起き上がり、互いに顔を見合わせる。時間帯が時間帯なので、訪ねてくる人物が普通はいるはずない。考えられる可能性にソフィアを襲った犯人がいるが、それなら、わざわざノックはしないはずだ。
それなら、単純に用事のある人物ということになるが、その場合はタリアを名乗ったベルよりも、セリスに用事がある人物の方が可能性としては高い。
このノックの人物が誰にしても、ソフィアが発見される可能性がある。そうなると少しどころか、かなり面倒な事態になり得ない。
緊張した面持ちでベルが扉に近づこうとした。その直前になって、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「ベルさん、王女殿下。少し急ぎの用があるのですが、よろしいでしょうか?」
その一声で、そこにいる人物がシドラスだと気づき、ベルとソフィアは顔を見合わせて驚いた。急いでベルが扉を開くと、真剣な表情をしたシドラスがそこに立っている。
「どうしたんだ?」
「実は先ほど、セリスさんから連絡がありまして」
「セリス様から?」
その一言の不穏さにベルが表情を曇らせた直後、その不穏さに伴った一言がシドラスの口から発せられる。
「セリスさんが襲撃されたそうです」
「え…?」
その声は部屋の中にいたソフィアの口から発せられていた。
☆ ★ ☆ ★
エルの助けを借り、こっそりとソフィアの部屋に移動したセリスは、そこで就寝し始めた。未だに剣の返却は受けていないので、武器は持っていないが、何かあった際の連絡用として、エルから魔術道具だけ渡されていた。それで連絡することで、何かあった際はエルがセリスを迎えに行く手筈になっている。
ソフィアのベッドで横になり、毛布を被ることでカムフラージュしながら、セリスは目を瞑った。完全に眠ることは状況的にできないが、ある程度の休息なら問題はない。騎士になってから機会は減っていたが、兵士の時には良くあったことだと思い、セリスは休み始めた。
それからしばらく、セリスは不意な物音を聞いた。位置は扉の方向からで、セリスはその音に耳を傾けながら、毛布の中で体勢を整える。
扉は明らかに開き、誰かが部屋の中に入ってきたことが分かった。王女の部屋に黙って侵入する人物がいるとは思えない。仮に肉親や婚約者だとしても、軽く一声くらいはかけるはずだ。
これは確実に襲撃犯だと判断し、セリスは近づいてくるのを待った。足音がゆっくりとだが、確かにこちらに来る。相手の間合いは分からないが、こちらの間合いは広い。武器として用いるものは自分が被っている毛布だ。
やがて、近づいてきた足音がセリスの少し遠くで、激しく踏み鳴らされた。踏み込んできたと思ったと同時にセリスは起き上がり、接近してきた人物に向かって毛布を振るう。接近してきた人物は黒い外套を着た人物であり、その手にナイフを握っていた。そのナイフごと毛布で絡み取られ、その人物は驚いたように半歩下がる。
その隙をセリスは逃さなかった。毛布で片腕を絡み取りながら、距離を離さないように接近し、外套を被った頭に向かって足を振るう。その足をその人物は上げた腕で止めていたが、体勢の伴わない防御は十分な効果を発揮しない。鈍く当たった感触があったと思ったら、小さく苦悶の声が外套の中から聞こえてきた。
セリスはその人物を逃さないように、更に毛布を身体に巻きつけようとしたが、その前に外套の人物はセリスとの距離を一瞬詰めてから、その毛布を抜け出した。接近してきた外套の人物に、セリスは反射的に距離を開けてしまい、その隙を突いた外套の人物が部屋から飛び出す。
その後を追いかけようとセリスもしたが、部屋から飛び出すのは立場的に難しい。何より、この場にいると知られると問題になる。
仕方なく、セリスは追跡を諦めて、エルに連絡をした。
☆ ★ ☆ ★
アスマとシドラスに与えられた部屋に集まり、ベル達はセリスから起きたことの説明を受けていた。話を聞き終えた直後、アスマが心配そうにセリスのことを見ている。
「大丈夫だったの?」
「私は全く。どちらかというと、相手の左腕に怪我を負わせた可能性があるくらいです」
「しかし、行動が早いですね。まさか、王女殿下が帰ったその日の夜に襲ってくるとは」
「まあ、帰ってきた直後に王女殿下が襲われたと聞いた時点で覚悟をしていた。問題はこれで王女殿下が部屋にいないという事実と、私達が協力している事実が知られたことだ。早々に犯人を特定しないと、二次被害に繋がる可能性がある」
セリスの視線がアスマに向き、シドラスだけでなく、ベルもその危機に気づいた。アスマがアスマであることは知られていないと思うが、騎士であるシドラスやセリスに比べ、狙いやすさはある。立場の高さもあって、標的にならないとは言い切れない。
「ちなみに夜間に行動できる人物は?」
「警備をしている衛兵や騎士なら自由に行動していても怪しまれないと思いますよ」
「警備状況を調べることはできますかね?」
セリスの質問を受けて、エルはしばらく考えているようだった。自国の王城の警備状況を外部の人間であるベル達に教えるとは思えないが、エルなら聞ける可能性はあるはずだ。エルもそう思ったのか、「明日調べてみましょう」と約束している。
「では、エルさんにはそのことを調べてもらって、私達は接触してくる人物を探りましょう。その中に協力していることを知った犯人がいるかもしれません」
翌日の動き方の方針が決まり、再び王女の部屋に戻るというセリスを見送ることになったのだが、その直前にソフィアの表情がおかしいことにベルは気づき、その表情が気になった。アスマ達と別れ、部屋に戻ってから、その表情の理由を聞いてみるが、ソフィアは何でもないと言うばかりで、ちゃんと答えてくれない。追及しても良かったのだが、本人が言いたくないのなら、無理に追及することでもないと思い、ベルはそれ以上を聞くことなく、その日はそのまま就寝した。
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