虚繭の王子(2)

 魔術師が魔術を使用する際、必要となるのが体内に存在する魔力だ。この魔力の量や魔力を操る技術が、魔術師としての才能の一つになってくるのだが、この魔力自体は不思議な物でも何でもなく、全ての人の中に存在している。魔術道具屋で販売されている魔術道具の中には、それら微量の魔力を利用することで、誰にでも簡単な魔術を使えるようにした物があるくらいだ。


 その魔力が特別に多く生まれてきた人間を示す言葉に魔王がある。一般的な魔術師は総じて魔力が多く、その中でもエアリエル王国にいるエルシャダイは特別魔力量の多い方だが、それを以てしても、足下にも及ばないほどの魔力を魔王は有しており、その影響から副産物として、並の戦士では及ばないほどの膂力を有しているほどだ。


 その魔王とは違って、反対に誰しもが所持している魔力をが稀にいる。その確率は魔王と同じほどで、圧倒的に数が少ない上に、魔王のように危険な力を持っているわけでもないことから、魔術師であっても知らない者がいるくらいの存在だ。


 それがだ。魔力を全く持っていないことが虚繭最大の特徴であり、仮に魔術道具屋で販売されている簡単な一式魔術を用いても、虚繭には発動することができない。それだけなら、虚繭は魔術師としての才能が全くない存在だけで片づけられるのだが、その魔力が全くない点が虚繭の抱えるだった。


 魔王が膨大な魔力の影響で、平均以上の膂力を有しているように、魔力と身体は大きく繋がっている。統計的にも、魔術師の方が一般的な人間よりも平均寿命が高い傾向にあることが分かっており、その理由として語られるのが、周囲に存在する魔力の影響だ。

 誰しもが持っている魔力だが、人体的には悪影響を及ぼすこともあり、その魔力に対する抵抗力の差が、先天的に持っている魔力と繋がっているのではないかと考えられているのだ。持っている魔力が多いほどに魔力に対する耐性があるということだ。


 つまり、先天的に魔力を持っていない虚繭は、この魔力に対する耐性を全く持っていないということになる。全く耐性がないということは、些細な魔力の影響すらも受けることになり、このためか虚繭は元から魔力量の多い魔術師はもちろんのこと、魔力量の少ない一般人と一緒にいても、体調をすぐに崩すことになるのだ。

 そのため、虚繭の多くは周囲の人々の魔力の影響で早逝し、故に虚繭を知っている人物が多くいないのではないかと言われている。


 その説明を受けたことで、シドラスはソフィアが次期女王として選ばれた理由を理解した。


「つまり、その王子殿下は人と逢うことも簡単にできない上に、体調がかなり不安定なのですね?」

「そう。兄さんが国王になっても、公務のほとんどをこなせないと判断され、小さい頃に私が次の女王となることが決まったの」


 ウルカヌス王国に王子がいることはシドラスも知っていた。それは騎士になる上で、他国の情勢を把握しておいた方がいいと思った時に勉強したことだ。


 しかし、その王子がどのような人物なのかまでは知らなかった。それは調べなかったのではなく、エアリエル王国内には情報が流れていなかったのだ。その理由を今更ながらにシドラスは知ることになった。


「あの外套は王子が他人と逢うために自らに着用し、周囲の者に着用させるための特別な服、ということですか?」

「そういうこと。あれがないと兄さんには逢えないから、兄さんとか、兄さんと良く逢う人は絶対にあの防魔服を持っている」

「つまり、ソフィアはソフィアの兄が次期国王となるために、ソフィアの命を狙っていると思っているのか?」

「そう。それ以外に考えられない」


 ベルの質問に断定的に答えるソフィアを見て、シドラスとベルは困った顔を見合わせることになった。一人だけ真剣に話を聞いている様子のアスマは気づいていないかもしれないが、これはシドラス達にとってだ。


「少し冷静に考えましょう。王子殿下…のお名前を聞いても?」

「ハムレット」

「そのハムレット殿下が犯人という可能性ですが、それはかなり低いと思います」

「どうして?」

「軽く相手しただけですが、王女殿下を襲った相手は慣れた動きをしていました。あれは少なくとも数年は訓練した者の動きです。今のお話ですと、ハムレット殿下は体調が優れないようなので、幼少期から訓練等をされてきたとは思えませんし、その可能性は低いのでは?」


 シドラスの全うな意見を後押しするように、ベルも何度も頷いていたが、ソフィアは先ほどと同じく、軽くかぶりを振って、その考えを否定した。


「さっきも言ったけど、兄さんの周りの人なら、防魔服を持っているの。兄さんには専属の騎士もいるから、それが代わりに襲ってきた可能性もある」

「専属の騎士とは?」

「貴方もわ」


 ソフィアの一言でシドラスは王城に辿りついた時のことを思い出した。そこから、玉座の間まで自分を連れた二人の騎士の姿を頭に思い浮かべる。


「あの二人?」

「そう。年を取った方の騎士がボウセン、若い方の騎士がガイウス。どちらも兄さんに仕える騎士よ」


 シドラスは外套の人物の姿を思い出そうとする。顔も声もヒントになるものは何もなかった。分かっていることは着ている外套が防魔服であることと、その手にナイフを持っていたことだけだ。その特徴は二人の騎士が中身でもあり得ないわけではない。


「そういうことですか…王女殿下が国を出た理由をようやく理解しました…」

「え?どういうこと?」


 一人だけ理解が追いつかなかったらしいアスマに向かって、ベルがシドラスも理解したことの説明を始める。


「本来は王室を守るはずの騎士が犯人だとしたら、王城の中に安全な場所はない。他に助けを求めようにも、王城の中での最大の味方は騎士で、その騎士の中に犯人がいる時点で、どの騎士が敵に回ってもおかしくはない。味方だと思って縋った相手が自分を殺すかもしれない」

「え…?そんなことになってるの…?」

「国を出ると味方がいなくなりますが、敵もいなくなります。そちらの方が安全だと判断されたのでしょう」


 ソフィアの理由を一通り聞き、ソフィアのこれまでの行動は分かったのだが、その中に思うことがあったのか、呆れたようにベルは溜め息をついた。


「しかし、自分が暗殺されそうになったのに、暗殺ギルドに入って、アスマを暗殺しようとしたのか?」

「そ、それは…!?生きるために仕方なかったのよ…」

「だからって…ああ、もう…終わったことを言っても仕方ないが、下手したら別の理由で死ぬところだぞ?味方になりそうな人を見つけても、それを理由で信じてもらえないかもしれない。実際に目の当たりにしていなかったら、私達も信じていなかっただろうしな」


 そう言いつつ、アスマを一瞥したベルが、「こいつ以外」とちゃんと付け足した。流石に言い返す言葉がなかったのか、ソフィアは苦々しい顔をするばかりで、何も言わなかった。


「だけど、逃げられて良かったね?大変だったでしょう?」

「まあ、確かに…こっそりと抜け出すのは大変だったけど、その辺は師匠が手伝ってくれたから…」

「ん?師匠?」


 ソフィアの一言が気になり、どうしようかと考え込んでいたシドラスは顔を上げていた。


「協力者がいたのですか?」

「そう。私の魔術の師匠。唯一私が味方だって言える人で、その人の助けを借りて、私はこの国から出たの」

「へえ~、どんな人なの?」


 何気ないアスマの質問にソフィアが答えようとした時、シドラスはその言葉を止めるように言葉を重ねた。


「その人物とお逢いできますか?」

「え?どうして?」

「いえ、少し…」


 そう言葉を濁したシドラスに向かって、ベルが冷たい視線を送っていることに気づいていたが、シドラスは気づかないフリをして、ソフィアの魔術の師匠と逢うことが決まった。

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