11歳(4)
ベッドの上で毛布に包まり、ベルが泣きべそを掻いていた。その前に座り込んだルナも深く落ち込んだ様子で膝を抱えている。狩人組合に向かう前の雰囲気から一変して、ベルの部屋の中は見るからに重苦しい雰囲気で包み込まれていた。
「ごめんねぇ~、ルナぁ…」
泣きべそを掻きながら、ベルが申し訳なさそうに言う。タイミング的にはルナが話しかけようとしていた相手から声をかけられ、ルナの目的を果たそうとしているタイミングだったはずなのに、自分の所為でそれを壊してしまった。そのことが心底申し訳なかった。
だが、ルナは膝を抱えたまま、かぶりを振っていた。ルナはルナで、話せなかったのはベルが逃げ出したからではなく、自分に一人で話す度胸がなかったからだと思い、自分を責めていた。
「違うよぉ…私がうまく話せなかったから…」
ルナは盛大な溜め息を吐きながら、抱え込んだ膝に顔を埋めている。その姿にベルは更に落ち込んでいた。
そのあまりに暗い雰囲気を部屋の外から覗き見て、ルルは困ったように笑っていた。ベルとルナの雰囲気だけなら、世界が終わったような雰囲気だが、少なくとも、そこまでのことは起きていないはずだ。先日のベルの一件もあるので、本人達が思っているほどに大したことではないと思うが、声をかけた方がいいかとルルは考える。
その途中、ルルは部屋からこちらを見るベルと目が合った。その途端に泣きべそを掻いていたベルがポロポロと涙を流し始める。その姿にルルは困ったような笑みを強めていた。
「ママぁ…」
「あらら…」
ベルに呼ばれるままにルルが部屋の中に入っていくと、ルナも顔を上げてベルと同じようにポロポロと涙を流し始めていた。そのことに困惑を強めながら、ルルは二人から話を聞くことにする。
狩人組合でルナの意中の相手と逢ったが、その相手がベルの恐怖の相手であり、ベルは恐怖に耐え切れず逃げ帰ってきてしまった、という話を二人の口から途切れ途切れになりながら聞き、ルルはやっぱりと心の中で思っていた。二人が思っているほどに大した話ではなかったが、二人の仲では大きな出来事だったのだろうとルルにも想像がつく。
「それなら、今度はタイミングを変えたらいいんじゃない?」
「タイミングを変えるぅ…?」
「そう。そのルナちゃんの好きな人が一人のタイミングで声をかけるのよ」
「た、確かに…あの人がいなかったから、私もついていけると思う…」
「ほ、本当に…?ベルが一緒なら、私ももう少し話せるかも…」
「ほら。今度はそうしたらいいと思うよ」
ルルの提案が効いたようで、ベルとルナの涙はすっかり止まっていた。代わりに泣き腫らした顔でお互いに顔を見合わせて、ルルの提案が可能か無言ながらも考えているようだ。
「そうしよっか?」
「お願いできる?」
「うん。それなら、多分…大丈夫だと思う」
一応は無事に話がまとまり、二人が落ちついたようで、ルルはほっとしていた。そんな気持ちに一切気づかないベルとルナは新しくできた約束に嬉しそうに笑っている。その姿を見ていると、自然とルルも同じ笑顔をしていて、気づけば部屋の雰囲気はすっかり明るくなっていた。
☆ ★ ☆ ★
狩人組合で望まぬ再会があってから、ベルとルナは時間がある時に狩人組合を訪れるようになっていた。ルナの意中の相手がベルの恐怖の相手と一緒にいないタイミングを探るのが目的だったのだが、そもそも、ルナの意中の相手がいる時を見つけるのが非常に難しいことに訪れ始めてから気づいていた。
あの時がかなり奇跡的な瞬間だったと気づくと、ベルは益々申し訳ない気持ちに襲われたが、申し訳ない気持ちだけでルナの恋が進展するわけではない。ベルはその申し訳ない気持ちを原動力に、何とかルナの恋を成就させてあげようと密かに強く思っていた。
そして、その数日後、いつものように狩人組合を訪れたベルとルナが、ついにその瞬間と立ち会うことになる。狩人組合の建物を覗いたところで、ルナの意中の相手を見つけたベルとルナはすぐに、その近くに問題の少年がいないかを確認していた。少年少女の姿をした狩人組合の人間は多く通りすぎているが、幸いなことにベルの恐怖の相手はそこには見当たらない。
今しかない。そう思ったベルがルナの手を引くと、ルナは深呼吸を一つしてから、強くうなずいていた。二人はゆっくりとルナの意中の相手に近づいていく。その近くの扉から例の少年が出てくる嫌な想像がベルの頭の中には広がっていたが、その想像も現実のものになることはなく、ベルとルナは無事にルナの好きな人の前に立っていた。
「あ、あの…!?」
再び深呼吸をしてから、意を決したようにルナが声をかけている。その声に声をかけられた相手は振り返り、ルナとベルを見て不思議そうな顔をしていた。
「君達はこの前の…」
「あの…あの時は急に走り出してごめんなさい。せっかく心配して声をかけてくれたのに…」
「いや、それはいいんだが…大丈夫だったのか?何か、二人共泣きそうな顔をしていたけど?」
「は、はい。あの…大丈夫です」
ルナは頬を染めながら、非常に緊張している様子だったが、せっかく訪れたこの瞬間を逃さないようにしているのか、何とか言葉を紡いでいた。その様子にベルは心の中でエールを送る。
ルナ、頑張れ。そう念じながら、二人のやり取りを見守ろうとする。
そうしたら、不意にルナの意中の相手が自分を見て、そのことに目を見開いて驚いてしまっていた。
「君も大丈夫だったのか?」
「あっ…はい。私も大丈夫です」
ベルが驚きながらも返事をしている間に、ルナは唇をまごまごさせていた。何かを言おうとしているようだが、それがうまく声にならないみたいだ。
その姿を見ていると、咄嗟にベルはルナの手を掴んでいた。ルナが驚いた目でベルを見てきたので、ベルは強くうなずいてみせる。そのことでルナの中の覚悟が決まったようで、ルナは好きな相手に目を向けていた。
「あの…その…私、服を作る仕事をしていて…」
「服飾職人?」
「はい。そうです」
「それなら、逢っているかもしれないな。たまに皮とかを卸しに行くから」
「その…皮とかって、ここにあるんですか?」
「ああ、あるよ。見る?」
「えっ…!?いいんですか!?」
目の前の相手のことも好きだが、ルナは根本的に服が好きだ。それに関わることも興味があるので、その提案はルナのテンションを上げていた。
その様子にベルは大丈夫かと心配するが、唐突に前のめりになったルナにも、楽しそうに笑顔を返す相手の様子を見て、ベルはほっと一安心する。
「見るだけなら大丈夫だよ」
「お願いします!!」
キラキラと目を輝かせるルナとその好きな人の様子を見て、ベルは自分の役目が終わったことを悟っていた。これなら、二人でもきっと大丈夫なはずだ。そう思ったベルがゆっくりとその場から立ち去っていく。
ルナ、頑張れ。そうやって、心の中でもう一度、エールを送りながら、ルナ達から見えない場所までベルは気づかれないように離れてきていた。ベルがいないことに気づいたら、ルナは心底驚くかもしれないが、前回と違って今回は一人でも話すことができるはずだ。
何より、あの相手なら、ルナが何を話しても、何を話せなくても、ちゃんと分かった上で相手をしてくれる。そう思うことができて、ベルはほっと一安心していた。
しかし、その安心もそこまでだった。ルナのことで頭が一杯になり、すっかり忘れていたが、そこは狩人組合だった。狩人が出入りをする場所であり、その場所に探した人物がいなくても、その場所に来る可能性は常にある。
そして、ベルの恐怖の相手である例の少年はルナの意中の相手の近くにいなかったが、その場所に来ないわけではない。
そのことに気づいたのは、ルナ達から見えないように廊下を曲がった直後のことだった。その時にはもう手遅れになっていることも同時に知る。
「君はこの前の…」
そこで遭った人物がそう声を発した。その声に反応し、ベルの身体がビクンと反応する。ベルは自分自身の表情が分からないほどに、恐怖で顔を引き攣らせ、そこに立っている人物を見ていた。
もちろん、相手はベルの恐怖の対象である例の少年だった。
「どうしたの?この前、一緒にいた子は?」
そう聞かれたことで、ベルはぶんぶんとかぶりを振っていた。普通なら声を発するところだが、恐怖で口が動かないので、言葉の一つも発することができない。
「ここに何しに来たの?」
少年がそう質問しながら、ニコリと笑った。それは普通の笑みだったが、今のベルからすると恐怖を増長させるスイッチでしかなかった。
気づいた時には一歩二歩と後退り、少年が不思議そうな顔をした直後、ベルは一目散に走り出していた。
「え!?」
後ろから驚いた少年の声は聞こえてくるが、ベルは気にすることなく走っていく。ただひたすらに走り続け、気がついた時には、ベルは自分のベッドの上で毛布に包まっていた。
「怖い…」
ルナのことから一安心した気持ちは消え失せ、薄まる気配のない恐怖心が毛布のようにベルを包み込んでいた。
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