11歳(3)
リリパットは特別大きな村ではない。規模はあくまで村であり、王都と行かずとも広い街と比べると十分に狭いと言えるのだが、小人が集まってコミュニティーを作っているところから分かる通り、決して狭すぎるわけでもなく、知らない顔も多かった。その最たる例がベルの出遭った血塗れで笑う少年なのだが、ルナの好きな人もその知らない相手にカウントされるらしかった。
そもそも、ベルは異性の知り合いがあまり多くなく、その数少ない知り合いも同世代は身内しかいないので、知らなくて当たり前とも言えるが、だとしたら、ルナがどうして知り合ったのかは気になるところだった。
「その人って何をしている人?服を作っている人?」
ルナの案内でルナの意中の相手のところに向かいながら、ベルは気になっていたことを聞いていく。ルナは恥ずかしそうにしながらも、ベルの質問にかぶりを振っている。
「違うよ」
「じゃあ、どこで逢ったの?どうやって知り合ったの?」
「知り合ったというか…相手は私のことを知らないと思う…」
「どういうこと?」
「私の一方的な一目惚れだから」
「カッコ良かった?」
「うん…」
照れながらも嬉しそうにうなずくルナに、ベルも妙に嬉しい気持ちになっていた。普段は恋愛の一切に興味がなく、植物にしか目がないベルだが、流石に親友とも呼べるルナの恋愛となると話が違っているようだった。何としてでも応援したいという気持ちから、ベルが何をするわけでもないのに、既に気合いが入ってきている。
「そこの人なんだ」
やがて、ルナが辿りついた場所はリリパットにいくつかある組合の建物だった。職人が集まって作る組合は仕事の依頼を受け、様々な工房に仕事を分配する役割などを負っており、工房で仕事をする職人は基本的にその仕事の組合に属していた。
服飾職人として働いているルナもその組合に属しているはずだが、ベルが連れられてやってきた場所は服飾職人の組合の建物ではなかった。
「ここって…」
組合の建物に掲げられた看板を見つめながら、ベルが呟いていた。組合の建物の看板には、その組合が何の職人が集まってできた組合かを表すマークが描かれている。例えば、ルナの所属する服飾職人の組合なら、看板に描かれているマークは服のマークだ。
今回の場合はそこに鹿の横顔が描かれていた。それも牡鹿のようで、頭には角が生えている。鹿に関わる仕事なら、鹿の肉を売る仕事や鹿の皮を鞣す仕事も考えられるが、それらの職人で組合ができるとは考えづらい。鹿限定というわけではないと思うが、鹿のマークを掲げていて違和感がなく、組合ができるくらいの職業となると、ベルは一つしか思いつかない。
「狩人組合?」
「そう。その人、狩人をしているの」
リリパットに住む狩人は大きく分けて二つの仕事をしている。生活のために必要な動物の狩猟と、生活に害をなす動物の駆除だ。生活の基盤になっているのは前者で、例えば鹿なら狩猟から鹿そのものの解体、皮や肉、骨などの部位ごとの販売まで狩人が行うこともあるそうだ。
そのことを考えている段階で、ベルは妙に嫌な予感に襲われていた。まさか、という考えが頭の中を過りながらも、ルナと約束した手前、帰るとも言い出せないので、ベルはルナについて狩人組合の建物に入っていく。
建物内は独特の獣の臭いで包まれていた。ベルは森で動物と遭遇することがあり、ルナは服を作る際に動物の皮を用いることもあるので、揃って慣れている臭いだったが、それでも、建物の中は異常と言えるくらいに臭っていた。
「凄く動物の臭いがするね」
「うちの工房もするけど、それよりも凄いね」
二人は組合の珍しさに笑いながら話していた。ベルを襲う妙に嫌な予感は消えていないが、知らない世界を知ることは意外と楽しいものだったので、その感覚も気にならなくなっていた。
何より、決まったことではないのに、勝手に怖がっているなど馬鹿らしいとベルは思っていた。
そこで不意にルナが立ち止まっていた。組合の建物を歩いている途中のことで、ベルも釣られて立ち止まり、二人が急に立ち止まったことでぶつかりそうになった男の人から睨まれる。
「あ…ごめんなさい…」
ベルが怯えながら謝ると、その人は眉を顰めながらも怒ることなく、その場を立ち去っていった。その姿をほっとしながら見送ってから、ベルは改めてルナに目を向ける。ルナは立ち止まったまま、一点を見つめて固まっているようだ。
どうしたのだろうかと思いながら、ベルがルナの視線の先に目を向けると、そこにはベルやルナより少し大きな少年が立っていた。やや尖ったような印象を与える目元がクールなかっこ良さを持っている少年だ。その少年をじっと見つめて動かないルナの姿に、流石のベルも察していた。
「あの人なんだね」
ベルが隣で呟いたことにルナが驚きながら目を向けて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、嬉しそうにうなずいている。
その姿にベルも同じように嬉しくなりながら、心のどこかでほっとしていた。さっきまでの嫌な予感はただの思い過ごしだった。
ベルはルナが歩き出せるように優しく背を押して、一緒にベルが見ていた少年のところに歩いていこうとする。
その直前、少年が立っていた場所のすぐ近くの扉が開き、中から別の少年が姿を見せていた。どうやら、ルナの意中の相手はその人物を待っていたようで、部屋から出てきた少年を見て声をかけている。
「仕事は受けられたか?」
「これでいいかな?」
何かの紙を渡しながら話し合っている二人を見て、ベルはルナの背中に手を当てたまま固まっていた。ルナはその様子を不思議そうにしながらベルを見て、ベルの顔色に気づいたようで、慌ててベルの肩を掴んでくる。
「どうしたの!?大丈夫!?顔が真っ青だよ!?」
「あの人だよぉ…」
「え?」
「あの人が例の人だよぉ…!?」
今にも泣きそうになりながら、ベルは部屋から出てきてルナの意中の相手に声をかけた少年を見ていた。それは間違いなく、森の中でビカクシダに止めを刺し、血塗れでベルに笑いかけてきた例の少年だった。
ルナはそのことに驚き、例の少年に目を向けてから、ベルに少し固まった微笑を向けていた。
「で、でも、優しそうな人だよ?大丈夫だよ。ね?行こう」
ルナは必死にそう言ってくるが、ベルはゆっくりとかぶりを振ることしかできない。
「無理だよぉ…もう行けないよぉ…」
「そんなこと言わないで。お願いベル。私一人だと声かけられないの…」
好きになった人に声をかけたいルナは必死に頼み込んでいたが、ベルはどうしてもうなずくことができなかった。涙目になりながら、必死にかぶりを振るベルを見て、ルナも同じように涙目になっていく。
「そんなぁ…せっかく、話せるかもって思ったのにぃ…」
「ごめんねぇ…でも、怖くてぇ…」
「ううん…私に覚悟が足りないだけだから…ベルは悪くないよ…」
そうやって今にも泣きそうになりながら、明らかに組合の人間ではない二人が立ちつくしていたことで、どうやら目立ってしまったようだった。しばらくすると、二人は声をかけられていた。
「大丈夫か?」
その声に反応し、振り返ったルナが振り返った体勢のまま固まってしまう。ベルはルナ越しに声をかけてきた人物に目を向け、ルナと同じように固まる。
そこにはさっきまで見ていたルナの意中の相手と、ベルの恐怖の相手が揃って立っていた。
「どうしたんだ?」
「え…いや、その…あの…」
好きな相手に話しかけられたことで困惑し、ルナはあたふたと慌て始めている。本来ならここでベルが助け舟を出すところなのだが、この時のベルはそれどころではなかった。ルナの好きな相手の隣に立っている例の少年を見つめたまま、ベルは恐怖のあまりに動けなくなる。
そこで不意に少年がベルのことを見てきた。その視線にベルはどんどん顔を引き攣らせていく。
そして、少年が笑った。あの時と同じ笑顔だ。
それを見た瞬間、ベルの中で膨らんでいた恐怖が破裂し、ベルは一目散に逃げ出していた。そのベルにルナは驚き、一人取り残されたことに更に緊張が高まっていく。
「ご、ごめんなさい!?」
慌てて声をかけてくれた意中の相手に謝罪し、ルナもベルの後を追いかけるように走り出していた。
その後、ルナがベルに追いついた時、二人は狩人組合から離れたベルの家の前までやってきていた。
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