発覚(4)

 エルは後ろから追いかけてくるシドラスとパロールの存在に気づいていたが、その二人に追いつかれることはなかった。パロールはそもそもエルに追いつけるほどに足が速くない上に、問題だったシドラスは道中でいつのまにか姿を消していた。恐らく、衛兵かエルの嫌いな悪魔に呼び止められたのだろうと想像つく。


 それよりも、今は一刻も早くガゼルに追いつきたい気分だった。ガゼルの行ったことの意味するところが分かったエルとしては、ガゼルを許すことがどうしてもできない。言ってやりたい言葉がいくつも浮かんできて、エルの気持ちを歪に膨らませる。


 問題は、王城を飛び出したエルがどこに向かえばいいのか、という点だった。ガゼルが王城を出た理由に、ベルのことが関わっているとは想像できるが、その居場所をシドラスに聞くこともなく飛び出してしまったエルは向かう場所が分からない。


 そういえば、シドラスと一緒にいたはずのイリスがいなくなっていたと思い出し、エルは考える。アスマや誘拐犯のベルと接触していたのなら、イリスはそこに戻った可能性が高い。イリスの行き先が分かれば、そこがガゼルの目的地ということになるが、そもそも、ガゼルがイリスの行き先を知っているとは思えない。少なくとも、イリス達がガゼルに場所を教えることはないはずだ。


 そこでエルは可能性に気づいた。ガゼルが姿を消した時とイリスが王城を去った時間帯が近しいのなら、ガゼルが王城を出るイリスを目撃した可能性がある。そこから場所を知る可能性が残っている。

 つまり、イリスを見つけたら、エルはガゼルに辿りつくということだ。


 そう思ったが、エルはイリスの居場所も知らないので、結局、王都の街のどこに二人がいるのか分からない。


 そのことに表情を歪めた時、人だかりができていることに気がついた。何かあったのかと思い、その人だかりに近づいてみると、集まっていた市民の一人がエルに気づき、嬉しそうな顔をしている。


「エル様!?ちょうど良いところに来てくださいました。困っていたところなのです」

「いや、悪いんだけど、俺も今、急いでいて」

「イリス様が動けなくなっていて、王城にお連れしようとしたのですが、イリス様が困ると言い出しまして」

「イリスちゃん?」


 探していた一人の名前が出たことで、エルは慌てて人混みを掻き分けて、その向こう側に移動する。そこには白い光の紐で拘束されたイリスが倒れていた。


「今はそれどころではなく、急がないといけないのです!?」


 必死に叫ぶイリスがエルの姿に気づき、驚いた顔をしている。


「エル様!?どうして、ここに!?」


 エルは屈み込み、イリスの身体を拘束している光の紐に触れてみた。それはエルが作った三式魔術であり、大々的に公表していないこともあって、使える人間は限られているものだ。それを実戦の中で瞬時に使える魔術師はエルだけだろうが、ガゼルは数日前に魔術そのものを収容できる容器を購入していたので、それを活用したら即座に使用することも可能のはず。


「師匠の仕業か…」


 そう微かに呟いたエルに、イリスは驚きの目を向けていた。イリスは王城でパロールが調べたことを知らないはずだ。まだ状況が理解できないのだろう。


「イリスちゃんは知っているんだよね?例の血液だけで、一致したそうなんだ」

「え?それって…」

「それも、カイザーの血液と一致したらしい」

「カイザー?」


 イリスはその名前がすぐに分からなかったようで、怪訝げに眉を顰めていたが、少ししてから思い出したのか、衝撃で表情を間の抜けたものに変えていた。


「それって…じゃあ、もしかして、ベルさんは…?」


 そう呟くイリスにうなずきながら、エルは白い光の紐に手を伸ばす。エルの作り出した魔術のため、それを解くことは簡単だ。


「師匠はどこに行ったの?」

「恐らく、殿下のところに」

「場所を教えたの?」

「いえ、話の中で悟られてしまいました」

「悟られたって?」

「昨日、私が目を離したことが原因だと話していたら、ガゼル様の言葉につい動揺してしまって」


 イリスの言葉は衛星のように問題の周りを回っているだけだったが、その最後の部分はエルに十分なヒントを与えてくれていた。


 昨日の出来事で原因となる出来事はアスマの誘拐しかない。その発生は王城に届けられた手紙で知るが、その時の外出の目的はパンテラに向かうことだ。その途中、同行していたイリスが目を離した隙に、アスマは姿を消した。それを話したことで、ガゼルから動揺する一言を言われてしまった。その言葉の可能性として高いのは、明確な場所の指摘だろう。ガゼルからアスマが隠れている場所が飛び出て、そのことに動揺してしまった。

 そこまで考えると、答えは見えている。その話の中で出てくる場所は一つだけ。


 アスマと誘拐犯のベルはにいる。


 不意にエルは立ち上がっていた。イリスや周囲にいた人々がその行動に驚いている。その中でエルは周囲の市民に目を向け、イリスを指差す。


「これは王城でしっかりと魔術師が見た方がいいので、王城に届けてあげてよ」

「ちょっと待ってください!?エル様は何をお考えで!?」


 そう聞いてくるイリスを一切見ることなく、エルは小さな声で呟く。


「ごめんね」


 そのまま、人混みを抜け出すようにエルは走り出していた。後ろからイリスの声が追ってくるが、エルはその声を無視して、決まった目的地に走り出す。

 ガゼルはパンテラに向かった。そのことに確信を持っていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 ガゼルはアスマと一緒に向かうエルに誘われ、数度パンテラを訪れたことがあった。そのため、ガゼルの来訪自体にグインとベネオラが驚くことはなかった。強いて言えば、エルを連れずにガゼルが一人で来たことに驚いていたようだ。


 ただし、その驚きがないことも、普段のガゼルだったら違和感に覚えていたことだった。


 何故なら、ガゼルが一人でパンテラに訪れる理由がないからだ。ガゼルが一人でコーヒーを飲みに来ることはまずなく、その時はきっとグインとベネオラも驚いていたに違いない。

 そこに驚きがなかったということは、今はその理由があると、少なくとも二人は思っていることになる。

 それがイリスの行動と共に、ガゼルの知りたかった答えを示していた。


「ここに殿下がいるとイリスから聞いて、来たのだが?」


 衛兵が不意に訪れた際に、アスマの存在を二人が漏らしてしまっては隠れている意味がない。ある程度は口止めしているはずだが、既に知っている相手なら、それも必要がない。イリスが話していると聞けば、隠しているものも出てくるはずだ。


 その憶測は正しかったようで、少し迷ったようにグインと顔を見合わせていたベネオラも、やがて口を開いてくれた。


「ガゼルさんは衛兵じゃないし、イリスさんが話しているなら、多分大丈夫ですね。いますよ。案内しましょうか?」

「ああ、お願いする」


 ガゼルが頼むと、ベネオラは店の奥に案内してくれる。その場所はグインとベネオラの居住スペースになっていることは以前に聞いたことがある。その中の一部屋の前で立ち止まり、イリスが教えてくれた。


「ここにアスマ君達がいますよ」


 アスマだけでなく、まだ人がいることを知り、ガゼルはこの奥に目的の人物がいることを理解した。外套を被ったあの人物の正体は未だに分からないが、ここで逢うことで全てがはっきりする。場合によってはアスマを利用することも辞さないつもりだ。


 そう思いながら、部屋の扉を開き、そこでガゼルは動きを止めていた。その奥をじっと見つめたまま、動けなくなる。

 その様子を不思議に思ったのか、ベネオラが部屋の中を覗き込んできた。


「あれ??」


 不思議そうに呟くベネオラの声を聞きながら、部屋の中を見回す。部屋の中に人がいた痕跡はあるが、隠れられる場所は見当たらず、隠れる理由もないように思える。匿ったと一瞬、ベネオラを疑ったが、その疑いも部屋の奥にある窓を見たところで消える。


 ガゼルは部屋の中に入り、心地好い風に吹かれながら、の窓に近づいていた。


 理由は分からないが、間違いなく、ここから抜け出したとガゼルは思っていた。もしかしたら、ガゼルが来たことで逃げ出したのかと考えてみるが、窓の奥は見通しのいい路地であるはずなのに、姿が見当たらないことを考えると、その可能性も薄いように思える。


「さっきまで、いたんですけど」


 不思議そうに呟くベネオラの声を聞きながら、ガゼルはどうするかを考えていた。このまま、ここで待つ手もあるが、イリスを拘束した手前、あまり時間はかけたくない。どれくらい前に出たか分からないが、ベネオラの発言から、そこまで時間は経っていないはずだ。今すぐ追いかけたら追いつけるかもしれない。

 そう考えをまとめながら、ガゼルはベネオラを見ていた。


「どうやら、勝手に抜け出たらしい。少し探してくる」

「そうなんですかね?でも、何で?」

「遊びたい盛りなのだろう」

「ああ」


 ベネオラはアスマの顔を思い出したのか、ガゼルの言葉に納得していた。ガゼルはグインとベネオラに礼を言ってから、店を後にする。


 さて、問題はここからだ。アスマがどこに行ったのか分からない以上は、予想しながら探さなくてはいけない。他に手段があればいいのだが、今は王城に戻る時間も勿体ないくらいなので、他の手段は検討できないだろう。

 そう考えるガゼルは聞こえてくる足音にすぐ気づいた。誰かが歩いてきたと何の気なしに、その足音のする方に目を向ける。


 そこでガゼルは少し固まってしまった。


「師匠」


 そう呟くエルがそこに立っていた。その目はまるでガゼルを睨みつけるようだった。

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