発覚(3)

 一度自室に戻ったパロールが姿を現してから、エルが代表してガゼルの部屋の扉を開こうとしていた。ドアノブを握り、開くために回そうとしているが、さっきシドラスが入った時と違い、扉が開く気配はない。


「どうしたのですか?」

「ああ、そうか。ごめん。見ていたのに忘れていたよ」


 そう言いながら、エルはドアノブから手を放し、代わりに掌を向けていた。直後、手の中に術式を作り出し、ドアノブの表面を術式で撫でるように動かす。


「それは?」

「解錠中」


 やがて、ドアノブの内側から小さな音が聞こえてくると、エルは術式を向けていた手を止め、再びドアノブを握っている。

 それから、再び回してみると、今度は驚くほど簡単にドアノブが回り、扉が開いた。


「普通の鍵じゃなくて、魔術で鍵を閉めてたんだよ。それなら、君は壊そうとしても、この扉を開けられないからね」


 シドラスを指差しながら、エルが部屋の中に入っていく。シドラスとパロールもそれに続こうとするが、二人が部屋に入ろうとした瞬間、エルが入口近くで足を止める。


「ここ」


 振り返ったエルが足下を指差しながら呟いた。シドラスはエルの足下に目を向けてみるが、そこには何も落ちていなければ、何かがあるわけでもない。


「その場所が?」

「ここで師匠は屈んでいたんだ。ちょうど、このベッドを覗くように」


 そう言いながら、エルはその場で屈み込み、ベッドの下を覗こうとする。まだ部屋の中にちゃんと入ることもできていないシドラスとパロールは、その様子を不思議そうな顔でただ眺めることしかできない。


「あった」


 エルが小さく呟き、ベッドに手を置きながら立ち上がった。そのまま、ベッドを示すように何度かベッドを叩きながら、シドラスに言ってくる。


「このベッドを動かすよ。手伝って」


 シドラスはうなずき、エルと一緒にベッドの片側を持ち上げた。そのまま、ゆっくりと横に移動して、ベッドを部屋の中央に動かす。


 すると、ベッドの下から小さな扉が姿を現した。さっきエルが作り出したような術式が描かれた小さな扉だ。その扉の存在にシドラスだけでなく、パロールも驚いている。


「さっき、ここで師匠がこの下を確認していたんだ。多分、これを見ていたんだと思うよ」

「なら、この中に?」

「可能性は高いね」


 シドラスは小さな扉を開けるために、小さなドアノブを握ってみるが、そのドアノブは入口と同じように動く気配がない。


「普通に開けても無理だよ。その表面に描かれた術式が鍵になっているから」


 エルがシドラスの隣まで歩いてきて、シドラスに代わって小さな扉に手を触れる。指で術式をなぞるように手を動かし、納得したように小さくうなずくと、入口の扉と同じように手の中に術式を作り出し、扉の表面の術式と合わせるように手を近づけていた。

 そのまま動きを止めていると、少しして術式が空気中に溶けるように消えていった。エルがシドラスを促してきて、シドラスが小さなドアノブを握ると、さっきまでと違い、今度は簡単に回るようになっている。


「中は二人が確認してよ。もしあるなら、俺は見れないから」


 エルが小さな扉から離れて、交代にパロールがシドラスの隣に移動してきた。エルが小さな扉に背中を向けたことを確認してから、シドラスが小さな扉を開いていく。


 中には深さ二十センチくらいのスペースがあり、そこにそのスペースよりも少し小さな箱が収まっていた。その箱を取り出し、シドラスとパロールが見てみるが、扉にあったような術式は見られない。


「これは普通に開きそうですね」


 シドラスはそう呟きながら、蓋に触れてみる。思った通り、蓋は少し触れたくらいで軽く動くくらいで、開けることは簡単そうだ。


「開けますよ」


 一応、そう確認してから、シドラスは箱を開いていた。パロールがシドラスの隣に顔を近づけてきて、二人は一緒に開いた箱の中身を見る。


 箱の中には白い綿が敷き詰められており、その上に小瓶が二つ置かれていた。シドラスの手で隠れるくらいの大きさで、二つとも中に赤黒い液体を入れている。そのどちらにもラベルが貼られており、片方に書かれた文字を見るなり、シドラスとパロールはつい顔を見合わせていた。



 パロールがラベルに書かれた名前を読み上げると、シドラスは小さくうなずいていた。


 その名前は間違いなく、十七年前に死亡したのものだった。まだ子供だったシドラスはあまり覚えていないが、その当時を体験しているパロールはその名前を良く覚えているようで、自分で呟いた直後、表情を強張らせている。


「あったの?」

「はい。ありました」


 シドラスの言葉に思わずエルが振り返りかけて、慌てて動きを止めていた。血液恐怖症のエルが小瓶一杯の竜の血を見てしまったら、卒倒することは目に見えている。


「パロールちゃん、お願い」


 エルが背中を向けたまま言うと、パロールはエルが見えないにも拘らず、小さくうなずいてから、一度自室に戻って取ってきた魔術道具を並べ始めた。部屋は物が少なく酷く殺風景だったが、必要最低限の物は捨てることなく取っていたらしい。


 パロールは少し分厚く、布くらいの厚さをしている紙を二枚並べてから、ゼットと書かれた小瓶とベルの血液の入った小瓶を手に持っていた。それぞれの小瓶から、紙の上に血液を一滴垂らすと、そのまま、しばらく放置する。すると、表面上にきらきらとした結晶が姿を現していた。


「それは?」

「魔力の塊です。これをこの液体に溶かして、完璧に結晶が消えたら、魔力の性質は同じということになります。簡易的な方法ですみません」

「いえ、それが分かれば十分です」


 パロールが取り出した器一杯の液体の中に、紙の表面に現れた結晶を溶かしていく。掻き混ぜていると、だんだんと結晶の数が減っていくのが分かる。


 そうして待っていたが、少ししても、結晶はしか解ける気配がない。


…?」

「それはつまり?」

「この血液に、この竜の血はということです」


 パロールのその一言を聞いた瞬間、二人の隣でエルが小さく笑い始めていた。小さく震える背中を二人は驚いた顔で見つめる。


「やっぱり、あの人はそんなことしてなかったんだよ。その小人が嘘をついていたんだ」


 そう嬉しそうに呟く声を聞きながら、シドラスはベルのことを思い出していた。とても嘘をついているようには思えなかったが、結果が出てしまってはそう判断するしかないのかと、少し残念な気持ちになる。信じたアスマを否定しなければいけないことに、シドラスは息苦しさを覚える。


 それから逃れるように視線を逸らした先で、先ほど取り出したばかりの小さな箱が目に入った。ラベルにゼットと書かれた小瓶は取り出したが、その中にはまだが残っている。


 そういえば、どうして二つに分けているのだろうかと思い、その小瓶を手に取り、ラベルを見た瞬間、シドラスは動きを止めていた。一瞬、理解が追いつかなかったが、しばらくして、思い出したことにより、に納得する。


 そこで不意にベルの言葉を思い出した。


「調べてもらえれば、確実に証拠になる」


 その言葉の意味を考え、シドラスは一つの可能性に行き当たる。


「まさか…」

「どうしたのですか?」


 自分を見るパロールの視線に気づき、シドラスはその手に握っていたもう一つの小瓶を差し出していた。


「これもベルさんの血液と照合していただけますか?」

「それは…?」


 パロールが小瓶を受け取り、ラベルに書かれた名前を読んだ瞬間、驚きの目をシドラスに向けてきた。


「まさか…でも、これって…」

「その可能性は大いにあると思います」


 パロールは迷いながらも、再びゼットの血液でしたように、その二つ目の小瓶の中身とベルの血液を照合してくれる。きらきらとした魔力の塊を作り出し、液体を新しくした器の中に、それを落としていく。そこから、しばらく掻き混ぜていくと、ゆっくりと結晶が解け始める。


 やがて、パロールが掻き混ぜることをやめた時、器の中に入れたはずの結晶は



 その一言にエルが驚き、思わずこちらを振り向きかけていた。シドラスは咄嗟に小瓶を隠そうとし、振り返りかけていたエルはその動きに気づいたことで動きを止めている。


「ご、ごめん!?でも、一致したって?さっきは一致しないって…?」

「もう一つ、小瓶があったんです。そちらと一致しました」

「もう一つの小瓶?」

「はい」


 シドラスはもう一つの小瓶に書かれた名前を読み上げる。その名前に顔を見なくても、エルが驚いていることは分かった。


「そう書かれた小瓶と一致しました」

「それって、まさか…?」


 エルがシドラスやパロールと同じ結論に至ったらしく、小刻みに身体を震わせ始めていた。その姿に心配になったのか、パロールが声をかけようとしている。


「エルさ…」


 そこまで言った瞬間、エルは唐突に立ち上がっていた。その動きに嫌な予感を覚えたシドラスは慌てて止めようとする。


「エル様、お待ちくださ…!?」


 シドラスの言葉を最後まで聞くことなく、シドラスが立ち上がるよりも先に、エルはガゼルの部屋を飛び出していた。


「エルさん!?」

「追いかけましょう!!」


 シドラスとパロールもそれに続いて、ガゼルの部屋を飛び出す。誰もいなくなった部屋の中には、『ゼット』と『』と書かれた小瓶が転がっていた。

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