発覚(5)

 パンテラに珍客が訪れる少し前のことだ。あまりに戻ってこないイリスに、アスマの心配は頂点に達しようとしていた。自分が動けないことも、下手に行動しない方がいいことも分かっているアスマでも、イリスを探すべきだと思い始めているようだ。

 それを何とか止めているベルも、内心はイリスに何かあったのかと不安になり始めていた。そもそも、イリスは巻き込む予定のなかった人物であり、イリスに何かあったとしたら、それはベルも想定外のことだ。アスマを巻き込んだ身で言えることではないが、申し訳ないで済む話ではないかもしれないと考えてしまう。


 アスマと違い、ベルならイリスを探しに行くこともできるが、イリスが帰ってこない理由にガゼルも関わっている可能性があると、流石のアスマも気づいているため、ベルが一人で行くことは許してくれなかった。

 アスマ曰く、自分が一人で行くか、ベルと二人で行くかの二択らしい。ベルは実質、一択じゃないかと思うが、その一択も選ぶべきものではない時点で、選択肢はないに等しい。


 そうして、攻防を繰り返している中で、アスマの心配が頂点に達した頃、ベルもベルで流石に探すべきかと結論づけようとしていた。


「あまりに帰ってこないから、一度様子は見に行った方がいいかもしれない。私達に何ができるとは限らないが、場合によってはイリスを助けられるかもしれない」

「え?そうなの?」


 アスマはそこまで考えていなかったのか、驚いた声を漏らす。


「一人で行動しているイリスが怪しまれているかもしれないだろう?その時にお前が見つかったら、イリスの疑いは晴れるかもしれない」


 あくまで予想であり、それ以外の可能性も非常に高いが、一応は自信を持ってベルは言っておいた。アスマが見つかったら、イリスに対する疑いどころではなくなるので、あながち間違っているわけでもない。

 その言葉を信じたのか、ただ心配が頂点に達したのか分からないが、アスマは今にも部屋を飛び出しそうな勢いで立ち上がる。


「それなら、行こう。今すぐ行こう」


 言いながら、アスマは部屋の片隅に置いていた外套を手に取っていた。外套を被っていたら、衛兵がアスマをアスマと気づけないので、ベルの言ったイリスを助ける可能性はなくなるのだが、そのことに気づいているのかとベルは聞くことができない。


 ベルが一人で行くことをアスマが許してくれず、アスマも連れていかなければいけないのなら、アスマが外套を被って、身分を隠しておくことは絶対だ。そうしないと、事件の全てが明るみに出てしまい、ガゼルを追及するどころではなくなる。


「本当に行くのか?」


 ベルが再度確認を取る間に、アスマは手に取った外套を被っていた。もうすっかり行く気かと思っていると、ベルの言葉に不思議そうな顔でうなずいてくる。


「もちろん。ベルもその気になったんじゃないの?」

「いや、何だ…」


 ベルは照れ臭そうに視線を逸らしていた。冷静になってみると、イリスを探しに行く理由はないはずだ。見つかる危険性がある上に、ベルの目的とは関係のないことであり、ベルの目的だけを考えるなら、イリスを探しに行くことにはリスクしかない。


 それなのに、イリスを探しに行くことを考えてしまっていたのは、心配そうにしているアスマが気になったからなのか、それとも、ベル自身がイリスのことを気にしていたのか。どちらにしても、今のベルはそれが自分の目的のためにも必要だと思ってしまっている。


 そのことが恥ずかしく、どこか悲しい。こうならないように気をつけてきたつもりだが、ここに来て気が緩んだのは、アスマが原因かもしれない。

 外套を被って自分を不思議そうに見てくるアスマの姿に、ベルはそう思っていた。


「そう…かもしれないな」


 せっかくなら、それが夢だと気づかなければ良かったのだが、大概ベルはこういう時に夢だと気づいてしまう。今回もそれで、アスマを見ていても、それがずっと続くわけではないことに寂しさを覚えていた。


「なら、行こう」


 アスマがベルの手を引っ張り、部屋から出ようとする。ぼうっと眺め、されるがままになっていたベルも、その動きに気づいた瞬間、慌ててアスマを止める。


「ちょっと待て。そっちはダメだ」

「え?何で?」

「お前と私の二人で出かけたら、あの二人に怪しまれるだろう?」


 少なくとも、イリスが戻っていない状態で王子を出かけさせるとは思えない。それは客人ということになっているベルも同じはずだ。正面から出ることは無謀と言えた。


「出るなら、そっちだ」


 ベルが反対側で閉じている窓を指差す。そこからなら、店にいる二人にも気づかれずに抜け出すことができるはずだ。


「何か、いけないことをしているみたいだね」


 窓を見たアスマが心底楽しそうに呟いている。その姿にベルは呆れた笑いしか出てこない。


「いけないことをしているんだ」


 それは自白に近かった。ベルは自分で何を言っているのかと馬鹿らしく思いながら、気づいた表情をするアスマに笑みを向けている。

 本当に自分は馬鹿らしいと思いながら、ベルはアスマと一緒に窓から外に出る。


 しかし、それも仕方がないと思ったのは、アスマと並んで外の路地を歩き出したところだった。


 だって、こうして誰かと一緒に歩くのも、随分とのことだから。そう思いながら、ベルはアスマと一緒に路地を進む。


 問題はイリスがどこにいるか分からないことだと、まだ気づいていなかった。



   ☆   ★   ☆   ★



 エルがその場に立ち、ガゼルを呼び止めたことも、ガゼルを睨みつける視線も、全てがガゼルの想定外だった。少なくとも、そこまでの時間はあると思い込んでいた。


「師匠」


 再度自らを呼ぶエルに、ガゼルは動揺を隠しながら、何とか口を開く。


「どうした?こんなところまで来て?」


 それは自分も同じことだと、自分の言葉の穴に気づきながら、エルの言葉を待っていたが、エルはその穴を突くことはなかった。

 代わりにガゼルの意識の外から、ガゼルを鋭く貫く言葉を投げてきた。


。あれは何なの?」


 その瞬間のガゼルの頭は凄まじく回転していた。エルが本当に何かを聞いている可能性もある。そもそも、そこをどうやって見つけたのか。もしかしたら、見られていたのか。それなら、その扉を開けることはあり得る。だが、その中身を見たのなら、エルがここに来られるわけがない。

 一体、どういうことだ。答えは出ないまま、ガゼルは黙り続けてしまう。


「聞き方を変えようか?師匠がの?」


 ベルの存在を知らないガゼルは、エルがその事実をどうして知っているのか分からなかった。それは手紙を渡してきた人物も同じことであり、そこからシドラスやイリスに知られている可能性もある。

 それを知られたこと自体はどちらでも良かった。証拠が見つかっていないのなら、何とでも誤魔化せるからだ。


 問題は、その証拠の居場所をさっきエルが口に出したことだ。

 ガゼルはようやく、エルが睨みつけた理由が分かってきていた。


「何を知った?」


 ガゼルが聞いてみると、エルは表情一つ変えることなく、ガゼルに教えてくれる。


「ベッドの下には師匠の秘密が隠されていた。誰かに見られたくなかったのか、俺が見ないようにしてくれていたのか、そう思っても、それにしては厳重だと思うよ。魔術まで使って隠すなんて」

「そうか。それを開けたのはお前か」

「そう。それで、その秘密はあのパロールちゃんが調べたんだよ」


 それは普通に驚いていた。パロールが関わってくる可能性は全く考えていなかった。ただ仮に関わってきても、ガゼルにとっては問題になるはずがないが、強いて言うのなら、自分の軽率な行動が原因かとガゼルは遅い反省をする。


「師匠の秘密は二つ。一つは『ゼット』。もう一つは『カイザー』。ゼットは否定されたから、その時までは良かった」


 ここのエルの台詞はガゼルの分からないものだった。物が見つかっているのなら、それだけでガゼルは理由として使われるかもしれないと思い、それを誤魔化すための手段を用意しようとしていたのだが、エルはその先に証明された理由があるように語っている。


「けど、もう一つは違った。カイザーの方は一致したんだって」

「一致…?」


 ガゼルは未だにエルが何を言っているのか分からなかったが、エルの怒りが表面に現れていることだけは分かった。明確な怒りを向けながら、エルが最後の言葉を投げかけてくる。


「カイザーっての名前だよね?この国がに、ニンフ共和国と手を組んで討伐した竜の名前だよね?」


 そう確認するエルは怒りを剥き出しにしていた。その怒りの意味するところをガゼルはまだ知らなかった。

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