発覚(1)
シドラスとイリスを追い返したパロールだったが、再び一人になった部屋の中で、シドラスから聞いた話を何度も反芻していた。内容は荒唐無稽と言えなくもないが、十七年前に常識を覆されたパロールからすると、十分にあり得ることだと思った。ラングやエルが確実に関わっていないとシドラスが判断したことも、絶対に間違えられない騎士の立場を考えたら、十分に理解できる。
しかし、それらの理解と、パロールに何かできるかどうかは別の話だ。十七年前に自らの可能性に絶望したパロールからすると、自分にできることは皆無であり、仮に十七年前にできたことがあっても、ラングに駆り出された時以外に魔術と関わることのなかった今のパロールにできるとは限らない。
シドラスとイリスがどれだけ望んでも、パロールにできることはなく、パロールに頼むことそのものが間違いだ。
そのはずだった。少なくとも、パロールは今もそう思っているが、その思いの中に入り込んでくる声が、パロールの考えを惑わせる。
「私にしかできないことがあるのなら、それを全力で果たさなければいけないって思ったんです」
「パロール様にしか頼めないのです」
早朝に聞いたイリスの言葉に、さっき聞いたイリスの言葉が重なり、パロールの中で大きな声になる。
自分にしかできないことなどない。この十七年間、パロールはそう信じて生きてきた。その思いは今も変わっていない。そのはずなのに、その声がどうしても頭から離れないのは、その言葉をまっすぐに言うイリスの姿を見たからなのだろうか?それとも、不死身というベルの話を聞いたから?もしくは悩む様子のエルの姿を見つけたから?
そうやって考えて、パロールは分かり切っている答えに目を瞑る。その声が頭から離れないのは、十七年間もの間、ずっとその声を探していたからだ。自分を肯定できる瞬間が欲しかったからだ。そこにアスマの誘拐や不死身のベルのことや悩むエルの姿が重なり、パロールの中で明確な気持ちとして浮き彫りになってしまった。たったそれだけのことだ。
しかし、それを認めると、パロールの十七年間がなくなる。何もない空っぽだったが、確かに存在していた時間を、自ら否定することになる。そのことだって、パロールは十分に怖いと思っている。
だからこそ、パロールはシドラスとイリスを追い返しても、まだ悩み続けていた。本当にこれで良かったのかという気持ちを、本当にこれで良かったのだという気持ちで押さえつけて、必死に目を瞑ろうとしているのに、それがうまくできない。
言葉にできないほど落ちつかない気持ちを抱えたパロールは、一度その気持ちを整理したいと思った。そのためには冷静さを取り戻す必要がある。
しかし、このまま部屋の中にいると、嫌でも考え続けてしまうと思ったので、パロールは一度、部屋から出ることにした。適当に歩きながら、適当に違うことを考えて、ざわついた気持ちを整理する。そのつもりだった。
魔術師棟の廊下を歩きながら、パロールは気持ちを少しずつ落ちつかせていく。歩いていると、歩いていることに集中できるので、いつまでも考えることをしないで済み、気持ちを落ちつかせることはできていた。
ただし、それも途中までのことだった。落ちつきを取り戻し始めていたパロールの心を揺さ振るように、その人物は廊下に立ち尽くしていた。
その姿に動揺し、立ち止まってしまったパロールに気づき、その人物が目を向けてくる。
「パロールちゃん。どうしたの?」
そう言いながら、立ち尽くしていたエルは笑おうとしていた。その笑みは酷く不格好で、いつものエルからは考えられないほどに下手な笑みだ。
「エルさん…」
落ちつき始めていたパロールの頭の中で、シドラスから聞いた話が暴れ出す。シドラスがパロールに頼んできたことを考えると、シドラスからガゼルの話は聞いていないはずだ。パロールはエルが関わっていないと信じているので、必然的にエルは話を知らないのだろうと思う。
もしかしたら、そのことでガゼルの行動を不審に思ってしまい、エルは悩んでいるのかもしれない。そう思ったが、その考えに根拠はない上に、そうだとして、パロールにできることは何もない。
「何か悩んでるの?」
不意に聞かれ、パロールはつい驚きを表情に出していた。それは悩んでいることを当てられたからではなく、悩んでいる人物に心配されたからの驚きだ。エルは自分に悩みがあっても、パロールが悩みを抱えていると思ったら、自分の悩みを置いておくことができるらしい。それが一切できていないパロールにはとても羨ましく、聞いてくるエルの姿がとても眩しく映る。
「また研究を始めたいと思ったのなら、俺も手伝うよ?何でも言ってね」
パロールの悩みを魔術に関することと思ったのか、エルはそう言ってきていた。それはエルなりの励ましであり、パロールに対する期待の現れであると、分からないパロールではないのだが、その期待に応えられる自信がいつまで経ってもない。きっとシドラスとイリスからのお願いを断ったのも、その自信のなさが関わっていると、パロールは目を逸らしていたのに思ってしまった。
そのことを考えて、一歩進んでみようと思ったわけではない。そのような思いは少しも湧かず、ただ自分に自信がないことを改めて感じ、このまま抱えておくことが怖いと感じ始めていた。
そのため、気づいた時にはパロールの口が動き、エルに言っていた。
「少しエルさんにお話があるんですけど、いいですか?」
その一言にエルは心底驚いた顔をし、それから、慌てたようにうなずいてみせる。
「場所を変えても?」
パロールはエルに確認を取ると、エルと一緒に自室に戻るために歩き出す。その途中、頭の中ではシドラスから聞いた話を整理していた。どう話したら、エルに全ての話が伝えられるか、パロールは考えていた。
☆ ★ ☆ ★
パンテラに向かう途中のことだった。イリスは不意に立ち止まることを選んでいた。その理由を確認するためにイリスは振り返る。
気づいたのは王城を出て、しばらくのところだった。どこからか分からないが、イリスを尾行している人物がいた。ガゼルを尾行していた時の衛兵よりも気配が分かりやすいため、その人物が素人であることは間違いないが、そもそも、イリスに尾行される理由がない。その人物が誰であるのか考えている間に、気づけばパンテラに迫ろうとしていた。
その時、背後にいる人物の可能性に気づき、イリスは猛烈な不安に襲われた。このまま、パンテラに行くことができなくなり、イリスは立ち止まることを選び、その人物を確認するために振り返っていた。
そして、そこに立っていた人物と目が合った。その瞬間の驚きと動揺は言葉にできないほどで、イリスは咄嗟に言葉が出なかったくらいだ。
「どこに向かっている?」
その声は皮膚を切り裂きそうなほどに鋭く、冷え切ったものだった。その声を発した人物を見つめたまま、イリスはゆっくりと唾を飲み込み、ようやく言葉を発する。
「ガゼル様こそ、どうしてここに?」
「王城から出る姿を見つけて、何をしに行くのかと気になっただけだ」
ガゼルの鋭い視線に、イリスは緊張を隠すので精一杯だった。パンテラに向かっていることだけは悟られないように誤魔化さなければいけない。少なくとも、今はまだベルとガゼルを逢わせるわけにはいかない。その気持ちでイリスは言葉の一つ一つを、ゆっくりと考えながら選んでいく。
「ただアスマ殿下を救出するために犯人を探しに行こうとしているだけです」
「単独で?」
「はい。アスマ殿下の誘拐は私にも原因があると思っていますから」
「ああ、そうか。そうだったな」
ガゼルが納得する姿にイリスは少し安堵していた。どうやら、うまく誤魔化せているようだと思ったことで、その一瞬だけだが、イリスは完全に油断していた。
「そういえば、その時は殿下行きつけの店に行こうとしていたのか。確か、パンテラだったか」
ガゼルのその言葉はあまりに不意を突いていたため、油断していたイリスは動揺を隠すことができなかった。もちろん、その動揺をガゼルが見逃してくれることもなかった。
「どうした?今の反応は…」
そう呟いてから、ガゼルは何かに気づいた顔をしていた。すぐに動揺を消し、次の行動を考えていたイリスを見つめたまま、微かに呟く。
「まさか、そこに…」
咄嗟にイリスは駆け出していた。証拠も見つかっていない状態で、ガゼルとベルを合わせるわけにはいかない。その思いから、ガゼルの拘束を試みることにする。明らかな無茶だが、今となっては仕方がない。
そう思いながら、イリスが剣に手を伸ばした瞬間、ガゼルは懐から球体状の何かを取り出していた。その球体は全体的に灰色をしているが、半分は白に近く、もう半分は黒に近い。その色の違いが中心に入った切れ込みを際立たせているその様子を、イリスは見た覚えがあった。
直後、ガゼルはその球体を二つに割っていた。その光景を見たまま、イリスは地面に倒れ込んでいる。地面から伸びた白い光の紐がイリスの両腕を背後で拘束し、自由を奪っていた。
「悪いが先を急がせてもらう」
ガゼルはイリスにそう言い残し、その場を後にする。歩いていく先はイリスが向かっていた先と同じであり、イリスはそのことに焦りを覚えていた。
「待ってください!?ガゼル様!?」
イリスの叫び声を聞いているはずのガゼルは振り返ることもなく、イリスの目の前から姿を消してしまった。その姿が消えた方向を見たまま、イリスは小さな声を漏らす。
「やはり、貴方は……」
それは解答を突きつけられているようなものだが、イリスが咎めるだけの理由は未だ与えられていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます