発想(6)

 未だ答えの見つからない悩みに苛まれていたシドラスだったが、その光景には流石に足と思考を止めていた。王城にいるはずのない人物の発見に、シドラスは即座に駆け寄っていく。


「イリス。どうして、こ…」


 口から出かけた言葉を途中で止めたのは、その隣にいる人物の顔を見たからだ。立ち止まり、驚きの表情を浮かべるシドラスに、イリスが気づいて、気まずそうな顔をしている。


「シドラス先輩」


 イリスがシドラスの名前を呼んだことで、その隣にいたガゼルの目がシドラスに向いた。そうなると、その場を立ち去るわけにもいかず、シドラスは二人に近づきながら声をかける。


「珍しい二人ですね」

「偶然、王都の街で」

「ガゼル様が街に?」


 ベルがガゼルを指名したことを考えると、ガゼルが王都の街中を歩くことはただ危険なことでしかない。仮にガゼルの言葉通りに、それが身に覚えのない指名なら、下手に出歩くことはしないはずだ。


 つまりはか、と思いながら、シドラスはガゼルに目を向けていた。ここまでの悩みは複数あったが、その中の一つが無事に解決したということだ。


 それは良かったとして、問題はイリスもこの場にいることだった。アスマの護衛を任せたイリスがいるということは、アスマは王都の街に一人でいるということになる。ベルの話の真偽のほどは分かったので、ベルをある程度は信頼できると思うが、何事にも不測の事態というものがある。

 あの空き家に衛兵の捜索が入ったら、と二人が移動したことを知らないシドラスは考えていた。


「犯人が指名してきた理由が気になり、犯人の捜索を手伝おうかと思っただけですよ。アスマ殿下を一刻も早く救出したい気持ちもありますし」


 ガゼルは取り繕うように言っているが、それにしては単独行動が過ぎている。ガゼルなら、エルくらいは連れていきそうだが、エルは王城にいた。

 それはエルが関わっていないからなのか、王城で情報の隠匿を任されていたのか分からないため、エルに対する疑惑は一向に消えないが、少なくとも、その行動が言葉の信憑性をなくしていることは確かだ。


「そこでイリスと逢ったのですか?」

「アスマ殿下の捜索のために外を調べていたら、ガゼル様とお逢いしまして」


 イリスが外を出歩いていた理由はシドラスにも分かっていた。恐らくは衛兵の捜査状況を調べようとしたに違いない。その中で、不運にもガゼルと逢ってしまった。そこまでは分かったが、問題はガゼルと一緒に王城に戻ってきたことだ。ガゼルをアスマやベルから離したかったと考えることもできるが、だとしても、ガゼルとイリスが一緒にいる必要性はないはずだ。

 それらの思考をシドラスの視線から察したのか、イリスが説明するように口を開いていた。


「実はガゼル様、衛兵に尾行されていて」

「衛兵に尾行?」

「騎士団長が命令したそうです。ガゼル様を尾行するように。きっと護衛ですね」


 イリスは護衛と言っていたが、それが護衛でないことはシドラスにも分かった。恐らく、イリスや当のガゼルも気づいていることだ。ブラゴはガゼルが何かしらの情報を知っていると判断し、その行動を調べようとした。その手段が衛兵による尾行だったのだろう。


 そのことをイリスが言及しなければ、ガゼルが言及することもない。わざわざ自分から自分は怪しいと言うはずがないからだ。シドラスはそのことも分かった上で、イリスの言葉に乗ることにした。


「だから、イリスが護衛をして、王城まで戻ってきたのですね。騎士団長を心配させないように」


 シドラスが知っているかどうかはガゼルも知らないはずだが、下手な疑いは避けたいはずだ。シドラスが馬鹿なフリをして餌を撒けば、その餌に食いつくしかない。

 そのため、ガゼルはシドラスの言葉にうなずいていた。大事な答えはお互いに見せていないが、その実、どちらも答えに近づいている。そのことは分かっているが、ガゼルには確信を与えていないはずだ。


 シドラスがその優位性を考えている時、それを壊す声が聞こえてきた。


「あ、師匠」


 不意に現れた声にシドラスは隠し切れない動揺から、表情を微かに強張らせてしまっていた。その動揺をガゼルに悟られないように顔を逸らした先で、聞こえてきた声の主と目が合う。


「シドラス君?」


 そう呟くエルの表情にはシドラスに対する警戒心がそのまま現れていた。ガゼルの部屋を探っていた人物がガゼルと接触していたと知れば、それだけの警戒心を露にしても仕方ないことだ。


「どうして、この場に?」


 シドラスとガゼルを見比べながら、エルが聞いてくる。ここでシドラスが下手に誤魔化すと、動揺をガゼルに悟られる可能性がある。それは不利性を生み出すことになるので、シドラスとしては何としても避けたい。冷静さを保ちつつ、背後をガゼルに見せないように気をつけないといけない。


「偶然、ここで。どうやら、イリスと一緒に帰ってきたそうです」

「イリスちゃんと?へえー、そうなんだ」


 エルの返事は興味があるのかないのか分からないもので、シドラスはうまく真意を測ることができない。表情を隠すことがうまいと思いながらも、今はそのうまさが邪魔で仕方ない。


「師匠はどうして街に?」


 その質問はシドラスだけでなく、ガゼルにとっても不意打ちのようだった。ほんの一瞬、確かな動揺を表情に現していた。

 その動揺にシドラスは揺さ振られる。ガゼルとエルは疎通していないのか、それとも、ただの芝居か、シドラスには判断できない。


「少しアスマ殿下のために調査を」

「アスマ殿下のため?」


 エルは不思議そうな顔をしながらも、その疑問を疑問と思わなかったのか、ただ不思議そうな顔をしただけの芝居なのか、すぐに納得したように小さくうなずいている。


「ふーん、そうなんだ。けど、出掛けるなら、部屋の鍵くらいは閉めた方がいいよ。勝手に入る不届き者がいるから」


 エルのその呟きとシドラスに向けられた視線に、シドラスは微かな動揺を隠せなかった。それはあまりに不意に訪れた、シドラスに対する攻撃だった。


 ガゼルの目がシドラスに向き、イリスが不思議そうな顔をする。シドラスは咄嗟に動揺を隠そうとし、極めて冷静なフリをしようとした。


 しかし、シドラスの動揺は隠し切れず、ガゼルの目はシドラスに対する疑いで染まっていた。


「部屋に入ったのか?何故?」

「それは…」


 少し口籠りながら、シドラスは今朝の出来事を思い出す。ここで背中を見せると、アスマとの約束を果たせなくなるので、それだけは何としてでも避けたい。そう思いながら、理由の構築を行っていた。


「ガゼル様が犯人らしき人物から受け取った手紙を、少し確認したいと思いまして」


 その一言にガゼルよりもエルが驚いた表情をしていた。シドラスが話さなかった目的を話したことなのか、それとも、手紙の内容を知っていることで動揺したのか分からないが、その驚きにシドラスの目が向く。


「そんなことは一言も…!!」


 エルはそう言ってから、ガゼルに目を向けていた。その表情に含まれた疑いの眼差しに、シドラスは可能性を感じていた。もしかしたら、エルは関わっていないのかもしれない。それどころか何も知らず、シドラスと同じようにガゼルを疑っている可能性がある。

 そう思ったところで、ガゼルが口を開く。


「あの紙なら捨てた。もう持っていない」

「そうですか。すみません。気になったとはいえ、勝手に部屋に入ってしまい」


 シドラスが軽く頭を下げると、ガゼルはかぶりを振るが、その隣にいるエルは複雑な表情をしたままだ。エルにとってガゼルは家族であり、疑いたくない相手のはずだが、どうしても湧いてくる疑いに困惑しているように見えてくる。


「すまないが、そろそろ部屋に戻らせてもらう」


 ガゼルがそう断りを入れてから、その場を立ち去っていく。そのことにシドラスは少し安堵しながら、エルに目を向けていた。ガゼルの背中を見つめるエルは何かを考え込んでいる様子だ。


「エル様?」


 シドラスが声をかけると、すぐにエルは目を向けてきた。その目に警戒心は消えていないことを見ると、仮にエルが関わっていなくとも、味方につけることは難しいように思える。

 少なくとも、親代わりの人間を疑う相手に協力しようとは思わないはずだ。


「悪いけど、俺も行くよ」


 シドラスを見てから、すぐにエルはそう言って、ガゼルを追うように立ち去っていく。その姿を見送ってから、シドラスはようやくイリスに聞くことができた。


「アスマ殿下は?」

「今はベルさんと一緒にパンテラにいます。その…すみません」

「いや、あの様子を見るに英断だったかもしれない。つけ入る隙は与えなかったはずだ」


 問題はガゼルが戻ってきたことだった。これでガゼルの部屋を調べることは難しくなった。ベルの話の信憑性は増したが、そうだとしても、竜の血を発見できる可能性は依然として少ないままだ。

 それに誰に血液を調べてもらうかも未だ決まっていなかった。


「竜の血は見つけられなかった。それに、それを調べてもらう相手も決まっていない」


 シドラスが自分の現状をイリスに伝えると、イリスは何かを思い出すように俯いていく。


「あの、調べてもらう相手って、できるだけ関わっていない可能性が低い人がいいですよね?」

「ああ、その条件が難しい」

思いつく人がいるんですけど」

「本当か?」

「はい。ので」

「それは誰だ?」

です」


 その名前にシドラスは今の今まで気づかなかったことが恥ずかしかった。確かにパロールほどに最適な人物は他に存在しなかった。一度思い浮かべたら、もうパロール以外に思いつかないほどだ。


 しかし、それにもがあった。


「協力してくれるだろうか?」

「それは…そうですよね」


 パロールの現状を知らない人間は王城にいない。パロールが能動的に動く姿が想像できず、シドラスとイリスは不安になってしまう。


 しかし、他に思いつかない以上はパロールに頼むしかない。


「どちらにしても、一度逢ってみないことには分からないか」

「そうだと思います。行きましょう」


 シドラスとイリスは不安な気持ちを抱えたまま、パロールの部屋に向かって歩き出していた。

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