発展(6)
アスマが誘拐された原因に自分も関わっていると、責任を感じたイリスが単独での捜索を開始した。ブラゴには誤魔化すようにそう伝えたが、正直シドラスはすぐに見破られると思っていた。
ブラゴが簡単に単独行動を許すとは思えなかったし、何より、理由としてはかなり弱々しい。責任を感じているからこそ、受けた命令を果たして、犯人逮捕に貢献するべきだと言われたら、他に言葉はなかった。
しかし、ブラゴはシドラスの予想に反して、特に追及してくることがなかった。すぐに受け入れ、それ以上の追及をしてくることはなかった。
もしかしたら、アスマ救出のための衛兵への命令等で忙しく、イリスのことを気にしていないだけなのかもしれないが、それはシドラスにとって好都合だった。
ブラゴの考えることを全て把握できている人物は限られるが、その一部を想定することなら、シドラスやイリスにもできる。イリスがついていたら、アスマが単独でベルと一緒に行動するよりも遥かに見つかりづらくなるはずだ。
後はその間にシドラスがガゼルの所有している竜の血を見つけ出せばいい。問題はその血とベルの血を照合する方法だが、そんなことは竜の血を見つけてから考えればいい。まだ見つけていない状態で頭を悩ませること以上に無駄なことはないはずだ。
竜の血を見つける手段はいくつか考えられたが、とにかく、ガゼルの部屋に入ることができれば手っ取り早い。ガゼルが席を立つ理由を作り、部屋の中に竜の血がないか調べればいい。
そう思ったシドラスはブラゴに報告したその足で、ガゼルの部屋を訪れていた。まずはガゼルの部屋に立ち入ることができなければいけない。それが現時点で可能かは分からないが、可能かどうかの結果くらいは知っておかないと、この先の行動が決まらない。
シドラスが数度ノックをする。音は部屋の中に届いているはずだが、扉が開く気配どころか、中から声すら聞こえてこない。
ガゼルはいないのだろうかと思い、シドラスがドアノブを握ると、鍵はかかっていなかったようで、扉は簡単に開いてしまう。見通しの良くなった部屋の中を見回しながら、シドラスは再度扉をノックしてみるが、やはり部屋の中から声は聞こえてこない。それだけでなく、ガゼルの姿も見当たらない。
シドラスは少し迷いながらも、ゆっくりとガゼルの部屋の中に踏み込んだ。
国家魔術師の部屋がどのようになっているかシドラスは知らないが、ガゼルの部屋は見る限り、綺麗に整頓されていた。全体的に物がまとめられており、どこに何が置かれているのか、初めて入ったシドラスでも分かるくらいだ。
そう思いながら、並べられた物を端から順番に見ていく中で、シドラスは不自然なスペースが多く空いていることに気づいた。埃の残り具合も見るに、明らかに何かが置かれていた部分が多くある。
つまり、整頓されていること自体は間違いないが、この部屋の中にあるはずの物自体が大幅に減っているということだ。その理由は分からないが、そのこと自体がシドラスを不安にさせる。
この減った物の中に竜の血が入っていた可能性がある。それが、どこかは分からないが、外部に持ち出されたのなら、シドラスが竜の血を見つけることはできない。
少しずつ重なる不安を抱えながら、シドラスは更にガゼルの部屋を調べていく。竜の血がどのように置かれているか分からないが、そのように見える物は一向に見つからない。
持ち出されたか、最初から存在しないか、そのどちらを正解とするべきか。シドラスは悩みながら、更に違う場所を探そうと部屋の中を見回していた。
不意にベッドが目に入った。まだベッドを調べていないと思い、シドラスが近づき、毛布を持ち上げようとする。
「そこで何をしているの?」
不意に声が聞こえ、シドラスの身体が固まった。ゆっくりと目線だけを入口に向けると、その場所に立っているエルと目が合った。
エルは疑心や怒りを綯い交ぜにし、明らかな軽蔑の意を込めた視線を、シドラスに向けてきていた。その視線の出自が分からないシドラスではない。ゆっくりとベッドから離れ、エルの方を向く。
「ここは師匠の部屋だけど、ここで何をしているの?」
「少し探し物を」
そう答えてから、シドラスはエルの表情を見ていた。エルの性格を考えると、ガゼルがベルに竜の血を与えたとして、その場に一緒にいたとは考えづらいが、エルが協力している可能性は捨て切れない。下手に情報を与え、証拠を隠滅されたら、シドラス達に取れる手がなくなってしまう。
シドラスは不必要に言葉を発せないと思いながら、エルの表情から目を逸らさないようにしていた。場合によっては、その表情の変化が重大な証拠となるかもしれない。
そう思っていたが、エルは想像以上に表情を変化させる気配がなかった。ガゼルの部屋に勝手にシドラスが入っていたことを不快には思っているが、そのことで何かを焦っている気配はない。
「何を探していたの?」
「…………」
シドラスが敢えて口を開かないことで、どこか襤褸が出ないかとシドラスは期待していたが、そのことでエルは焦るどころか苛立っている様子だった。それは何を知っているのか聞き出したいというよりも、シドラスとの間に会話が成立しないことを怒っている様子であり、この状況の感情としては非常に正しい。
「シドラス君。君が何を探していたのか知らないけど、ここは師匠の部屋だ。勝手に立ち入って、良い場所ではないよ」
「確かにそうですね」
シドラスはそう答えながら、エルの隣を通り抜けて、ガゼルの部屋の外に出る。その間も、エルの視線は鋭くシドラスに向けられていた。
結局、竜の血を見つけられなかったと思いながら、シドラスはエルに目を向ける。
「すみませんでした。失礼します」
シドラスが頭を下げる姿を見て、エルは何も言うことはなかったが、その視線が変わることはなかった。
少し面倒なことになったかもしれないと、シドラスは僅かな後悔を抱えていた。
☆ ★ ☆ ★
昼餉の時刻も迫ってきたことで、ようやくパロールは自室を出ていた。長い廊下を歩き、向かう先はダイニングルームだ。適度に空いた腹を摩りながら、今から何を食べられるのかとパロールは考える。視線は廊下の先や窓の外に向いていた。
不意に目が止まったのは、窓の外に目を向けた瞬間だった。通用門の方に歩いていく後ろ姿にパロールは見覚えがあり、つい見つめてしまう。
(ガゼルさんだ)
すぐに気づき、パロールはじっとガゼルの様子を眺めていた。
パロールは一切関わっていないが、今はアスマが誘拐され、王城全体が混乱しているはずだ。そのタイミングで外出するということは、かなり大事な用があるということだろうか。パロールは想像してみるが、ガゼルにとって大事な用というのが何なのか、パロールには全く分からない。
一瞬、ガゼルが周囲に目を向け、その表情がパロールにも見えた。神妙な面持ちはパロールも見たことのないガゼルの表情だ。この事態の中で外出していることに、その表情が重なり、パロールはガゼルが外出している理由のところが少し気になってくる。
もしかしたら、アスマを助けることができるのだろうかと考えると、少しだけほっとする自分がいる。そんな気持ちに自分もなるのかと思いながら、既にガゼルの姿の消えた通用門を眺めていたパロールは、不意に我に返った。
ガゼルがどこに、どのような用事で向かっているかは、結局のところ、パロールには関係のないことだ。パロールがここで、あれこれ考えることに意味はない。
パロールの中で少しだけ芽生えた興味も、すぐにその思いに蓋をされてしまっていた。
パロールは再び廊下を歩き出す。目的地は依然としてダイニングルームのままだ。アスマの誘拐も、ガゼルの外出も、どちらもパロールには関係のないこと。その考えは変わりそうになかった。
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