8ヶ月前(5)

 ラングは自室にある本を片っ端から並べていた。その中から魔王に関する記述がある本を引っ張り出していく。

 ハイネセンの決定を受け入れたラングだったが、どうしてもそれで良かったのかと思う気持ちは消せずにいた。魔王について何も知らないままに、その決定をただ受け入れることが正解なのか疑問に思ってしまっていた。

 部屋に戻ってからも、その疑問は消えることがなく、一度ちゃんと調べておこうと思い立ったのだ。ラングは引っ張り出してきた本を読み漁り始める。


 しかし、ラングの部屋にある本には、情報らしい情報がなかった。魔王に関しての記述も、魔王に関する印象や誰もが知っている簡単な説明など、調べなくても分かっていることしか書いていなかった。

 ここで本を読み漁っていても意味がないと悟り、ラングは引っ張り出してきた本を本棚に戻してから、部屋から出ていく。部屋にある本が意味を成さないのなら、他に本のある場所に行って調べればいい。


 そうなった時に思いつく筆頭がテレンスの管理する書庫だった。あそこなら魔王に関する記述のある本が最低でも一冊はあるはずだ。あのテレンスがそういった本を置いていないと思えないから、そのことに間違いはない。

 まずはテレンスの部屋に行き、テレンスから書庫の鍵を借りようとラングは思い、廊下を歩き出そうとした。


 そこでタイミング良く出会したのが、ガゼルだった。


「ラング。どこかに行くのか?」


 ラングの顔を見るなり、ガゼルがすぐさま聞いてくる。そこにはラングと鉢合わせた驚きが一切ない。


「テレンスの書庫に行くところなんだ」

「そうか。何を調べに行くんだ?」


 魔王について調べに行くとラングが答えられるはずもない。ガゼルの質問に少し狼狽え、言葉を悩ませてしまう。


「どうした?どうして黙るんだ?」

「いや、ちょっと…ね」

「お前は昔からそうだな。隠しごと下手過ぎる」


 ガゼルの言葉にラングの頭は痛くなってきた。ガゼルはラングが隠していることに気づいている。何を隠しているかは分かっていないと思うが、確実に何かを隠していることは察している。そのことを追及された時に、ラングはどう誤魔化せばいいのか思いつかない。

 ガゼルは冷静な目でラングを見ていた。細かい表情の変化まで監視されているようで、ラングは緊張してくる。


「さっき宰相室に行ってきた」


 ガゼルのその一言に、ラングは動揺を隠すことができなかった。どこまでか分からないが、確実に表情に出てしまった。


「どうして、そこまで動揺するんだ?隠していることは俺か、もしくはエルに関係のあることなのか?」

「いや、そういうわけでは……」

「なら、俺が知ると何か悪いことがあるのか?」

「いや……」


 そう否定の言葉を発しながらも、正直そう思うところはあった。ガゼルがパロールの占いを知ることで、どのように判断するのか想像つかない。パロールか、生まれてくる赤子に何かするかもしれない。そう思うところはある。

 それはガゼルが悪い男であるからではなく、冷たくならないといけない瞬間を理解している男だからだ。ラングと違って、どこまでも無条件に優しいわけではない。


「だとしても、流石に警戒し過ぎだと思うが?宰相閣下は何も仰っていなかった。それは今の会話から分かっているはずだ。宰相室に行ったからと言って、それでそこまで動揺する必要もない」

「ああ、確かにそうだ。分かっているよ」

「警戒していることは否定しないのか…」

「すまないね」

「謝るな。俺も良い印象ばかりだとは思っていない。魔術師たるもの一定の非情さは必要だと思っているからな。だから、お前に警戒される可能性くらいは考えている。大凡、パロールが関わっているから、必要以上に過保護になっているのだろうことも想像はつく」


 ガゼルの言葉はラングの心情を見事に言い当てていたが、そこに驚きはなかった。ラングがガゼルの性格を知っているように、ガゼルもラングの性格を良く知っているはずだ。それくらいは分かって当然と言えるだろう。

 問題はそれを分かっていても、ラングを追及する雰囲気を漂わしているところである。ラングには何も話せない以上、ガゼルには諦めて欲しいのだが、ガゼルに諦めてもらう方法を意外とラングは知らない。


「お前と宰相閣下が隠しているのだから、内容は余程のことなのだろう」

「そう思っても、聞くつもりみたいだね」

「気になるから、という理由もあるが、それ以上にその隠していることが俺や他の人間に関わらないという保証がない。俺が気に食わないのは、そっちが勝手に隠して、こっちに迷惑がかかることだ。それが起こる可能性があるなら、俺はお前の隠していることを聞き出す必要があると思っている」


 ガゼルの言い分にラングは言い返すことができなかった。ガゼルの言っていることは何も間違いではない。確定していないという理由で、ラング達が勝手に隠しているだけで、そのことでガゼル達に迷惑をかけないとは決まっていない。

 もしも迷惑をかけてしまった時に、ラングがまだ確定していないことだから仕方なかったと言っても、ガゼル達が納得するとは思えない。仮にラングがそちら側だったとして、納得することはないだろう。


 しかし、これはハイネセンの下した決断による行動なのだ。ラング一人でガゼル達に話すと決めることはできない。

 そんな風にラングが考えながら、ガゼルと顔を見合わせているところを通りがかったのが、エルだった。エルは手に数冊の本を持ち、ラングとガゼルを見つけるなり、すぐに近づいてくる。


「師匠とラングさん。ちょうどいいところで逢ったね。二人にこれを見せたいんだけど」


 そう言ってエルが見せてきたのは、手の中にある数冊の本だった。全て魔術に関する本で、書かれた年代や書いた人物は違うようだが、その全てに一つの共通点があった。


 それら全ての本がについて書かれているところだ。


「これ、さっきパロールちゃんがテレンスさんの書庫で読もうとしていたんだよね。ラングさん、何か知ってる?」


 エルがそう聞いてくる隣で、本を見ながら考え込んでいたガゼルが何かに気づいたらしい。


「魔王…まさか、そういうことなのか?」


 ガゼルに驚きを含んだ視線を向けられ、ラングは強張った身体から緊張を取り除くように、ゆっくりと力を抜く。口を閉ざして瞑目したのは、黙りを決め込むためではなかった。

 やがて、ラングはゆっくりと頭を動かした。



   ☆   ★   ☆   ★



 自室に戻ったパロールは、部屋に置いてある本を読んでいた。そこから魔王に関する情報を拾おうとするが、そんなところに書かれていたら、パロールはもう少し魔王に詳しいはずだ。

 たまに書かれてあっても、パロールの知っているような簡単なことばかりで、パロールはテレンスの書庫から本を持ち出せば良かったと後悔し始めていた。

 もう一度、テレンスから書庫の鍵を借りて、書庫まで本を取りに行こうかとパロールは考えるが、エルに鍵を渡したこともあり、無駄に怪しまれるかもしれないと思うと、その行動も憚られた。そんなところから占術の結果が漏れてしまっては笑いごとにもならない。


 パロールが悶々としている中、扉をノックする音が部屋に響く。すぐに続いた声はラングがパロールの在室を確認する声だ。


「パロール?いるかな?」

「はい。ちょっと待ってください」


 パロールはラングに無駄な心配をさせないように、魔王に関する本を仕舞ってから、ラングを部屋に入れるために扉を開いた。


 そこにはラングだけでなく、エルとガゼルが立っていた。ラング一人だけだと思っていたパロールはそのことに驚く。


「少しいいかな?」

「え?あ、はい。どうぞ」


 パロールが室内に招き入れると、ラングだけでなく、エルとガゼルも部屋に入ってくる。


「お邪魔しまーす」

「邪魔するぞ」

「すみません。椅子が足りなくて…」

「ああ、いいよ。俺は立ってるから。そこまで話が長いわけじゃないと思うし、年寄り二人に座らせてあげてよ」

「ラングはともかく、俺はまだ若い」

「私の方が一つ下だけどね?」


 パロールが椅子を用意すると、ラングとガゼルがそこに座り、エルはその隣に立った。話の主体はラングのようで、ガゼルはラングに視線を送っている。


「実は例の件を二人に話してしまったんだ」

「え!?占いのことですか!?」


 パロールが驚きの声を上げて、エルとガゼルに目を向けると、二人は黙ってうなずいていた。ラングは申し訳なさそうに顔を下げている。


「それで、どうして師匠達はこの部屋に?」

「二人から提案があったんだ。魔王の誕生は確定した未来ではないけど、その力を正しく知ることと、何かに対しての対処が必要なら、その方法を知ることは絶対にやっておいた方がいい。だから、魔王について一度調べてみようって」

「一人で調べて時間が足りませんでした、では洒落にならないからな。せっかく四人の魔術師がいるのなら、四人で調べればいい」

「そういうことで、パロールちゃんの部屋に来たんだ。どう?俺達三人は調べる予定だけど、パロールちゃんも調べる?」


 エルにそう聞かれても、パロールはすぐさま答えることができなかった。それは魔王に対する不安が胸の中に未だあり、それを調べることが少し怖かったからだ。

 しかし、調べずに知らないままいることも怖い。調べても調べなくても怖い。

 パロールは自分がどうするべきなのか迷ってしまう。三人の提案に乗るべきなのか考えて、答えが分からなくなる。


「怖いのなら、無理しなくてもいいんだよ?」


 パロールの気持ちを察したらしく、ラングがそう言ってくれた。その言葉を聞いたことで、パロールの気持ちが固まった。


「いえ、私も調べます」

「いいの?本当に大丈夫?」

「大丈夫です」


 ここでラングの優しさに甘えて逃げてしまうと、次に怖いものと出遭った時にラングがいないと壊れてしまうかもしれない。その恐怖は未知なる魔王に対する恐怖よりも、明確なものとしてパロールの心を襲ってきた。

 それを消すために、パロールは逃げないことを選ぶ。まだこの恐怖の方が優しいから、この恐怖に耐える道を選ぶ。


 この日から国家魔術師四人による魔王に関する合同研究が始まることになった。

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