7ヶ月前~1週間前(1)

 魔王という存在は有名である。その名前を聞いたことのない人間は存在しない。

 しかし、その力を正確に知っている人は少なく、それは国家魔術師であっても例外ではない。

 それは魔王という存在に対する知名度から考えると、とても不思議なことだったのだが、魔王の力と一緒にその理由まで判明した。


 発端は魔王の誕生した都市を調べようとしたことである。魔王の住んでいた場所の記録から、魔王に関する情報を得ようと思っての行動だったのだが、そこでそれら都市の全てが現在は存在していないことが判明した。

 それは年月によって人が少なくなったとか、戦争が起きたとか、そんな理由ではなく、その全ての都市が魔王の誕生時に滅びていたのだ。


 そこから考えられる可能性は二つである。


 一つは魔王が誕生したことにより、魔王という名前に怯えた人々が暴動を起こして、結果的に都市が滅びた可能性である。

 しかし、この可能性は様々な対処法が考えられるため、滅びるところまで直結するとは考えづらく、何より滅びるまでに時間がかかるはずだ。魔王の誕生時のような瞬間的に都市が滅びることになるとは思えない。


 そうなると必然的に高くなるのが、もう一つの可能性である。

 それが誕生時に魔王の力が都市を滅ぼした可能性だ。もちろん、魔王は赤子であるので、意図的であるとは思えないが、この場合は意図的でないところが更に問題だ。


 そもそも、魔王の圧倒的な力が赤子の身体に納まるのかという疑問はあった。普通の子供でも魔力が強過ぎると魔術として漏れ出てしまい、そのことを理由に魔術師となることが多くある。例えば、エルが魔術師を志したがそれだ。

 それが魔王ほどの魔力になると、到底納まるとは思えない。外部に魔術か何かの形で漏れ出てしまうに決まっている。

 そして、そう思うと都市が誕生時に滅びた理由も説明がつく。


 つまり、生まれてきた赤子に納まり切らなかった魔力が魔術として暴走し、その魔術が都市を滅ぼしたのだ。

 魔王が誕生時に魔力を魔術という形で暴走させ、都市を滅ぼしてきたのなら、生まれてくる赤子が魔王であった場合、エアリエル王国の王都も滅びることになる。それはエアリエル王国の滅亡も意味することだ。


 その事実が判明して、すぐにパロール達は対処法を考えた。生まれてくる赤子が原因なら、その赤子を殺せばいいが、そもそも赤子が魔王であると決まったわけではない。

 あくまで可能性であるのなら、そこまで直接的な手段が取れるはずもなく、他の対処法が必要となる。


 そうなってきた時に、最も簡単な方法が王妃を王都から移動させるというものだった。人のいない場所で王妃に出産してもらえば、赤子が魔王であっても王妃と産婆の命がなくなるだけでエアリエル王国は守られる。

 しかし、パロール達はそれを最良の手段とは思えなかった。人が死んでいる時点で、良い手段と言えるわけがない。


 もっと良い手段があるに違いないと考え始めたところでエルが提案したのが、魔王の力を封じられないかというものだった。

 赤子が魔王であっても、誕生時までに力をある程度封じられていれば、その力が暴走することはない。赤子を殺す必要も、王妃と産婆が死ぬ理由もなくなる。


 それは四人全員が望む結末であり、合同研究の目的はすぐに魔王の力を封じる方法を見つけることに変更された。それが合同研究の開始から一ヶ月後のことである。



   ☆   ★   ☆   ★



 パロールはエルと一緒に魔王に関する書物を整理していた。魔王の力を封じるためには、魔王の力をより正確に知る必要がある。

 そう思っての行動だったのだが、エルは既に飽き始めたのか、書物の整理がまだ途中であるにもかかわらず、魔王の力を封じる方法を考え始めていた。


「提案した本人が言うのも何だけど、これって可能なの?」


 エルは目の前に置かれた紙を眺めながら、苦笑いを浮かべている。紙には四人で考えた魔王の力を封じられるかもしれない方法が書かれていた。どれも可能性の域を出ないことばかりなので、その数は想像以上に多くなっている。


「王妃殿下のご出産がタイムリミットだよね?」

「そうなりますね」

「それまでにこれを全部調べるって、相当大変だね」

「そうですね。それより、この本の整理も大変なんですけど、エルさんは手伝ってくれないんですか?」

「いや、ほら、やっぱり時間がないって思うと、一分一秒が惜しいかなって思って」

「だから、早くこれを整理したいんですけど」

「大体、何で二人で本の整理なんてしてるの?ラングさんはどうしたの?」


 エルはわざとらしく、部屋の中を見回すような仕草を見せた。明らかに話を逸らそうとしている行動だが、ラングのことは確かに話していなかったとパロールは思い出す。


「師匠は宰相閣下に呼び出されました」

「あー、ついにお耳に届いた感じだ。まあ、国家魔術師四人が揃っていて、噂にならないはずがないからね」


 エルの言っている通り、パロール達四人が揃って何かを始めたことは、王城の中で噂になっていた。王妃懐妊の一報に比べると、多く話されているわけではないが、その噂を知らない人はいない程度には広まっている。

 そうなってきた時に、ハイネセンの耳に届かないはずがなく、ハイネセンがそこに怪しさを覚えないわけがない。


「でも、師匠は良い機会だって言っていましたね。元から報告しようと思っていたから、この機会に報告しておこうって」

「確かに。内容が内容だから、報告はしておくべきだよね」

「それより、私も気になっているんですけど、どうしてガゼルさんはいないんですか?」

「あれ?言ってなかった?」

「はい。聞いてません」


 エルは自分の前に置かれた紙の上に指を立てる。


「ここに書かれた方法のいくつかは準備が必要でしょう?その準備を進めているみたいだよ」

「それって、この本の整理を先にしてからでもいいのでは?」

「時期的に急いだ方がいいのがいくつかあるから、それだけ先に準備しておくって」


 魔術師用の牢屋にも用いられる魔力を封じる鉱石、魔力を常時吸収することで効果を発揮する魔術、魔力操作を一時的に封じる薬など、パロール達が考えた方法には何かしらの物を使う方法がいくつかある。それらの中には準備するのが難しい物もあり、そのためにガゼルは早くから行動しているようだ。


「確かにそう聞くと、エルさんと違って、サボりたいってわけじゃないみたいですね」

「俺と違ってって言う必要がある?」

「言われたくないなら、早く手伝ってくださいよ」

「そうだね。流石にそろそろ、ちゃんとするか。パロールちゃんに殴られそうだし」

「殴りはしませんよ」

「え?何ならするの?」


 エルの反応に小さく笑いながら、不意にパロールは不安に襲われた。こうして明るい時間が過ぎれば過ぎるほどに、パロールはこの時間がちゃんと続くのかといらない考えを懐いてしまう。


「魔王の力を封じる方法って、ちゃんと見つかりますかね…」

「何?急に不安になったの?」

「まあ、ちょっと…魔王くらいに強い力が人間の手で封じられるのかなって…できますよね?」

「う~ん…まあ、不可能じゃないと思うよ。特にこの国は四十年くらい前にニンフ共和国と手を組んで、竜を討伐しているくらいだし。いくら竜や魔王と言っても、人間が相手できないわけじゃないよ」

「ですよね!!」

「まあ、問題はそれがどれだけの規模なのかということだよね…」

「ちょっと、また暗くなることを言わないでください…」

「ごめん…進めようか…」


 エルは小さく謝罪しながら、再び書物に手を伸ばしていた。エルが書物の整理を再開したところで、パロールも書物の整理に戻る。書かれている魔王に関する情報の量や、その情報の種類ごとに書物を分けていく。


 その中で、エルが何かに気づいたように声を漏らした。


「パロールちゃん。俺は重大なミスを犯していたことに気づいてしまったよ」

「急にどうしたんですか?」

「いや、思っていたよりも早く終わりそうだなって思ったところで気づいたんだけど、俺が読んだ覚えのある本がないんだよね」

「はい?どういう意味ですか?」

「ああ、うん…つまり、あのね…俺の部屋に本を置いているかもしれない」

「それなら、今すぐ持ってきてくださいよ」

「いや、それで気づいたんだけど、師匠とラングさんって本を持っていってないよね?」


 そこまで言われて、パロールは冷静に置かれている本に目を向けた。確かに魔王に関する情報を調べている時に読んだ覚えのある本がいくつか見当たらない。


「エルさん、ガゼルさんの部屋って入れますか?」

「師匠は部屋に人を入れたがらないから、多分無理だと思う」


 パロールは少し考えてから、手に持っていた本を置き、小さく溜め息をついた。


「師匠の部屋だけ見に行きましょうか」

「そうだね」


 パロールとエルは揃って部屋を出る。書物の整理が半分ほど終えたところだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る