8ヶ月前(4)
扉をノックした後に入ってきた人物がエルとガゼルであることを確認するなり、ハイネセンは一瞬、嫌な顔を隠さなかった。正確には、隠さなかったのではなく、隠せなかったのだろう。それは取り繕うように表情を変えたところから察することができた。
エルは素知らぬ顔でガゼルと一緒に部屋に入っていくが、それらハイネセンの表情の変化だけで、既に目的の半分は達したと思っていた。ラングが何かを隠していることは確かであり、ハイネセンがそれを知っていることも確かであるらしい。
「どうされたのですか?お二人揃って、この部屋に来られるとは珍しい」
「少しお伺いしたいことがあるのですが」
「王妃殿下のご懐妊により、急な職務が溜まっておりますので、本当に少しであれば聞きますが?」
「ラングはどうして、この部屋を訪れたのでしょうか?」
ハイネセンはやはり動揺を隠し切れなかったようで、ガゼルの問いを聞くなり、眉をピクリと動かしていた。それは特別洞察力に優れているわけでもない魔術師であっても分かる変化であり、エルはさっきのラングと同じような雰囲気を感じていた。
どちらも隠し切れないほどの隠しごとを隠そうとしているようである。
「どうして、とは?」
「理由をお伺いしたいのです。ラングは何か用事があったから、この部屋を訪れたのですよね?」
「理由、ですか。特に語れるだけのことはありませんが?」
「その部分はこちらで判断しますので、宰相閣下が憂慮される必要はありません」
ガゼルは淡々とした口調で、ハイネセンの逃げ道を着実に潰し始めていた。それをさっきのラングにしていれば、今頃何かしらの情報を得ていたかもしれないとエルは思うのだが、そこは古くからの友人として遠慮してしまったのかもしれない。そう考えると、隣に立っている師が少しばかり可愛く思えた。口に出すことこそ一生ないが、思うだけ勝手である。
ハイネセンは既に隠せないほどの動揺を眉間に集めていた。ガゼルの追及をどう躱そうかと考えているようだが、その間にガゼルの方は逃げ道を埋める方法を考えているに違いない。そうなってくると、本格的にハイネセンが取れる手段はなくなってしまう。
ハイネセンが覚悟を決めたように、大きな溜め息をついた。それを境にハイネセンの表情は険しくなる。
「ガゼル殿。申し訳ありませんが、私から話せる話は何もないのです」
「それは私達に、ですか?それとも…」
「ガゼル殿。これ以上の質問に私は答えられません」
それから、ガゼルは違った質問を一つ二つ投げかけてみたが、ハイネセンの返答は決まって、話せないというものだった。それはハイネセンがどのように思われても閉口すると決めた証であり、ガゼルの質問が意味を成さないことを意味している。
その頑なさが崩れないことはエルにも分かり、エルが分かっているということは当然ガゼルも分かっているはずで、結局ガゼルは諦めたようだった。
「そうですか、分かりました。お忙しい中、申し訳ありませんでした」
「ありがとうございました」
ガゼルが頭を下げる隣で、エルは申し訳程度の会釈をしていた。ハイネセンは少し気疲れしたのか、エルとガゼルが部屋から出る様子を眺めながら、小さな溜め息をついている。
宰相室の扉が閉まり、そこから離れるように歩き出したところで、エルが思ったことを口に出した。
「あれ、何か隠してたよね?」
「ああ、そうだな。それは確定した。ラングと宰相閣下は何かを隠している」
「どうするの?これ以上聞いても話してくれなさそうだったけど」
「直接的に当たることは無意味だろう。少し手段を変える」
「手段?」
「ラング、それから様子から察するにパロールも関わっている可能性が高い。ここの二人を見張っていたら、どこかで襤褸を出すかもしれない」
「そこまでして探る?」
エルが軽い気持ちでそう聞くと、ガゼルは立ち止まって、エルの顔をじっと見てきた。
「あの宰相閣下まで隠すことだぞ?これは何か重大な事実を隠しているに違いない。それが分かった時に手遅れだったらどうする?隠さずとも俺達なら解決できていたことならどうする?」
「でも、そういうことは言ってくるんじゃない?」
「一概にそうとも言えない。隠していることが確定していないことなら、確定するまで待つ可能性がある。待つことで取り返しのつかない事態になっても、そういう手を取ることがあるのが国家だ」
「何?トラウマでもあるの?」
「ない。ただ、そういう可能性もある上に、非常に気になっていることを放置するというのが、どうしても気持ちが悪いだけだ」
「まあ、その気持ちは分かるけど。魔術師の性って感じだよね」
エルは何度か頭を掻きながら、ガゼルの言っていることを考えていた。気になることは確かであり、解決できるかもしれないことも確かであるのかもしれない。
そうだとしても、ラング達は隠そうとしているようなのに、それをエルやガゼルが引っ張り出してきてもいいのだろうかという疑問も消えない。
「まあ、そもそも調べたところで分かるかどうか分からないことだ。そこまで考える必要もないだろう」
「ああ、まあ、そう考えるとそうだけどね。うーん、そうか。取り敢えず、一回くらいはいいか」
「そういうことだ」
ガゼルにうまく流されている気がしないでもないが、エルは結局ラングとパロールを軽く調べてみることに決め、王城内を再び歩き出した。それから数分後にガゼルと別行動を取り始め、更に数十秒後にパロールを見つけることになる。
☆ ★ ☆ ★
ラングからハイネセンの決定を聞かされた時に、パロールは一つの決断を下していた。魔王が実際に生まれてくるかどうか分からないにしても、もしもの時のために魔王に関する知識は蓄えておいて問題がないはずだ。
そのためにパロールは魔王について調べておこうと思った。魔王に対して恐怖が生まれるのは、その存在を正しく認知していないからであり、情報を得ることで恐怖が薄れるかもしれないと思ったのだ。パロールの不安も必然的に解決されるかもしれない。
その際にパロールが頼ったのは、パロールやラングと同じく国家魔術師であるテレンスだった。単純な魔術的知識量に関しては、全ての国家魔術師の中でも一番ではないかと言われており、多数の魔術に関する書物を保管した書庫を管理している男だ。
そのテレンスからパロールは鍵を借り、テレンスの管理している書庫から書物を借りようとしていた。主に魔王に関する本を数冊見繕い、そこから知識を得ようと思っていた。
とはいえ、魔王に関して詳細に書かれた書物は想像以上に少なかった。それは魔王という脅威に対して、接しようとした人間が少なかったことを意味するのだろう。魔王は敬遠され、魔術師さえも近づかなかったことがそこから想像できる。
その中で、ただ魔王の関わった事実を記した書物を数冊見つけ、それらを書庫から持ち出そうとした。
そこでテレンスの書庫を別の人物が訪れた。
「やあ、パロールちゃん」
親しくそう呼んでくるエルである。パロールは持ち出そうとしていた書物を慌てて隠し、エルに目を向ける。
「エルさん?どうしたんですか?」
「パロールちゃんを見かけてね。どうしたの?研究?」
「あー、まあ、そんなところです」
パロールはエルに見られないように書物を隠しながら、手に持っていたそれらを棚に戻していく。ラングから魔王に関する話は口外しないように、ハイネセンも決定を下したと聞いているので、ここで魔王に関する話をエルに漏らすわけにはいかない。
そう思っているパロールだったが、この時は書物を戻すことに精一杯で、エルの視線まで把握することができていなかった。
「どんな研究なの?俺も本を探そうか?」
「いや、大丈夫です。自分で探せますから。それよりも、エルさんはどうなんですか?必要な本とかありませんか?」
「そうだね。ちょっと気になる本はあるかな?」
「でしたら!」
ちょうど書物を全て戻し終えたところで、パロールはエルに書庫の鍵を押しつけた。これ以上、ここで誤魔化し続けることは難しいと判断したのだ。
「ゆっくりと探してください。私は一度、自室に戻りますので」
それだけ言って、パロールは慌てて書庫を後にする。その手には書物の一切を持っておらず、魔王に関して知るための情報源を諦めた形になってしまった。
せめて、一冊くらいは持ち出せば良かったと、書庫を離れてしばらくしてから、パロールは後悔し始めた。
その頃、エルが書物の並んだ棚に手を伸ばしていた。それはちょうどパロールが書物を戻した辺りである。
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