9年前~2年前(2)

 マクベスが村を発ってから二週間が経ち、三週間目を迎えようとしている頃から、村の雰囲気は再び険しいものに変わっていた。暗雲立ち込める様子だが、実際に暗雲立ち込める方が村人は嬉しいことだろう。


 この頃になると危急的状況であることはパロールも承知の上であり、そのためにはマクベスが帰ってこないといけないことも理解していた。そのマクベスが予定通りなら帰ってきているはずなのに帰ってきていないことも分かり、村全体を覆った暗さはパロールにまで感染していた。


 この頃の村の状態を譬えるなら、地獄だった。この世の終わりを超え、既に両足はあの世に浸かっている気分だった。七歳のパロールでさえ、死んだように思えていたのだから、村人はその比ではなかったことだろう。


 それでも、何かしらの策を考えなければ、本当に死んでしまう。棺桶に半分身体を突っ込んだ老人から、パロールのようにまだ小さな子まで、等しく命の危険がある状況だ。

 マクベスが帰ってこないと分かった段階で、村人達は次なる話し合いを始めていた。


 不思議なことに、この時の話し合いでマクベスを責める者は一人もいなかったらしい。パロールも後に聞いたことで、本当のことなのか分からないが、話し合いに参加した村人の全員がマクベスの持ち逃げを疑わず、道中何かがあったのかもしれないと、マクベスの安否を心配していたそうだ。


 ただし、話し合いの内容は他人を心配している余裕のあるものではなかった。


 最初に別の誰かが水を購入しに行くことを考えられたが、マクベスが旅立ってから日が浅く、村の財政面は回復していない。もう一度、購入しに行けるだけの貨幣を用意することはこの段階では不可能だった。


 それでは他の手段だが、やはり他の手段は安定するか怪しく、安定したとしてかかる期間の予測が立たない。覚悟を決めて取りかかってもいいが、それは明らかな最終手段であり、この段階で選ぶべき手段なのか判然としない。


 最終的に村人が出した結論は、水嵩の減らした川とたまに降る雨水で賄うという、あくまで応急手段でしかない方法だった。


 それからの日々は、今日の命を明日に繋ぎ、明日の命を明後日に繋ぐような非常にギリギリなものだった。実際にそこまでギリギリだったわけではないのだが、精神的余裕のなさから村人達は全員がそんな風に思っているところがあった。


 その日々の中に余裕を出すため、他に水を入手できる手段が考えられたが、それらの手段が行動に移されることはなかった。


 マクベスが旅立ってから二ヶ月が経った頃、が村を訪れることになる。


 一人は見知らぬ中年くらいの男だった。そこまで寒くないのに、何故か濃緑色のローブを身にまとっており、村人達全員が怪訝げに目を向けていた。


 そして、もう一人。こちらは村人の誰もが知っていた。

 二ヶ月前に村を発った若者。つまり、である。



   ☆   ★   ☆   ★



 マクベスの帰還に対する村人の反応は様々だった。マクベスが無事だったことを喜ぶ者、今まで何をしていたの聞いてくる者、帰還が遅かったことを激怒して責め立てる者、とにかく早く水を寄越すように急かす者。


 帰還早々村人達に囲まれたマクベスは、それら様々な反応に戸惑ったが、一人の村人の質問に答えると、村人達の反応は一つに統一されることになった。


 それは購入したはずの水の在り処に関する質問だった。


 マクベスが村を発つ際に連れていた馬と荷車は、マクベスや見知らぬ男と一緒に帰ってきていたが、荷車の上には水の入るような容器の一つも見当たらなかった。

 その代わりに、荷車の上には人の座れるだけの台が備えつけられており、マクベスと見知らぬ男はその上に座った状態で、村まで帰ってきていた。


 村人達は水の入った容器がいくつも荷車の上に並び、それをマクベスの連れた馬が引いている様子を想像していたので、馬の引く荷車の上に乗っているのがマクベスと見知らぬ男だったことに困惑している様子だった。

 そして、その困惑に始まる様々な村人の反応を一つにまとめるように、マクベスが質問に対する答えを口に出す。


 、と。


 その答えを聞いた村人達は一瞬の静寂の後に、皆一様に激怒した。静かな空間から、急に怒号が生まれる様子を見て、パロールは嵐の日を思い出したことを覚えている。それくらいに村人達の反応は急激で、苛烈だった。


 それら怒号を向けられたマクベスは一瞬、そのあまりの迫力に気圧されたようだったが、すぐに取り繕って、隣にいる男を示した。代わりにを連れてきた、と村人に対して堂々と言っている。

 マクベスが堂々としていることに、村人達はかなり戸惑ったようで、男を連れてきたというマクベスの発言に対して、馬鹿にする言葉は思いの外向けられなかった。


 少しばかり静まった間に、マクベスに紹介された男がどこか申し訳なさそうに、村人達に頭を下げている。

 それから、男は人の頭ほどの膨らみを持った袋を三つ取り出し、村人の一人に対して、こう訊ねた。


「井戸はどこですか?」



   ☆   ★   ☆   ★



 男の取り出した袋の中には、綺麗な青い色をした石が入っていた。三つの袋に一つずつ、合計三つの石だ。


 青い石は向こう側が透けて見え、その中には複雑なが入り込んでいるようだった。模様は二つほど重なっているようで、詳細な部分まで分からないが、自然物の中に入っているとは思えないほどに、整った模様をしていた。


 男は村人に案内された枯れ井戸の前に立つと、袋から取り出した青い石を井戸の中に放り込んだ。村人達は突然過ぎる男の行動に口出しすることもできず、ただ不思議そうに見守っている。

 青い石は埋められた井戸の底にぶつかり、ゴトンと大きな音を立てた。それから、特に大きな変化を起こすことなく、静かな時間が流れていく。


 やがて、唖然としているばかりだった村人達も正気を取り戻し、マクベスや未だに誰か分からない男に対する怒りを思い出したようだった。青い石を井戸に放り込んだだけで、何かをするわけでもない男に向かって、村人達が不満を口にしようとする。


 しかし、それら不満が口から飛び出るよりも先に、井戸から新たな音が生まれた。それは流れる川のような水のうねる音だった。


 困惑した村人達が動きを止め、唖然としている間に、井戸から跳ねるように水飛沫が上がっている。それを見るや否や、村人達は我を忘れたように井戸に駆け寄っていた。


 井戸の中はいつのまにかが一杯に溜まっていた。以前の井戸と同じどころか、それ以上の水の量だ。


 状況が理解できず、唖然とした村人達の前で、男が未だ残っている二つの青い石を見せてくる。


「これはを含んだ特殊な鉱石です。中に水を生み出すが仕込まれていて、定期的な魔力補充さえすれば、に水を生み出すことができます」


 男は残り二つの石も残りの井戸に落とすと言い、村人達に他の井戸に案内するように頼んできた。

 いよいよ村人達は男のことが分からなくなり、井戸に案内する前に、ようやく何者なのかをちゃんと男に聞き出した。


「私はと言います。国に認められ、として活動しています。別の研究のために、近くの街までやってきていたのですが、そこでマクベスさんに逢い、この村の水問題のことを聞きまして、私なら解決できると思い、ここまでやってきました」


 その説明を聞いたことで、村人達はようやく表情を輝かせ、ラングの手を嬉しそうに取っていた。その中でラングも笑っていたが、その表情はやはりどこか、申し訳なさそうにしていたことをパロールは今でも覚えている。

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