二日目(2)

 楽しい祭りの二日目が始まるというところで、ウィリアムは一つの悩みを抱えることになっていた。それは珍しくライトも同じことで、ウィリアムと一緒にこれからアスラと逢うところなのに、暗い顔をしてしまっている。


 ウィリアムだけでなく、ライトも暗い雰囲気となれば、アスラが異変に気づかないわけもなく、それからアスラと逢ったところで、すぐに聞かれることになる。


「何かあったんですか?」


 そう聞かれたら、普段のライトなら軽口の一つでも叩いてみせて、ちょっとばかりアスラを翻弄するのだが、この時はそのような余裕もないようで、ウィリアムに視線を寄越すばかりだった。

 ウィリアムも話しづらいことに口の水分を持っていかれていたのだが、ライトに話すつもりがないのなら、そんなことを言っている場合ではない。


 ウィリアムはシドラスからの報告として受けたアスマの一件をアスラに伝えることにする。

 つまりはアスラの慕っている兄が命を狙われているという話だ。

 それは酷く荒唐無稽な内容を含んでいるので、ウィリアムはアスラがどこまで信じるのか少し不安だったが、アスラは表情を変えながらも、全てを飲み込んでくれたようだった。


「別の世界ですか…その女性が兄様を狙っていると…?」

「そういう話のようです」

「別の世界から、こちらの世界に人を連れてくる手段は分かりませんが、魔術の類でしょうか?」

「その辺りはまだ分からないようですが、その可能性が非常に高いと思われます」

「それほどに強力な魔術を扱える人物が自分で兄様を狙うのではなく、その人に任せるということはそれほどまでにその人が強いということですか?」

「それも分かりませんが、ただその人物が直接的にアスマ殿下を狙えない可能性もあるので、一概に別の世界から来た人物がそれほどまでに強いという判断はできないでしょう」

「殺す手段はその人が直接的に狙うのですか?」

「それも何とも…直接的に狙うことも考えられますが、金銭の用意が可能であれば暗殺ギルドを雇う可能性もあります」


 暗殺を生業とする闇の組織を総称的に暗殺ギルドと呼ばれている。その依頼主は様々だが、貴族が相続争いのために雇ったり、国家が他国の要人を暗殺するために雇ったりすることがほとんどだ。中には国家が多額の費用を払って、暗殺ギルドを国の組織の一つに組み込んだ例も存在するくらいだ。


 エアリエル王国でも過去には暗殺ギルドの暗殺者と思しき刺客に、王妃であるアマナが襲われた事例がある。それは暗殺者達が口を割ることなく、王妃暗殺未遂の罪で処刑されたので、依頼主が誰なのか分からないままなのだが、このような事態は他の国なら日常茶飯事のはずだ。

 エアリエル王国は特にアスマの存在が大きく、他国が下手にこのような動きを取ることがない。


 しかし、今回はそもそもの狙いがアスマ本人だ。

 暗殺ギルドが動いていてもおかしくはなく、特に若い世代の騎士はその対応ができない可能性もある。


「シドラスさんは…大丈夫ですよね」

「まあ、流石に大丈夫だと思いますが、一人だと絶対に安全とは言い切れないので、時間制限を設けたと言っていましたね」

「ということは、兄様は今日の祭りを一日楽しめないんですね……」


 アスラが暗い表情をした瞬間、そこを狙っていたようにライトが手を叩いた。

 そのあまりに唐突に鳴った音に、考え込んでいたアスラはビクンと身体を震わせて驚いている。


「暗い話はここまでにしましょう。俺達はアスマ殿下の分まで祭りを楽しまないと」

「そうですよね。僕達が暗くしてたら、兄様が気にしますよね」

「そうです。俺達が祭りを楽しまないと、殿下も浮かばれませんよ」

「おい。殿下はまだ死んでない」

「いや、この後死ぬみたいな言い方やめてくださいよ」


 ウィリアムとライトのやり取りに、アスラはくつくつと笑い出した。普段は概ねライトに怒っているウィリアムも、こういう時はライトを尊敬する。

 このアスラの笑顔をウィリアムは作り出せない。ライトだからこそ、この空気はできた。


「それじゃ、そろそろ行きましょうか」


 アスラと一緒にウィリアムとライトも街に出る。

 三人の中で、竜王祭の二日目が始まった瞬間である。



   ☆   ★   ☆   ★



 心配するグインに大丈夫だと告げて、ベネオラはパンテラを出たが、実際に大丈夫なのかは分からなかった。

 昨日と同じように王城の前まで来るように言われたが、そこで待っていて何があるのかベネオラは知らない。

 昨日の話からすると、ベネオラはアスマ達と一緒に回れないはずだ。待っているように言ったベルは来ないはずだし、他の知り合いは思いつかない。


 それなら、王城で待っていたら、一体何があるのだろうかと考えている間に、ベネオラは王城の前についていた。

 昨日と同じように待っていようと思い、昨日と同じ場所に目を向けたところで、ベネオラは衛兵の顔が違うことに気づく。

 どうやら、今日の城門の警備を担当しているのは、昨日の二人の衛兵ではないらしい。


 そのことに気づいた瞬間、ベネオラは少しの寂しさを感じた。とても楽しかった昨日の思い出との違いが、ベネオラに寂しさを植えつけてくるようだ。


「ベネオラさん…?」


 不意に声をかけられ、ベネオラの身体は石膏を流し込まれたように固まった。ゆっくりと振り返ってみると、見知らぬ女性が二人立っている。


「ベネオラさん…じゃなかった?」

「いえ、ベネオラです。あの…どうして私の名前を?」

「あれ?ベルさんから何も聞いてない?」

「じゃあ、私達のことも分からないんじゃないですか?」


 視線だけで問いかけてくる姿にベネオラはうなずきで答えた。二人の女性は顔を見合ってから、呆れたように笑い合っている。


「ベルさんっぽい」

「らしいですね」

「あの…二人はベルさんのお知り合いで…?」


 ベネオラがおずおずと訊ねると、二人は揃ってうなずいていた。


「私達、ベルさんの同僚なの」

「同僚…?ていうことは、二人共お城で…?」

「そう。ここで働いているの」


 そう答えてから、一人の女性が自分のことを指差した。


「そうだ。まだ名乗ってなかったよね。私はキャロル」

「私はスージーです」

「あ、あの…私はベネオラです…」

「うん。知ってるよ」


 自己紹介してくれたことで、二人の女性がキャロルとスージーであることが分かったベネオラだったが、どうして自分に声をかけてきたのかは未だ分かっていない状態だった。

 怪訝げに二人を見てみるが、二人は首を傾げるばかりで答えてくれる気配がない。


「あの…二人はどうしてここに?」

「あ、そうだった。ベルさんに言われたんだよ。今日、一緒に回って欲しい子がいるって」

「え?」

「ベネオラっていう子がお父さんに見捨てられて天涯孤独だから一緒に回って欲しいって」

「見捨てられてませんよ!?」

「先輩?そこまで言ってなかったですよ?」

「ジョーク。ちょっとしたジョークだから」


 悪戯っぽく笑うキャロルを見て、ベネオラは何となくベルと似ている気がした。多分、ベネオラは何度も揶揄われることになるだろう。

 そんな予感がしたところで、不意にスージーが顔を近づけてきた。突然、スージーの顔で視界が一杯になって、ベネオラは驚きから喉の奥に声を詰まらせることになる。


「そんなことより、ベルさんから聞いたんだけど、ベネオラさんって好きな人がいるんだってね!?」

「え!?どうして、それを!?」


 ベネオラは自分の気持ちが全面ガラス張りでだだ漏れなことを知らないので、ベルが知っているという事実に心底驚いていた。


「具体的には教えてくれなかったんだけど、誰なの!?もしかして、私達も知っている人!?だから教えてくれなかったの!?」

「え!?いや、それは…!?」

「はいはい。それはいいから。それより、先に聞くことがあるでしょ?」


 尋問モードに突入したスージーを止めながら、キャロルがベネオラの顔をまっすぐに見てきた。


「それで、ベネオラさんはどうする?もし他に用事があるとか、私達が嫌なら、無理に一緒に回る必要はないけど」

「そ、そんなことはないです。回りたいです」

「そう。それなら、良かった」


 ホッとしたように笑うキャロルの姿を見ながら、ベネオラは昨日とはまた違う今日が訪れたことを嬉しく思っていた。そのような機会をくれたベルに心の中で感謝の言葉を送る。


(本当にありがとうございます)


 そう呟いた瞬間に、キャロルの表情が一変した。


「ところで、さっきの続きだけど、ベネオラさんの好きな人って誰なの?」


 そう聞かれた瞬間に、ベネオラの笑顔は盛大に引き攣ることになった。

 ベネオラの竜王祭の二日目は、二人のメイドによる騎士も青褪める尋問から始まることになった。

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