前々日(4)

 ラングとの壮絶な魔術学の勉強の時間を終え、アスマは燃えカスのようになっていた。全身を白く染め、生ける屍となったアスマがよぼよぼと廊下を歩いていく。


「あ、殿下。ちょっと待ってください」


 その燃えカスとなったアスマを呼び止める声に、アスマはよぼよぼの足を止める。


「ドーシタノ…?」


 アスマが真っ白な顔を向けると、パロールがアスマに近づいてくる。その表情はアスマの様子に笑っているようだ。


「殿下は今日もベルさんとお逢いしますか?」

「アア、ウン。アウト、オモウヨ」

「ふふっ…それなら、伝言をお願いしても、ふっ…いいですか?」


 パロールは必死に笑いを堪えていた。そのことがパロールの言葉の内容よりも、アスマは気になってしまう。


「ナニ?ナニガ、オカシーノ?」

「いえ、何、ふっ…何も、ふふっ…」

「ワラッテルヨ!!メチャクチャ、ワラッテルヨ!!」

「では聞きますけど、どうして、そんな抑揚なんですか?」


 引き続き笑いを堪えながら、パロールが言ったところで、アスマは必死に全身で怒りを表現し始めた。


「アタマガ、アタマニ、ナッテルカラ、シカタナイデショー!!」

「ちょっと意味が分からないです、ふっ…」


 そう言ってから、パロールは盛大に笑い出した。アスマの口調だけでなく、そこに怒りの舞が加わったことで、ついに我慢できなくなったようだ。アスマは更に憤慨するが、それによってパロールも更に笑い出すので、怒りと笑いの永久機関が誕生してしまう。


 やがて、アスマは残っていた燃えカスのような力も使い切り、ぐったりと項垂れることになった。その頃には、パロールも笑い疲れてしまい、腹を抱えたまま倒れ込みかけている。


「えっと…それで、何だっけ?」

「ベルさんに伝言をお願いしたいんです」

「あー、ベルに伝言ね。何の?」

「二日後には祭りが始まるので、その前に一度、身体の検査をしたいので、明日お願いしますと伝えてください」

「そういうことね。分かった。伝えておくよ」


 アスマはパロールの頼みにそう答えながら、不意にパロールのその役目の進捗が気になった。ベルの身体を調べるという役目を負ったはずだが、それからどうなったか詳細をアスマは知らない。


「何か分かったの?」

「分かることもあれば分からないこともありって感じです。大体分からないことの方が増えていくんですけどね」

「じゃあ、とかはまだ分からないんだ?」

「まあ、そうですね。そう簡単に見つかるものではないと最初から分かってることなんですけどね」

「そうだよね。簡単に見つかることなら、ベルはここに来なかっただろうしね」


 そう言いながら、アスマはベルが王城にやってきた時のことを思い出す。その時にあった出来事やその時に分かったことを思い出し、少し感傷的な気持ちになる。


「最悪、使


 つい、そんな言葉を呟いてしまったのは、そんな感傷的な気持ちが原因だ。アスマ自身、呟いてから、言葉をなかったことにするように口を押さえたくらい、それは無意識の裡に漏れた言葉だった。


「今の発言は聞かなかったことにしますからね」

「そうだね。ごめん」

「ベルさんの前では言わない方がいいですよ。絶対に怒られますから」

「うん。気をつけるよ」


 明らかな失言に困ったような顔をしながらも、アスマはどこかでその言葉を冗談や嘘だと言い切ることができないでいた。


 それはそこに込められた気持ちをアスマがどこか本気で思っているからだ。本気で最悪の場合のことを考えた時、アスマは使とベルに言うつもりでいる。

 それをベルがどのように思うのか、アスマはに知っているのだが、それでも、その気持ちは捨てられずにいた。


「そういえば」


 不意にパロールが口に出したのは、もしかしたら、その空気を変えたかったからかもしれない。何かを思い出したように呟いた声に反応して、アスマがパロールを見たところで、パロールはアスマも気になっていた話題を口に出した。


「ベルさんと言えば、居住棟に泥棒が入ったらしいですね」

「あ、そうそう、そうなんだよ」

「ベルさんは大丈夫だったんですかね?」

「全財産を盗られたらしいよ」

「凄い被害に遭っているじゃないですか!?」

「そうだよね!?だから、俺が探偵アスマとして犯人を捕まえようとしたんだけど、セリスが居住棟に入れてくれないんだよ!!」

「賢明な判断だと思います」

「何で!?」

「そんなに心配しなくても、セリス様ならすぐに犯人を見つけてくれますよ」

「いや、でも俺が協力した方が早いよ?」

「殿下は邪魔という言葉をご存知ですか?」

「何で、みんな同じこと言うの?」


 シドラスやセリスと変わらないパロールの反応に、アスマの不満は更に募るのだった。



   ☆   ★   ☆   ★



 アスラとあれこれ考えていても埒が明かないだけでなく、自分に任された意味がないと気づいたライトは、王城内を行き場もなく徘徊していた。

 ベルを観察しに行くことは、どうしても乗り気になれなかったので、他の手段でベルへのプレゼントを絞り込もうとこの時のライトは考えていたが、その絞り込むための他の手段も思いつかないで、結局悩み続けている状態だ。

 ベルと同じようなケースが他にあればいいのだが、それがあればここまで悩んでいないので、そんなことを考えることに意味はない。


 ライトの思考は堂々巡りを繰り返し、それと同じように同じ場所を歩き続けてしまう。それを何度か繰り返した王城内の廊下の途中で、ライトと同じくらいに悩んでいる人物とライトは出逢うことになった。


「あ」


 その人物に逢った瞬間、ライトはそのような声を漏らしてしまっていた。それはその人が現在出逢いたくない人ランキングの上位にランクインしていたからだ。


「何だ、ライトか」


 軽くライトを一瞥してから、そこに立っていたセリスはそう呟いた。手にはいくつかの書類を持っている。


「サボりか?」


 二言目にはそう聞かれ、ライトは思考よりも反射でかぶりを振る。


「違いますよ。絶賛仕事中です」

「こんなところで何の仕事だ?」

「それは殿下からの極秘任務に関わるので話せません」


 ライトが仰々しく、真面目な態度を取ってみせると、明らかに不審そうな目でセリスに見られることになった。セリスは微塵も信じていないようである。


「セリスさんこそ、何をしているんですか?結構考え込んでいたみたいですけど」


 追及されても実際に話せないことが多いので、ライトが話題転換を試みると、意外とすんなりとセリスは乗ってくれたようで、その手の中にある書類をライトに見せてくれた。


「今朝の一件があったから、警備体制を見直していたところだ」

「警備体制を変えるんですか?」

「ああ、少なくとも祭りの間は予定より厳重にするつもりだ。今回は金銭面の補償で済む話だったが、次起きた時もそうであるとは限らないからな。できる限りの予防はしなければいけない」

「まあ、確かに泥棒で済んだだけ良かったですよね。侵入した人物がもっと違うことをしていたら、被害はもっと大きくなっていましたからね」

「そうだな。まあ、アクセサリーの類は金銭面の補償で完全に済む話でもないんだが」

「同じアクセサリーは手に入らないことも多いですからね」

「それもあるが、誰から貰ったとか、どんな時に貰ったとか、そういうがつきやすいからな。それはどうしても補償することができない」


 付加価値。それはライトの思考にない概念だった。

 それまでベルに何をあげるかばかり考えていたが、物だけで終わらない別の価値も、プレゼントには存在するのかと今更ながらに思う。それを考慮することで、今回のプレゼントも見つかるかもしれないと考えられるようになってくる。


「ちょっといいインスピレーションを貰ったかもしれない」

「どうした?」

「いえ、セリスさんのお陰で助かりました。ちょっと考えたいことがあるんで行きますね」

「ちょっと待て。一つだけ聞きたいことがあるんだが、団長を見ていないか?これを報告したいんだが」


 そう言って、セリスは再び手に持っていた書類をライトに見せてくる。


「団長ですか?いや、俺は見てないですね」

「そうか。もし見かけたら、私が探していたことを伝えておいて欲しい」

「はい。お任せください」


 ライトは軽く敬礼して、セリスと別れる。


 セリスのお陰でイメージは湧いてきた。後はそのイメージをいかにベルへのプレゼントとして形にするかが問題だった。

 ただ、それまでの問題と比べると、答えの方向性の見えている悩みなので、ライトの気分は少し晴れやかなものに変わっていた。

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