前々日(3)
この時期にサボっているのはアスマくらいのものだとシドラスの発言にある通り、祭りまであと二日というこの時期は、多くの人が最終準備に追われていた。
その中で悠々自適にサボっている人物がいた。もちろん、剣の稽古の最中であるアスマではない。現役最年長の騎士、ヴィンセントだ。
ヴィンセントは特に何か目的があるわけでもなく、かと言って、何か仕事があるのか確認しに行くわけでもなく、ただぶらぶらと王城内を歩いていた。
そもそも、昨日のブラゴに連れていかれた時から、ヴィンセントは真面に自由行動を取れていなかった。ブラゴやシドラスに言わせると、それが当たり前のことなのだが、ヴィンセントからするとそれは異常事態だった。
「この俺がサボってない…だと…!?」
そう声に出すことこそないが、心の中では何度も叫んでしまう。それほどまでにヴィンセントの鬱憤は溜まっていた。
その鬱憤を晴らすようにヴィンセントは自由を謳歌していた。誰かと雑談していても、横になって寝ていても、堂々と働かなくても文句を言われない自由を盛大に楽しんでいた。
しかし、その自由も長くは続かない。正確に言うと、自由は続いていたのだが、だんだんとその状況にヴィンセントは飽き始めていた。
自由であることは喜ばしいことであり、非常に楽しいことであるが、自由であることは同時に暇であることを表しており、ヴィンセントにはやることがないのも同然なのだ。あくまで他は忙しいので、誰かと何かをすることもできない。
(あー、やばい。何か、これはこれで息苦しくなってきた…何か探そ…)
そう思ったヴィンセントが面白いことを探す旅に出たところで、滅多に王城で顔を合わせない人物と出逢うことになる。
「あれ?ギルバート卿じゃないですか」
ヴィンセントが声をかけると、王城内を歩いていたギルバートとタリアが立ち止まった。振り返って声をかけてきた人物がヴィンセントであることに気づくと、ギルバートとタリアは軽く頭を下げてくる。ヴィンセントはそれに答えるように、ぺこぺこと何度も軽く頭を下げてみせる。
「何をしているんですか?」
「実はアスマ殿下の誕生日を祝うプレゼントを持ってきたんですよ」
「殿下への誕生日プレゼント?何ですか?金?」
「そんなあからさまな物は持ってきませんよ。例のアレです」
例のアレ。意図的に濁したわけではなく、ヴィンセントであればそれで通じるという雰囲気でギルバートが言ったその言葉に、実際ヴィンセントは思い当たる答えがあった。
それはヴィンセントも話を聞いた段階で、ワクワクと楽しみにしていたものだ。
「おおぅ!!アレができたんですね?」
「はい。まだ試作品ですが、一応は一つだけ」
「結構早いですね。もっと時間がかかるものなのかと思いました」
「外側自体の時間はあまりかからないんですよ。問題は相性の方なので、その試作品の稼働の仕方次第で、どのように他を作っていくか方向性が決まっていく感じですね」
「じゃあ、俺も触れたりするんですか?」
「それは何とも。今はサリー様に預けていますので、そちらの方にご確認いただければよろしいかと」
「ああ、サリーちゃんか。後で行こうかな~」
面白いことの発見にヴィンセントはワクワクした気持ちと一緒に、ちょっとした寂しさが湧いてきていた。
「しかし、殿下は羨ましいな。ちゃんとプレゼントが貰えるなんて」
「ヴィンセント様は貰えないのですか?」
「普段はもちろんのこと、誕生日すら怪しいですね」
「ヴィンセント様の欲しい物って難しそうですね」
「そんなことないですよ。例えば」
ヴィンセントはギルバートの隣に立っているタリアにさっと近づき、その手を軽く握った。
「タリアちゃんがデートしてくれたら、俺は満足だよ?」
「永遠に満足しませんね」
「つれないなー、タリアちゃんは。でも、そういうところも可愛いよ」
「驚くほどに不快だったので訴えてもよろしいですか?」
辛辣なタリアの様子にも一切負けないヴィンセントの様子を見て、ギルバートはお手本のような苦笑いを浮かべていた。どう反応したらいいのか分からない様子だ。
「あのー、ヴィンセント様。そろそろ、すみません。次の仕事がありますので」
「ああ、そうですか?それは残念。次はお願いね?」
「その時は裁判所ですね」
最後まで辛辣な態度のタリアに手を振りながら、ヴィンセントはギルバートと別れることになった。その頭の中はすぐに切り替わっており、ギルバートがアスマのために持ってきたというプレゼントのことばかりを考えている。
(よし、見に行こう)
そう思ったヴィンセントは国家魔術師の一人、サリーのところに向かうのだった。
☆ ★ ☆ ★
ギルバートがアスマへの誕生日プレゼントを持ってきた頃、プレゼントを渡す前段階で悩み続けている男がいた。ライトのことである。
アスラから依頼されたベルへのプレゼントを考え、あまりに思いつかないことから本人に直接的に聞いてみたライトだったが、その返答は全く参考にならないものだった。
結局、ライトはベルに何を渡せばいいのか分からず仕舞いである。頭を抱えたライトはその悩みを打ち明けることにする。
「何をプレゼントしたらいいんですかね?」
「それを僕に聞きますか?」
困惑した表情のまま、アスラはそう答えた。
「いや、分かっているんです。ただ俺の周囲で相談できそうな、一番大人な人ってなると、筆頭が殿下だったもので」
「それは環境に問題があるんじゃないですか?」
ライトがあまりに悩んでいるからか、アスラはだんだんと心配そうな表情になっていた。
「もし無理そうなら、大丈夫ですよ?これはあくまで僕の我が儘なので」
「あ、いえ、殿下のご命令はもちろん遂行しますよ。それが俺の仕事なんで。ただベル婆の好みがあまりに分からないもので、つい言葉に…」
「本人に直接聞いてみるとかどうですか?ライトさんなら、うまく誤魔化しながら聞くの得意ですよね?」
「殿下の俺への印象はどうなっているんですか?それに本人に聞くことなら、既に昨日したんですよ」
「それでも?」
「全く参考にならない答えが返ってきただけでした」
一応、ベルへのプレゼントを考えているアスラは王子なので、アスラがベルに折檻されることで、ベルの要望を叶えることはできるかもしれないが、あくまでベルが折檻したい相手はアスマの方であって、アスラを折檻しても仕方ないと言える。
「ベルさんの近くで、ベルさんを観察してみたら、何か分かるかもしれませんよ?」
「あ~…でもー、そんなに近くにずっといたら、バレるかもしれないじゃないですか?」
笑顔で取り繕うライトの姿を見て、アスラが妙に悲しそうな顔をしている。
「どうしたんですか、殿下?」
「いえ、何でもありません」
「そうですか?」
そこでライトはアスラに一つ確認しておかなければいけないことがあったことを思い出した。昨日、ずっとプレゼントについて考えている中で思い出した当たり前の疑問である。
「プレゼントっていつ渡しますか?いつまでが期限ですかね?」
「最終日に兄様へのプレゼントと一緒に渡そうと考えています」
「それじゃあ、最終日までに用意したらいいってことですね」
四日後までにプレゼントを用意する。今すぐに用意しなければいけないという考えとは違い、そう考えると少しだけ気持ちは楽になるが、楽になったところでベルへのプレゼントは思いつく兆しがない。
「誰かベル婆について詳しい人がいればいいんですけどね…」
「それは…兄様くらいですかね?」
「絶対ベル婆にバレる」
「ですね」
ライトは盛大な溜め息をつく。考えれば考えるほどに分からなくなってしまう。
「他に詳しい人がいればいいのに…」
そう呟く声まで溜め息色に染まっていくようだった。
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