前々日(1)
女三人寄れば姦しいと言うが、その三人の内の一人が眠っていても適用されることをベルは知らなかった。あまりに姦しいスージーの声にベルが起こされたのは、竜王祭二日前の朝のことだ。
目を覚ましたベルが身体を起こすと、スージーは自分の荷物を漁っているところだった。ベルは一人で使っている部屋ではないのだからとスージーに注意しようとするが、そこでもう一人同室であるキャロルも、スージーと同じように荷物を漁っていることに気づいた。
「何だ、どうした?夜逃げか?」
「いや、ベルさん、もう朝だから。ていうか、それどころじゃないから」
「ベルさん!!泥棒ですよ!!」
「はあ?何だ、急に?」
「だから、泥棒が入ったんですよ!!」
ベルが目覚める少し前のこと。目覚めたスージーは自分の荷物が動いていることに気づいたらしい。いつもの自分が置かない場所に置かれている物があり、そのことを不思議に思ったスージーが荷物を調べたところで、いくつかのアクセサリー類が消えていることが発覚したようだ。
慌てたスージーの声にキャロルも起きて、キャロルも自分の荷物を調べ始めたところがさっきの場面らしい。
「あー、最悪…私も財布が消えてる…」
「ほら、やっぱり泥棒ですよ!!泥棒が入ったんですよ!!」
「ベルさんは何もなくなってない?」
キャロルに言われて、ベルは真っ先にベッドの下を確認する。アスマに見つからないように、入念に隠しておいたプレゼントがそこには置いてあるのだが、それは変わりなくその場所にあった。
そのことにベルがホッとしたのも束の間、何気なく見たテーブルの上に置かれていたはずの物が消えている。
ベルはベッドから抜け出して、テーブルの周辺も探してみるが、消えている物は見つからない。
「私も袋が消えているな」
「袋って?あー、あのベルさんが机の上に良く置いてる奴?あれって何が入ってるの?」
「全財産」
「あんな無防備に置いといて!?」
「いや、どうせ誰も盗らないだろうと思っていたし、盗られてもここなら生活する分には困らないし、別にいいかと思っていたんだ」
「そういえば、ベルさんってお金を何に使ってるの?」
「アスマとパンテラに行った時の紅茶代が主な出費だな。だから、問題ないと言えば問題ないんだが」
「いやいや、これは大問題ですよ!!だって、この部屋に泥棒が入ったって証拠じゃないですか!?」
「いや、そうと決まったわけじゃ…」
ベルがそこまで言ったところで、部屋の外からも騒がしい声が聞こえてくることに気づいた。それはキャロルも同じようで、二人して扉を開けて、部屋の外の様子を探り始める。
どうやら、他のメイドの部屋からも、スージーと同じような声が聞こえてきているようだ。
「これって…」
その時にベルが言いかけたことに間違いはなく、スージーの言っていた通りに、使用人の居住棟に泥棒が入ったと発覚するのは、それからすぐ後のことだった。
☆ ★ ☆ ★
アスマの朝は衝撃から始まる。大きく広げられた毛布から、ころころと転がり落ちて、床に身体を打ちつけた衝撃が目覚ましだ。
痛む身体を押さえながら起き上がったところで、アスマは毛布を手に持ったベルに怒りの目を向けた。
「ちょっとベル!!だから、乱暴に起こさなくてもいいでしょ!!」
「だから、そうならないように何度チャンスをあげたって聞いただろうが!!」
「全然記憶にございません!!」
「眠っていたからな!!」
朝の恒例ともなったベルとの言い争いを終えたところで、アスマは部屋の外から聞こえてくる騒がしさに気づいた。それも最近の日常である祭りの騒がしさとは関係のない、衛兵やメイドの声が原因の騒がしさだ。
「あれ?何か、外が騒がしくない?」
「ああ、泥棒が入ったからな」
「え!?泥棒が入ったの!?みんなで追ってるとこ!?」
「そんなわけないだろ?今頃、どこかで盗んだ物を売り払っているだろうな」
「俺も何か盗まれたかな?」
ベッドの横から抜け出して、アスマは部屋の中を調べようとした。
「必要はないぞ。泥棒が入ったのは、使用人の居住棟だけだ」
「え~、じゃあ、俺の物は何も盗まれてないの~?」
「盗まれたかったみたいな言い方はやめろ。目の前に実際に盗まれた人がいるんだぞ?」
「え?ベル、何か盗まれたの?」
「ああ、全財産が入った袋が盗まれた」
「え!?それって大変なんじゃないの!?」
「いや、食事なり住むところなりはここにいる限り支障がないし、そもそも金を使うことが少ないから、強いて言うなら、パンテラで払う金がなくなったくらいなんだがな」
「やっぱり、一大事じゃん!?」
落ちつき払っているベルと対照的に、アスマはあたふたとし始めたのだが、あたふたとしたところで何かできることがあるわけでもないので、ただただあたふたするしかなかった。
「どうする!?泥棒見つける!?捕まえに行く!?」
「どうやって見つけるんだ?無茶言うな」
「いや、そこは推理して…推理?」
そこでアスマは妙案を思いついた。ただあたふたとするだけでない、しっかりとした解決法が自分にはあったではないかと思い出す。
「そうだ!!探偵アスマの出番だよ!!」
「いやいや、その探偵の出番はここじゃない。というか、一生ない」
「よし、今すぐ泥棒の痕跡を探しに行こう!!すぐに捕まえて、ベルの全財産を取り戻すよ!!」
「そんなうまく行くわけがないだろ?捕まえるどころか、逢うことすら難しいに決まってる。それに今すぐって、シドラスとの剣の稽古はどうするんだ?」
「あっ」
「完全に忘れてたな…」
「大丈夫!!シドラスに頼んで休みにしてもらうから!!」
「絶対無理だ…」
「そんなことないって!!」
この時のアスマは真摯に頼み込めば、シドラスも認めてくれると確かに信じていた。
☆ ★ ☆ ★
「何を言っているんですか?ダメに決まっています」
今日の剣の稽古は休ませて欲しいとアスマが頭を下げたところで、シドラスが言い放った言葉がそれだった。心底呆れた様子で溜め息までついている。
そのことにアスマは愕然としていた。アスマが真摯に頼み込んでいるというのに、シドラスは考えた素振りすら見せない。まるで最初から認めないことを決めていたようだ、とアスマは本気で思っている。
もちろん、シドラスからすると、理由も話さずにただ休みたいと伝えてくるなど、アスマは何を考えているのだろうかと思っているのだが、アスマはそんなことに一切気づいていない。
「あのですね、殿下。人に何かを頼む時は、最初に理由を説明するものです」
「ああ、そうか、理由ね。俺が泥棒を捕まえようと思って」
「殿下?寝言は眠っている時に言うものですよ?」
「シドラス酷い!?」
アスマはシドラスの助言通りに理由を説明したというのに、シドラスの態度に一切の変化はなく、そのことにアスマは少し憤慨していた。
「考えるフリくらいしてもいいじゃん!?」
「それにどんな意味があるんですか?そもそも、殿下が泥棒を探す理由が分かりません」
「俺が探して早く見つけるんだよ!!」
「殿下が邪魔したら見つかるものも見つかりませんよ」
「邪魔じゃなくて手伝い!!」
「殿下の手伝いは広義的に邪魔と言うんです」
「コーギー的って何!?犬!?」
「どうやら、間違っていないようですね」
アスマはまだ納得できていないところが多く、話を終える気持ちは全くないのだが、シドラスはこれ以上アスマの話を聞くつもりがないようで、さっさと木剣を握っていた。アスマの分の木剣をアスマの傍らに投げてきて、さっさと稽古を始めるように言ってくる。
「俺はまだ諦めてないんだけど!?」
「殿下が諦めていないかどうかは関係なく、殿下の邪魔、もとい手伝いを必要としている人はいませんよ」
「俺にだって何かできるよ、きっと」
「そうですね。その木剣を握って、ここで大人しく稽古をすることくらいはできるのではありませんか?」
「そういうことじゃなくて!!」
「殿下にできることはそういうことしかありませんよ。早く剣を握ってください」
「全然聞いてくれない!?」
アスマがぐったりと項垂れて、自分の隣に落ちてある木剣を見る。シドラスは剣の稽古を始めようとするばかりで、アスマの話など聞いているかも怪しいくらいだ。
そう思ったところで、アスマはほんの少しの疑問を懐いた。
「そういえば、シドラスは泥棒を探さなくていいの?」
「人にはそれぞれ役目があるんです。今回の私の役目は殿下の稽古の相手です。そして、殿下の役目は稽古をすることです。泥棒騒ぎの方はセリスさんが調べているので問題ありません」
シドラスが言い切ったことで、アスマは不満そうに唇を尖らせながらも、木剣を握ることにした。そのことを喜ぶようにシドラスは小さく笑ってから、剣の稽古を始めるのだった。
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