前々々日(9)

 魔術師のたくさんの秘密が詰まったお洒落な店、魔術道具屋。それを想像していたライトの幻想を打ち砕くように、エルの案内で訪れた魔術道具屋は立っていた。


 まず驚いたのは、魔術道具屋に掲げられていた看板だ。魔術道具屋の名前と思しき名前が書かれているのだが、その名前がライトの想像の斜め上から落ちてきたものだった。


『魔術道具屋』


「店の名前かよ!?」


 ライトの渾身のツッコミに、エルは堪え切れなかったように笑い出す。

 肉は肉屋、魚は魚屋のように、魔術道具屋とは魔術道具を売る店の意味だとライトは思っていたのだが、それ自体が店の名前のようだった。


「俺はてっきり魔術道具を売る店だから、魔術道具屋だと思っていたんですけど」

「本来はそうだよ。ただ、ここの店主は物臭だからね。薬屋なら薬屋、家具屋なら家具屋って名前にしていたと思うよ」

「物臭っていうか、センスが意味分からない。ていうか、もう一つ確認なんですけど、店はやってますよね?」

「ああ、うん。一応ね」


 ライトがそう確認してしまったのは、看板以外の外観があまりに廃墟染みていたからだ。無造作に伸びて壁面を覆う植物や、割れてしまって木板で塞がれているガラス窓など、明らかに店をやっている建物の見た目ではない。


「俺ってもしかしたら、働き者だったのかもしれません」

「そうじゃない自覚はあったんだね」


 ライトとしては入るのに覚悟がいる外観だったが、エルは何度も来ている店のようで、ライトに何も言わずに店の扉を開けてしまう。まだ覚悟を決めていなかったライトはその行動に驚き、慌ててエルを止めるために声をかけようとする。


『ブォー』


「え!?何!?何の声!?」

「牛蛙だね」

「牛蛙!?何で入口に牛蛙!?」

「ドアベルの録音をする際に、近くにあったのが牛蛙だったんだよ」

「だけども!!そうだとしても!!センス!!」


 渾身のツッコミを繰り出す中で、覚悟を決めることも有耶無耶になってしまったが、そんなことを抜きにして、ライトは店に入りたくない気持ちが強まっていた。お出迎えが牛蛙の鳴き声である店に踏み入りたいとは思えない。


「エル様、俺、帰りたくなってきたんですけど」

「でも、ライト君がついてくるって言ってきたんだよ?」

「ああ、うん、はい…」


 流石のライトもエルに正論を突きつけられて、自分の我が儘を通せるはずもなかった。帰りたい気持ちをギュッと押さえて、ライトはエルの後ろについていく。


 店内は時間帯から考えられないほどに薄暗く、入ってきた当初は何があるか真面に分からないほどだった。

 だんだんと目が暗さに慣れてくると、店内の雑多な様子が見えるようになっていた。並べられた商品の多くはライトの知らないもので、その並びに統一性があるのかどうかの判断もできない。


 エルの進むままに店の更に奥に進みながら、その先に目を向けたところで、その場所に誰かが座っていることにライトは気づいた。

 ぼさぼさと無造作に伸び切った髪の毛に顔を隠し、隙間からぎょろりと目を覗かせた女で、店内の様子や暗さもあってか、その姿はとても不気味に映った。


「いらっしゃい」

「やあ、フー。元気だった?」

「ああ、元気だよ」


 エルがそこに座る女に近づきながら、軽く挨拶を交わしているところで、困惑した表情で見つめるライトの姿に女が気づいたようだった。ぎょろりとした目がライトに向いて、ライトはばっちりと目が合ってしまう。


「そっちは誰だい?」

「彼は騎士のライト君だよ」

「ど、どうも」


 軽く頭を下げながら、ライトは笑顔を浮かべようとしたが、強張ってしまった表情では笑顔を作ることができなかった。


「それで何の用だい?」

「監視用の魔術を一つ用意して欲しいんだ。登録タイプ設置型で、そうだな…土に埋めるのがいいかな」

「はいよ。ちょっと待ってな」


 そう言うなり、女は店の奥に入っていってしまう。ライトはその女が誰かも分からないまま、店内に取り残された気分だ。


「今のは誰ですか?」

「この店の店主のフーだよ」

「店主。つまり、あの人が…」


 そこまで言ったところで、口にしてはいけない言葉が出そうになって、ライトは口を噤んだ。そのことに気づいたエルが小さく笑っている。


「これって、店の中を見てもいいんですかね?」


 ライトが話を変えるようにエルにそう聞きながら、店内を見渡した。雑多に並んだ良く分からない品物の数々は、良く分からないからこそベルへのプレゼントに繋がる可能性があると言える。

 ここで商品を見ておくことで、もしかしたら何かプレゼントの答えに繋がるかもしれない。


「いいと思うよ」


 エルにそう言われて、商品を見ようとしたところで、ライトは本格的に悩むことになった。あまりに置いてある商品が何か分からず、見ようにも参考にすることができそうになかったのだ。


「あの~、エル様。解説お願いしてもいいですか?」

「やっぱり分からない?」

「全然」

「分かった。どれをしたらいいかな?」

「じゃあ…これとか関係あるんですか?」


 ライトが近くに置いてある紙を手に取り、エルに見せる。掌サイズの紙には、何か良く分からない模様が描かれているだけで、他に変わったところはない。


「それは一式魔術だね」

「一式魔術?」

「術式一つで作られた魔術だよ。それは破くと発動するタイプで、ライト君でも使えるよ」

「え?そんなのもあるんですね」

「それは破くと発火するタイプだね」

「それって危ないじゃないですか」

「いや、そこまでの火じゃないよ。軽く先端が燃えるくらいで、火種にはなるけど、それ自体で何かを燃やすのは辛いぐらいだね」


 エルはライトの持っている紙と同じ紙を数枚手に取る。


「こっちは破くと光って、こっちは破くと風を起こすタイプだね。どれも日常の手助けになるくらいの効果だよ」

「強い奴は魔術師しか使えないってことですか?」

「その認識でいいと思うよ」


 ライトは紙を元の位置に戻しながら、その隣に置いてある球体に目を向けた。それは紙とは違って、術式らしき模様すら描いていない。表面はツルツルとしていて、非常に綺麗だ。


「これって何も描いてなくないですか?」

「それは魔物の素だからね。後から術式を描いて、発動させるものだよ」

「魔物って何ですか?刃物的な?」

「ちょっと違うね。魔術で作られた生物のことを魔物って言うんだよ。同等の強さの傭兵を雇うより安いから、魔術師が何かを集めに行く時とかは、それを使うことが多いんだよ」

「そんな強いのがこれから生まれるんですか!?魔術師、怖っ!?」

「考えようによってはそうなるね」

「エル様もこれ使えるんですよね?」

「使えるけど、使わないね」

「まあ、


 ライトはエルの一つのを思い出しながら、うなずいていた。球体型の魔物の素を戻して、更に他の物にも目を向けていく。


 最初に取った紙の説明から、術式の描かれたものの使用方法は想像がついた。最初の物より複雑な模様が描かれているのは、術式の枚数が多くなっていることも、そうなると魔術師でないと扱えないことも、エルから説明を聞く前から何となく分かることだった。

 その中で魔物の素と近しく、術式の描いていないものを再び見つけることになった。とても黒い液体の入った小瓶だ。


「これは何ですか?さっきの魔物の素みたいなことですか?」

「それは違うね。それは薬だよ」

「薬?あの傷とか治す奴ですか?」

「いや、それとは違う薬だね。魔術を使って作った何かしらの効果を発揮する液体のことを魔術師は薬って呼ぶんだよ」


 ライトの持った小瓶にエルが顔を近づけてきて、中に入った黒い液体を覗き込んでくる。


「それは飲むと夜目が利く薬だね。光の有無に関係なく、どんな暗闇でも見えるようになるはずだよ」

「それって、かなり凄いじゃないですか。暗殺者が飲めば、要人も殺し放題ですよ」

「そうならないようにする仕事の人が言っていいことじゃないね」

「他にも効果があるんですよね?もしかして、モテる薬とかもあったりして…」

「ああ、あるんじゃないかな」

「え!?本当に!?」

「急に食いついたね」


 前のめりになったライトに、エルが困惑した表情をしているところで、店の奥からフーが戻ってきた。その手には人の頭ほどの大きさをした球体を持っている。


「はいよ。これでいいかい?」

「ああ、うん。ありがとう」

「礼はいいから、早く寄越しな」


 そう言ってフーが手を出したところに、エルが監視用の魔術の代金を乗せていく。その額を横から見ていたライトが、酷く驚くことになった。


「え!?そんなにするんですか!?」

「まあ、魔術は大体買うと高いからね」

「そんな値段で国家魔術師以外の魔術師は買えるんですか?ちゃんと商品とか売れてるの?」

「うるさいね。ちゃんとカツカツだよ」

「あっ、やっぱり、そうなんだ」


 フーの発言にライトがとても納得している隣で、エルは球体を無理矢理、鞄に突っ込んでいた。その格闘の最中に目線を寄越すことなく、エルも会話に参加してくる。


「フーの店は特にね。雰囲気もあれだから、他の国家魔術師も寄りつかないだろうし」

「それでも、カツカツで収まっているんですね」

「エルが金を落としてくれるからね」

「そういえば、何でエル様はこの店に来てるんですか?言い方的に他の店もあるんですよね?」

「それはだって、フーとは…だから」

「そんなに古い関係なんですか?」

「同じ人物をと仰いだ仲さ」


 その一言を聞いたことで、ライトはそれ以上の質問ができなくなった。球体を鞄に突っ込み終えたエルの表情も、あまり明るいとは言えないものになっている。


 エルの師であるガゼルは二ヶ月前まで国家魔術師だった男だ。二ヶ月前に過去に行っていたことが露呈し、様々なことがあった後、その姿を消してしまった。

 エルはそこで分かったを良く思っていないはずだ。それはを一端でも知っているものなら、容易に想像がつくことだ。


「そろそろ、俺は帰ろうかな。ライト君はどうする?」

「ああー、じゃあ、俺も…」


 帰るとライトが答えようとしたところで、エルの目がライトの隣に止まったようだった。


「あれ?その二式魔術って、フーが作ったの?見たことのない組み方だけど」

「ああ、それは私じゃないよ。最近、人を雇ってね。そいつに食い扶持は自分で稼ぐように言ったら、いろいろと作って置いていくんだよ」

「ん?雇ったら、普通はそうなるんじゃないんですか?」

「雇ったのは結果論さ。元々は行き場がないって言うから、住まわせていただけなんだよ」

「フーが誰かと一緒にいるなんて珍しいね。今度逢わせてよ」

「ああ、タイミングが合ったらね」


 エルがフーと約束を交わしたところで、ライトの話を遮ったことを思い出したようだった。ライトに目を向けてきて、申し訳なさそうに軽く頭を下げてくる。


「ごめんね。何かを言おうとしてたよね?」

「ああ、いえ、俺も帰るってだけで…」


 そう言いながら、ライトは次の予定を頭の中で考えようとして、ベルの顔を思い出した。


 やはり、一度本人に逢ってみないと分からないことが多いのかもしれない。ライトの気分的にはあまり乗らないが、この場合の選択としてはそれが一番なのかもしれない。

 そう思い始めたところで、ライトはベルがどこにいるか分からないことに気づく。


「一つ聞きたいんですけど、エル様ってベル婆がどこにいるか分かりますか?」

「ベル婆?この時間なら、アスマ殿下とパンテラじゃないかな?」

「ああ、そうか。そういえば、そんな時間ですね」

「パンテラに行くの?」

「そのつもりです。エル様は?」

「俺は帰るよ。この準備もあるしね」


 エルと一緒に店を出ることになって、ライトは最後に気になっていたことをフーに聞いてみることにする。


「そうだ。一つだけいいですか?」

「何だい?」

「モテる薬ってあるんですか?」

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