前々々日(8)
アスマがギルバートの用意した誕生日プレゼントのことを考えている頃、王城には別の理由でプレゼントについて考えている男がいた。ライトのことだ。
アスラからベルへのプレゼントをお願いされたライトだったが、ベルへのプレゼントは欠片も思いつかないまま、時間ばかりが過ぎていた。
様々な案を考えてはみるのだが、あまりにベルが特殊過ぎて、それらで本当にいいと思うことができないのだ。
当のベルに当たろうにも、ベルはメイドとしての仕事の最中であったため、ベルに聞くこともできない。それにライト自身の気持ち的にも、ベルと直接逢うことは躊躇われた。
これからどうするか考えていく中で、一度、発想の大幅な転換が必要かもしれないとライトが思い始めた時になって、ライトは通用門近くを通りがかった。
それは歩きながら考えていた結果、その場所に辿りついただけのことだったのだが、そこでちょうど外出しようとしていたエルと鉢合わせることになった。
「あっ、エル様。こんちは」
「こんにちは。ライト君も外出?」
「え?いや、違いますよ。俺は考えごとしたら、ここに来てただけです」
「ライト君が考えごとって珍しいね。どうやってサボるとか、楽して金儲けとかそういうこと?」
「エル様の中で俺はどんなキャラなんですか…もうちょっと真面目なことも考えますよ。この国の行く末とか」
「本当にそんなこと考えるの?」
「一応、アスラ殿下の護衛ですから。まあ、一番考えるのは、アスマ殿下の奇行を見た時ですけどね」
「それは俺も考えるよ」
そこでライトはエルが一人で外出しようとしていることが気になった。
「エル様は一人で外出ですか?」
「ああ、そうだよ」
「珍しいですね。どこに行くんですか?」
「魔術道具屋」
「魔術道具屋!?」
エルの口から飛び出した聞き覚えのない単語に、ライトはキラキラと目を輝かせた。聞いたことないので良く分からないが、何とも興味をそそられる言葉だとライトは思う。
「何ですか、その店は!?」
「あれだよ?ただ魔術に関する道具が売られているだけの店だよ?」
「いや、それは分かっているんですけど、そこのところが気になるんですよ。国家魔術師の皆さんはそんなところに通っているんですか?」
「ああ、うん。まあ、あの店には俺しか行ってないと思うけど、他の魔術道具屋には行っている人もいるんじゃないかな?」
「俺もそこに行ってみていいですか?」
この時のライトの頭には、魔術道具屋に関する興味しかなかったので、ベルへのプレゼントの件は完全に忘れていた。
どうやってベルへのプレゼントを考えるかも決まらないまま、ライトは魔術道具屋の想像ばかりを頭の中で膨らませている。
「いいけど、俺は監視用の魔術を買うだけだから、珍しいものが見られるか分からないよ?」
「それは大丈夫です…て、監視用の魔術?」
「そう。メイドが幽霊を目撃したらしいんだよ」
「幽霊?何その面白そうな話。俺が知らない間に面白そうな話が多くないですか?こんな祭り前になって」
「いや、それは分からないけど。幽霊って言っても、幽霊らしき人影なだけだよ。それが本当に幽霊なのか、誰かいたのか分かってないんだ。もしも、そこに誰かいて、それが王城に関係している人だといいんだけど、そうじゃない場合が、ね?」
「ああ、それで監視用の魔術ですか。まあ、賢明ですね」
「それでついてくるの?大丈夫?騎士の仕事とかないの?」
エルにそう言われたことで、ライトはようやくベルへのプレゼントのことを思い出した。
しかし、魔術道具屋に対する興味は強いので、ライトはベルへのプレゼントに関する何かが見つかるかもしれないとすぐに理由を作って、自分の中で正当性を生み出した。
「大丈夫です。これも仕事ですから」
「本当に?竜王祭も近いけど、それに関する仕事とかもない?」
「それも大丈夫です。そんな仕事はありません」
ライトが強く言い切ったことで、エルも同行を許してくれて、ライトはエルと一緒に王城を出る。頭の中ではベルへのプレゼントのことから変わって、魔術道具屋に対する想像ばかりが膨らんでいく。
「いやー、どんなところか楽しみですよ」
「そうやって期待されると、ちょっとね。あまり期待しない方がいいと思うよ。特にあの店は酷いから」
「大丈夫ですって、エル様は通っているから分からないだけですよ」
「そんなことないと思うだけどなー」
この時、魔術道具屋に対して懐いた幻想の数々が、本当に幻想のまま消えることになることをライトはまだ知らなかった。
☆ ★ ☆ ★
ヴィンセントはエルと共に発見した壁の崩れのことを報告してから再び暇になっていた。特にすることもないので、取り敢えず、適当な場所でサボり始める。
そもそも、騎士と言っても、年中護衛が必要なわけではないので、普段はあまり仕事がない。騎士の人数もそれなりにいるので、護衛が必要な時になっても、ヴィンセントが招集されるともかぎらない。
そうなってくると、日々は暇の積み重ねでしかなかった。いくら暇が嫌いではないどころか、三度の飯よりは好きだが、女と比べると女の方が好きなくらいのヴィンセントでも、それだけ暇が積み重なると持て余すというものだ。
三日後には竜王祭が迫っているので、その時になると仕事は増えると思うが、それまではとても長い休暇時間だとヴィンセントは考えている。
そんなところで、ヴィンセントは急に何かを忘れている予感に襲われた。それもそれなりに大事なことだった気がするが、聞いた段階でヴィンセントが覚えようとしていたら忘れていないため、それくらいのことだった気もする。
ただ何となく思い出しておいた方がいい気がして、ヴィンセントが頭を捻っていると、とても聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ようやく見つけましたよ」
その声を聞いた瞬間、ヴィンセントの背筋は反射的に伸びた。
声のする方に目を向けてみると、そこにはブラゴと言う男が立っていた。現在の王国騎士団をまとめる騎士団長で、その力量は歴代最高の騎士と称される人物だ。彼が騎士になった十六歳という年齢は、未だに抜かれていない歴代最年少記録でもある。
「どうしたんですか、団長。こんなところにわざわざ」
ヴィンセントはかつての後輩に軽く頭を下げながら、できるだけの笑みを作って、そう訊ねる。
それを聞いたブラゴはどこか呆れたような顔をして、ヴィンセントに近づいてきた。
「何を言っているんですか?竜王祭期間中の警護体制について話し合うから、全ての騎士は集まるように伝えたはずですが?」
「ん?あー…」
ヴィンセントはそこで忘れていたことが何であるか思い出した。確かにそのような話を衛兵から聞き、適当に流した記憶がある。
「いやー、完全に忘れてましたね」
「まあ、貴方の場合はそうでしょうね。そうだと思って迎えに来ましたよ」
「わざわざ団長が?」
「私以外の人が来て、貴方は従いますか?」
「まあ、セリスちゃんとかなら考えなくもないですよ」
「なら、私が来て正解でしたね」
呆れた顔のまま近づいてきたブラゴに、ヴィンセントは袖を掴まれた。
「貴方以外大体集まっているんですから、早く来てください」
「いや、そんな引っ張らなくても…て、大体ですか?全員じゃなくて?」
「ライトがいませんが、ウィリアム曰くサボりらしいです。ヴィンセントさんと同じく忘れている可能性もありますが、覚えていても来る気がないだろうと。私もそれは同感ですので、既に諦めています」
「じゃあ、俺も諦めません?」
「貴方は冗談がよりつまらなくなりましたね」
「その最初からつまらないけどっていう含みがキツイ!!」
ヴィンセントはあまり騎士の招集が好きではなかった。真面目な雰囲気に息が詰まりそうになる上に何もすることがないので、他で暇を潰すよりも時間の浪費を感じてしまう。
何とか行かなくてもいい理由を探そうと思って、ヴィンセントは頭を働かせるが、ヴィンセントの作った理由でブラゴが見逃してくれるとは思えない。
「ほら、全員で集まったら、騎士としての警護の仕事ができなくなるじゃないですか?」
「そんな常時警護が必要なほど、現在の王国は危険ではありませんよ。最も危険なゲノーモス帝国との関係も膠着状態が続いていますし、脅威がすぐそこに迫っているわけでもありません」
「えーと、じゃあ…ライトがいないなら、俺がいなくても大丈夫じゃないですか?」
「誰かがいないことで、貴方がいなくてもいい理由にはなりませんよ。理由を作りたいのなら、もう少し真面なことを言ってください」
それから、ヴィンセントは愚にもつかぬ理由をいくつか並べてみるが、愚にもつかないのでブラゴが聞いてくれるわけがない。ヴィンセントはブラゴに引っ張られるがまま、連れていかれてしまう。
「何でライトはサボれて、俺はサボれないんだよ!?あいつはどこに行ったんだ!?」
「恐らく、どこかで遊んでいるのでしょう。安心してください。ライトは後で減給しておきます」
「ああ、減給?それなら、俺は行きます」
ヴィンセントはとても現金な男だった。
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