前々々日(2)

 アスラが誕生したのは、アスマの誕生の二年後のことだ。今年で十五歳を迎えるアスラは、明朗快活で無邪気なアスマと違って、とても大人っぽい落ちついた少年に育っていた。

 アスマの非常に外向的な性格と比べると、その性格は内向的と言え、互いに真逆な性格をしている二人だったが、その兄弟仲はとても良かった。

 特にアスラのアスマに対する尊敬度は高く、王城内でもアスラの大きな秘密として語られるほどだった。


 中庭から手を振ってくるアスマに向かって、手を振り返しているアスラは、とても嬉しそうに笑っていた。普段の大人っぽい雰囲気からは考えられない子供らしい笑顔だ。

 これもアスラのアスマに対する尊敬度が生み出す笑顔で、アスマと接している時だけ、アスラはこういう表情を見せることがあった。


「それで俺に頼みって何ですか?」


 アスラの後ろに立ち、そう切り出したのは、アスラの護衛を務める騎士のライトだった。シドラスと同じく若くして騎士となった逸材だが、その態度や性格はシドラスとは違い、とても軽薄なものだ。

 それはアスマとアスラの違いと同じだが、こちらはアスマとアスラと違って、互いの仲が良いわけではない。特別悪いわけでもないが、少なくともライトの仕事に対する態度をシドラスはあまり好んでいないはずだ。


「殿下が俺に頼みなんて珍しいじゃないですか」


 そう言いながら、ライトはヘラヘラと笑っている。それを良く思っていないのが、ライトの隣に立っている男だった。


 男の名前はウィリアムと言った。ライトと同じく騎士であり、ライトの十年以上先輩に当たる人物だ。エアリエル王国で最も多い人種であるアスマ達とは違い、褐色の肌や縮毛が特徴的である。

 ウィリアムはとても真面目な性格をしていた。仕事に対する向き合い方もそうだが、普段の生活態度まで生真面目が服を着ているようである。


 そんな人物からすると、ライトの行動の一つ一つは信じられないものだった。とてもじゃないが、受け入れられるものではない。

 そのことをライトも理解しているはずだが、ライトはその態度を変える様子が一切なかった。ウィリアムが何度か注意しても、全くと言っていいほどに変化は見られない。


 それでも、ウィリアムが強く言うことができなかったのは、アスラが注意する様子がないからである。それどころか、アスマと近しいところがあって、ライトの良いところだと言っていた。

 流石にその良いところという発言は否定したが、ウィリアムはアスラが受け入れているなら、自分もそうしなければいけないと我慢することになった。


 この時も、ウィリアムはライトの態度を注意したい気持ちが湧いていたが、その気持ちを言葉にする前にアスラが当たり前のように答えてしまっていた。


「実はプレゼントを考えているんです」

「アスマ殿下へのプレゼントですか?」


 三日後に開催の迫った竜王祭は、アスマの生誕祭も兼ねている。実際に生まれた日から、少しずれているが、アスマへの誕生日プレゼントはこの祭りの際に渡すことが多かった。

 アスラの考えているプレゼントはこれのことなのだろうと、隣で聞いていたウィリアムは思ったし、ライトもそう思ったようだったのだが、振っていた手を止め、振り返ったアスラはそれを否定するようにかぶりを振った。


「兄様へのプレゼントはもちろん考えましたが、それは既に用意しています」

「では、誰へのプレゼントですか?」

です」

「ベル婆?」


 驚くライトに珍しく共感するようにウィリアムも驚いていた。ただし、表情には出さないようにひっそりと、心の中だけで驚いている。


「どうして、ベル婆に?」

「ベルさんが来てから、兄様がとても楽しそうなんですよね。もちろん、今までも楽しそうでしたけど、それ以上に」

「ああ、まあ…」


 ライトは珍しく口を噤んだようだった。その先にある言葉をウィリアムは簡単に想像でき、途中で止めたことを評価した。


「そのお礼をこの機会にしたいんですよ」

「それでプレゼント…で、俺は何を?」

「僕ではベルさんに何をプレゼントしたらいいのか分からなかったので、ライトさんに調べてもらいたいんです。ライトさんなら、ベルさんにうまく探りを入れられると思って」

「ああ~、そういうことですか~」


 ライトは頭を掻きながら、アスラから目を逸らしていた。ウィリアムには、それが珍しく少し困っているように見えた。


「まあ、殿下が珍しく俺に頼んだことですからね。引き受けますよ、もちろん」

「それでは、お願いします」

「はい」


 そう答えるなり、ライトはすぐにアスラに背を向ける。


「じゃあ早速、今から調べてきますね」


 そう言い終わるが先か、ライトは渡り廊下をすたこらと歩き出していた。明らかにサボったとウィリアムは思う。


「速いですね」


 少し苦笑しながら、ライトの背中を見送るアスラを見て、ウィリアムは率直な疑問が湧いてきていた。


「どうして、あいつに頼んだのですか?他にも適任はいるでしょう?」


 その疑問をぶつけると、アスラは途端に表情を変えていた。それは子供を心配そうに見守る母親のような表情だ。


「ウィリアムさんは気づいていますか?」

「何のことですか?」

「少し前のライトさんなら、今頃この場所にはいなかったはずなんですよ」


 そう言われて、ウィリアムは確かにライトと一緒にいることが増えたことに気づいた。以前なら、理由も言わずにサボっていたはずなのに、最近はアスラの護衛としてアスラの近くにいることが多くなっている。

 それはアスラの護衛なのだから、酷く当たり前のことなのだが、それまでのことを考えると大きな変化だった。


「前は良く兄様のところにいたんですよ、ライトさん。エル様とか…皆さんと一緒に兄様と王城を抜け出したりとかしていたんです。けど、最近はそれがなくなって…それって多分、ベルさんが来たからなんだと思うんです」

「ベルさんが?どういう関係が?」

「ライトさんのさんって、多分ベルさんくらいの見た目になっているはずなんですよ」


 ライトに妹ができたのは、ライトが十歳の頃のことだ。まだ生まれたばかりの赤ん坊だった妹をライトも抱っこしたことを覚えているらしい。

 それから、ライトの妹はライトの妹以外の固有名詞を与えられる前に姿。ほんの一瞬、家の中で目を離した瞬間に、窓から侵入した誘拐犯が攫っていったのだ。


 幸いなことに、家の近くに止まる不審な馬車が発見され、すぐに追跡されたのだが、馬車や誘拐犯が捕まった時に、ライトの妹の姿はそこにはなかった。

 それから、十年以上の月日が経ったが、未だにライトの妹は発見されておらず、生存しているのかどうかも分からない状態だ。


「妹のことを思い出すから、ベルさんを避けていると?」

「恐らく、そうだと思うんです。本人が気づいているのかどうかは分からないですけど」

「本能的に、ですか」

「僕はライトさんとベルさんがもっと仲良くなって欲しいんです。最近のライトさんは、どこかつまらなさそうに見えることが多いから」

「それで近づかせるために、プレゼントのことを頼んだのですか。殿下は少しあいつに甘くないですか?」

「そんなことないですよ。僕はただ皆に笑っていて欲しいだけなんです」

「私はあいつがサボって笑えませんけどね」

「ハハッ。それは申し訳ありません」


 苦笑するアスラにウィリアムは少し大人げなかったと反省する。誤魔化しも兼ねて、話題を立ち去ったばかりのライトに戻す。


「しかし、あいつはどこに行ったのですかね。ベルさんが今はどこにいるか分かっているのでしょうか?」

「それは問題ないというか、問題ないことが問題あると思いますよ」

「と言いますと?」

「ベルさんは今頃仕事中のはずですから」

「ああ、それは…」


 やはり、ライトはサボりで間違いなかったとウィリアムが確信した瞬間だった。

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