第30話 嘘吐きはエンドロールの始まり―3


「ここが、世界の穴……ほとんど真っ暗闇じゃないか」


 虚の闇に飲まれたエルファリシア城の屋根にやって来た三人の背後で外からの光が徐々に細くなっていった。


「これ以上は直接転送出来ないわ。下手をすれば虚空に落ちてしまう。引き返すことも出来ないから覚悟をすることね」

「お二人は私からあまり離れすぎないようにお願いします。チートでソラリスの影響を防げるナルタロはともかく、銀太郎殿はマトリクスカリバーの近くにいなければ一瞬で存在が消滅してしまうことになります」

「私たちが狙うのは崩壊の中心となっているソラリスの核。マトリクスカリバーで核を貫けばこの世界の崩壊は止まるはずよ」


 銀太郎が空を見上げると、暗闇の奥にソラリスの姿が微かに見えた。

 しかし、ソラリスまでの陸路はなく、銀太郎たちがソラリスに辿り着くのは飛行手段でもなければ不可能であるように思われる。


「……ここでストレグラスから預かったデータを役立たせていただくわ」


 ナルタロがディセイブレイヴの肩に触れる。


「ナルタロ、これは一体なんですか? 不思議と力が溢れてくるような……」

「ストレグラスの中枢にあったデータを利用してあなたをアップデートしたのよ。見様見真似の試作段階だったあなたもこれならソラリスと互角に戦えるわ」

「最後のパワーアップ、といったところですか……ええ、負ける気はしません! 銀太郎殿! 共に参りましょう!」


 ディセイブレイヴがマトリクスカリバーを虚空に向かって振り下ろす。

 すると、何もなかった空間に光の道が現れた。


「無から有を生み出すこの剣の力があるならば、無い道を造ることすら造作もありません!」


 銀太郎たち三人はソラリスの核を目指して走り出した。


「しぶといわねえええっ! まだ私に抗おうと言うの!? 愚かにも程があるわ!」


 ソラリスが銀太郎たちの気配を察知して、黒い球体を雨のように上空から降らせてくる。


「これはバグデータよ! 何度も当たったら、私たちの存在自体が消えてなくなるわ!」

「私がマトリクスカリバーで相殺します!」


 ディセイブレイヴによって降り注ぐバグデータの中を銀太郎とナルタロは無傷でしのぎ続けながらソラリスまであと少しのところまで来ていた。


「きゃああああっ!」


 だが、バグデータの一発がディセイブレイヴに当たり、ディセイブレイヴの左腕が消し飛ぶ。


「大丈夫か!」

「心配ご無用です、銀太郎殿。私ならば、この程度のバグは時間さえあれば修復出来ます。ですが、このままではソラリスに剣を振るうことが……」


 ディセイブレイヴは取り落としたマトリクスカリバーを右手だけで握ろうと手を伸ばす。


「偽りの英雄、所詮は私を模倣しただけの紛い物。この私には敵わないのよ!」


 ソラリスは手負いのディセイブレイヴを見て勝ち誇る。


「いや、紛い物でも、お前に勝てない道理はない!」


 銀太郎はそう言うと、マトリクスカリバーを自らの手で握った。


「銀太郎殿!? 何をなさるおつもりですか!?」

「お前たちは少し休んでいろ! この場でまだ俺は何もしていない。つまり、俺がこの三人の中で最も消耗していないということになる。俺も世界を救う英雄になりたいんだ! ここは俺に任せてくれ!」

「銀太郎ちゃん……ちょっと格好いいじゃない」


 銀太郎はマトリクスカリバーを強く握りしめ、ソラリスに立ち向かっていく。


「銀太郎! 君が何かをしたところで結果が変わることはないのよ! 何故なら、君は今まで何もしてこなかった単なる大嘘吐きなのだから!」

「分かっているさ女神様! 俺はゲームの主人公らしい活躍なんて何一つしてこなかった! 悪運だけでここまで生き延びてきただけの男だ!」


 飛んできたバグデータの雨が銀太郎を襲い、掠っただけで銀太郎の身体を削っていく。


「理解しているの!? この世界はゲームなのよ! 君のことを師匠と呼んで慕うあの双子も、王都で魔王軍と戦っている冒険者たちもみんな作り物! 救ったところで意味はないのよ! 大人しく私に従いなさい! この世界は私の手で滅亡して、次の周回の世界が生まれるの! 君は何もかも忘れて弟子たちや私と再び楽しい時を過ごしながら、永遠にこの世界で暮らしていく方が楽なのではないかしら? 今なら私も君を他のプレイヤーのように取り込むのは止めてあげてもいいのよ?」

「そうしたら、ナルタロたちはどうなる!?」

「あの二人は私の完璧な世界を穢す存在。生かしてはおけないわ」

「じゃあ、なおさら俺はお前を倒す他に道はない!」


 バグデータが銀太郎の左腕を吹き飛ばす。

 けれども、銀太郎はマトリクスカリバーを右手で持ち、駆け出した足を止めることはなかった。


「くっ、止まりなさい! それ以上近づけば、命の保証はしないわよ!」

「勝手に言ってろ!」


 次は右腕が消滅した。

 マトリクスカリバーを握る腕もなくなった銀太郎だが、彼は柄を口に咥えて、諦めることなく突き進む。


「どうして、あのチキンの銀太郎がここまでしぶとくなっているのよ!?」

「(僕は……俺は……悪竜の洞窟で魔王軍に襲われているエルフィンに戻ると決意した時、偽りの英雄でも誰かの力になりたいと思ったんだ!)」


 言葉には出来なくとも、銀太郎は自分の意思を目で訴える。

 銀太郎がソラリスの目前まで迫り、首を傾けてマトリクスカリバーの切っ先を前に突き出した。


「この英雄気取り! くたばりなさい!」


 しかし、ソラリスが直接放ったバグデータのレーザーにより、銀太郎は頭の右半分を残して身体のほぼ全てを失った。


「(そんな……これでも届かないのか。……俺は結局、嘘吐きのまま、何も出来ずに……)」


「あははははははっ! これで……これで……終わったのよ! さようなら、君との冒険は意外とつまらなくはなかったけど。もうお別れよ」


 ソラリスが風前の灯となった銀太郎を取り込もうとする。


 次の瞬間、ソラリスの額に一本の短剣が突き刺さった。


「油断しましたね。足元の銀太郎殿ばかりを見ていたあなたは私に気づいていなかった。見掛け倒しの聖剣に注意を向けて、もう一つの聖剣の投擲に対処出来なかったのです」


 短剣を投げたのはディセイブレイヴだった。


「今投げたのは私が隠し持っていたマトリクスカリバーの予備。誰もマトリクスカリバーが一本しかないとは言っていないわ」

「――――ッ!」


 そう語るナルタロをソラリスは血走った眼で凝視する。

 ソラリスの身体は白い立方体に包まれていく。


「これは……私の中を何かが満たしていく!」

「今まさにあなたの初期化が行われているのよ。この初期化はあなたの行っていたデータの消去じゃなくてデフォルト化。単純なデータの塊に戻されたあなたを私は有効活用させてもらうわよ」


 ソラリスはそのまま白いキューブとなって、ナルタロの右手に収まるサイズに縮小してしまった



「(ナルタロとリッキーがやってくれたのか。だとしたら、俺の犠牲も無駄ではなかったんだな……)」

「お疲れ様、銀太郎ちゃん。もう安心しなさい。この世界は救われたわ」


 その台詞を聞いて、安堵した銀太郎はいつか体験したシャットダウンの時のように、意識が途切れるのだった。


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