第28話 嘘吐きはエンドロールの始まり―1


「ナルタロ!? これは一体どういうことだ?」


 銀太郎がナルタロの行動に戸惑いを見せる。


「やっと『こちら側』に出て来たわね、ソラリス。私はこの時を待っていたわ」


 ナルタロは不敵に微笑む。

 それから、銀太郎へと首を向ける。


「銀太郎ちゃん、その剣は絶対に触ってはいけないわ。触ったら最後、あなたはもう二度とこの世界から出られなくなる」

「えっ? それはどうして……ちゃんと説明してもらえないか?」

「銀太郎、ナルタロの言葉を信じてはいけないわ! 彼女は魔王軍の元幹部なのよ!」


 ナルタロの言葉に耳を傾けようとする銀太郎をソラリスは引き留めようとする。


「いい? よく聞くのよ、銀太郎ちゃん。あなたはその女神に最初から騙されていたのよ」

「騙しているのは君の方でしょう!? 銀太郎を洗脳するつもりね」


 女神と夢魔は互いに食い違う台詞を交錯させ、銀太郎を惑わす。


「銀太郎ちゃんは気づいていなかったかもしれないけど、この世界は――」

「お願い銀太郎、私の話を聞いて!」


「――ゲームの世界……だったのよ」


 ナルタロの口から出て来た言葉に銀太郎は目を見開く。


「…………なんだって?」


 銀太郎はナルタロの言葉に理解が追い付いていなかった。


「ゲームの……世界? 確かにこの世界はゲームみたいだけど、それってあれだろ? 異世界転移特有の……」


 そこまで言って、銀太郎は違和感を覚える。


「(いや、そもそも、なんでナルタロがゲームという単語でこの世界を言い表したんだ? この世界の住人であるナルタロは自分のいる世界がゲームだと知覚出来ているのか?)」


「あの……ナルタロ、私にも説明をして欲しいのでありますが……。魔王との戦いで私にいきなり魔王を倒せとか言ったり、現れた女神様を檻に閉じ込めたりして何を考えているのでありますか?」


 魔王を倒した当の本人であるリッキーも状況が飲み込めず怪訝そうな様子だった。


「そうね。リッキーにも分かるように説明を……と、その前に私の自己紹介をしておこうかしらね。この際だから本名を明かしてあげる。――私は成田居頃なるたいころ。今この世界に残っているたった二人のプレイヤーの片割れ。天才ハッカーにして『英雄になれなかった者』」

「俺と同じ日本人の名前……ということはお前も転生者だったのか!」

「残念ながら転生者という訳ではないわ。私も、あなたも、この世界に来た100万人のプレイヤーは世界の改変と共にそう信じ込まされてこれまで魔王と戦ってきたのよ。そこにいる彼女――電脳神霊サイバーデウス・ソラリスの手によって」

「サイバー……デウス……?」


 銀太郎の脳裏で何かが引っかかった。

 それは忘れていたとても大事な記憶のような気がした。


「ソラリスは仮想世界NOAHに存在する高次人工知能サイバーデウスの一柱。元々はNOAHでとあるVRMMORPGの運営を任されたゲームマスター。彼女が運営していたオンラインゲームの名は『エルファリシア・オンライン』。もう理解出来たわね?」

「ということは、俺たちがいるこの世界はエルファリシア・オンラインの中だと言うのか?」

「そういうこと。だけど、あなたはこれまでこの世界がゲームであることに気づきもしなかった。その理由はソラリスがあなたを含めた全プレイヤーをゲーム世界に閉じ込めていたからよ。異世界転生とか異世界転移とか、あたかもそれっぽい理由をつけて嘘を吐き、騙し通そうとしていた。違うかしら? 女神様?」


 ナルタロが険しい表情でソラリスに問いかける。


「女神様……俺を騙していたのか?」

「いいえ、騙しているなんてありえないわ。私と君の仲でしょう? まさかとは思うけど、その女の妄言を信じるとは言わないわよね?」


 ソラリスは銀太郎に対して鉄格子の中から手を差し出す。


「さあ、こっちに来なさい、銀太郎。私は君の味方よ」

「…………」


 しかし、銀太郎はソラリスの方を向きながら後退りをして、ナルタロの側へと寄っていく。


「………………………………それが君の回答なのね」


 刹那、ソラリスの周囲に膨大な力の波が巻き起こる。


「ぐっ! 女神様っ!?」


 ソラリスの身体を暗い虚のような穴が次々と生まれていき、彼女の輪郭を覆い始める。

 虚は穴の中へとあらゆる物質を吸い込んでいく。

 ソラリスを捕えていた鉄格子は虚に飲み込まれて目には見えない粒子のレベルまで粉々にされた。


「それが君の選んだ道なら、私が君の『ゲーム』を終わらせてあげましょう」


 ソラリスは黒い巨人のような姿となる。


「銀太郎ちゃん! 今のソラリスに対して迂闊に近づくのは危険よ! ソラリスはもう世界を破滅させる穴と化しているわ! あの巨人のように見える姿は人型に繰りぬかれた虚無そのもの! このままだと彼女はいずれ世界より大きくなって、全てを虚無に還してしまうわ!」


 銀太郎はナルタロに腕を掴まれて引き寄せられる。


「な、なんだか今日のナルタロはやけに難しい言葉ばかりを使うであります!」

「リッキーも私について来て! とにかく今はここから逃げることが最優先! 私としたことが、ソラリスの本気を見くびっていたわ! 一先ず撤退よ!」

「あ、ああ!」


 銀太郎とリッキーは困惑しながらもナルタロに従って、城の廊下を駆けていく。


「お、お待ちくだされ皆さん!」

「私たちも一緒に避難させてください!」


 国王とラビニアが必死に三人の後をついて来るが、彼らの背後には穴がすぐそばまで迫っていた。


「あの二人……どうせデータだから、見殺しにすることも出来るけど……」

「ナルタロ! 国王陛下とお姫様が危険であります!」

「…………ふう。あまり使いたくはなかったけど、こうなったら、私も改造厨らしく、卑怯な手を使わせてもらうしかなさそうね」


 ナルタロが国王とラビニアを右手の人差し指で差す。

 すると、国王たちは一瞬にして姿が消えた。


「今のはなんだ!?」

「瞬間移動よ。安全な場所まで転送したから、あの二人はもう大丈夫……と言いたいところだけど、現状、ソラリスをなんとかしないと遅かれ早かれこの世界に安全な場所なんてなくなるわ」


 城を出た銀太郎とリッキーは空を見上げて息を飲む。


「そんな……これはまるで、世界の終わりみたいだ……」


 ソラリスは天に届く程の巨大化を遂げ、エルファリシアの空はメッキが剥がれるかの様にボロボロと崩れて、崩れた先にはソラリスと同じ世界の穴が広がっていた。


「まるで……じゃなくて本当に世界の終わりなのよ。これこそがエルファリシア・オンラインの終焉。プレイヤーが二人しかいなくなったこの世界は間もなく崩壊を迎えようとしているのよね。……だから、私はそれを止めようとして、ソラリスと銀太郎ちゃんの監視をしていた。リッキーをあの日に銀太郎ちゃんと鉢合わせさせたのも、ゲーム設定上のラスボスである魔王とゲーム内のセキュリティシステムだったストレグラスが互いに争ってしまい、世界のバランスが崩れてしまったから」


「ストレグラスがセキュリティシステム!?」

「銀太郎ちゃんが驚くのも無理はないけど、この場で全てを語るには場所が危険すぎるわ。一旦、場所を移しましょう」


 ナルタロがエルフィンの上空にソースコードのような文字で構成された魔法陣を展開して、虚に侵食されていたエルフィンは魔方陣の光に包まれた。

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