第26話 嘘吐きは魔王襲来の始まり


「国王陛下、ラビニア姫、どうぞこちらへ」


 魔王軍と冒険者たちが城下で戦っている最中、ヒシウが王族の親子を連れて城の抜け道へと急いでいた。


「むう。しかし、国王であるこの私が民草を見捨てて逃げても良いものか……」


 国王は抜け道へ向かいながらも思い悩んでいる様子だった。


「ですが、国王陛下、今は街が陥落するかもしれないという一大事。王族の血を絶やさぬためにもお二人には逃げていただかなくてはなりません。城を守っていた騎士団も背後から何者かの奇襲を受け、私以外は全滅してしまいました。騎士団を襲った敵はまだこの城に潜んでいるかもしれません」


 ヒシウは仲間たちの血に濡れた甲冑姿で二人に勧告する。


「ですが、まだ銀太郎様がおられるのであれば私たちにも勝機はあるはずです。そうでしょう?」


 ラビニアがヒシウに問いかける。

 しかし、ヒシウは暗い表情で首を横に振った。


「残念ながら、銀太郎さんはこの街におられません。恐らくは戻ってくることも……」


「いい加減、俺を逃げた逃げた言うのは止めて欲しいな、ヒシウ。いや――魔王軍間者さんよ」

「!!?」


 ヒシウは銀太郎の声に驚愕して振り返る。


「リッキーとナルタロからここまでの馬車で話は全て聞かせてもらった。今回の襲撃、お前が首謀者だな?」

「リッキー……同胞である俺を裏切ったな」


 ヒシウが忌々しげな声で呟く。


「申し訳ないであります、ヒシウ殿。ですが、王都がこんなにも易々と襲撃を受けるという事態、普通ならばあり得ないのであります。だとすれば、裏で襲撃の手引きをしていた者が必ず存在している。そして、それが出来るのは私と同じく騎士団に所属しているあなたで間違いはないのかと」

「ということは、城にいた騎士たちを背後から襲い、全滅させたという人物は……」


 ラビニアが事情を察して、国王の手を引き、逃げようとする。


「おっと、逃がしませんよお姫様!」


 ヒシウの甲冑の隙間からスライムが飛び出して国王とラビニアの行く手を阻む。


「ヒシウの奴、鎧の中に魔物を隠していたのか!」

「ふふっ、俺のスライムは変幻自在。無防備な騎士たちを騙し打ちするなんて容易いことだ」


 気弱なヒシウはもうどこにもおらず、不気味な笑みを浮かべる魔王軍の手先だけがそこにいた。


「銀太郎様、お助けを……ッ!」

「ラビニア姫! 国王陛下!」


 スライムがラビニアと国王を包み込み、彼女たちの口と鼻を塞ぐ。


「王族共には誰にも見つからない場所でサクッと殺してしまうつもりだったが、ここで殺してしまっても構わないだろう。もちろん、銀太郎さんたちがここで俺を見逃すというのなら、二人は解放してあげてもいいけどね」

「人質とは卑怯だな……」


 銀太郎は目の前にいる魔王の手先に何も出来ないことに歯がゆさを覚える。


「ふはははははっ! いい気味だ! 勇者すらも今の俺には手出し出来ない! もう誰も俺を馬鹿には出来ない――ガハッ!?」


 だが、勝利を確信したヒシウの腹は一本の剣に背後から突き刺された。


「ヒシウ、私のことを忘れてもらっては困るな」

「ぐあああっ! ドゥーバ!?」

「上司を呼び捨てにするとはいい度胸だな! 歯を食いしばれ!」


 ドゥーバがヒシウの頬に強烈なストレートを喰らわせる。


「ドゥーバ! お前、その怪我は大丈夫なのか!?」


 現れたエルファリシア王国の騎士団長は身体中血まみれで足取りはふらついていた。

 ドゥーバの纏う血はヒシウのような返り血ではなく、自らの傷口から噴き出しているものだった。


「心配するな。これしきの傷――ぐっ!」


 強がるドゥーバだったが、傷はかなり深いようで、そのまま地面に膝を突いた。


「ああ、痛い……痛い……俺はこんなはずでは……」


 一方、ヒシウも腹部から大量の血を流し、瀕死の重傷を負っていた。


「はあ……はあ……知っているさ、ヒシウ。貴様は自身の価値を理解してもらえないことにいつも不満を抱いていた。こんなことになるのならば、もっと早く貴様の正体に気づいていれば良かったな」

「…………騎士団長」

「だが、私は知っているぞ、貴様が誰よりも努力をしていたことを。貴様が夜遅くまで一人で剣の鍛錬をしていたことやそのユニークスキルをなんとか戦闘に生かそうとしていたこともな」

「あ、あなたという人は……どこまでお人好しなんだ……」


 ヒシウは傷つきながらも慈しみに溢れたドゥーバの様相に涙を流した。


「いいか、ヒシウ。私は死んでも貴様の上司だ。私は先にあの世で待っているぞ」


 ドゥーバは最期にそう言って、瞼を閉じると、静かに息を引き取るのだった。


「…………」


 ヒシウは呆然として、ドゥーバの亡骸を見つめていた。

 国王とラビニアはスライムの拘束から解放されて呼吸を取り戻す。


「何はともあれ、これで首謀者は止められた……のか。遅れて悪かったな、ドゥーバ。後は俺たちで残った四天王を――」


「まだ終わっていない」


「えっ?」


 ヒシウの言葉に銀太郎は耳を疑う。


「銀太郎ちゃん、悪いけど、まだ戦いは終わっていないのよね。寧ろ、ここからが本当の闘いというところかしら?」

「おいおい、何を言っているんだナルタロ! 魔王の手先はこれで倒したはずだろ!?」


「余はすっと貴様らの戦いを見ていたぞ」


 突如聞こえた何者かの声に銀太郎は悪寒を感じる。


「出番の時だ、スラぴぃ……否、魔王シェイプシフター様!」

「魔王だって!?」


 ヒシウの鎧から這い出た血まみれのスライムが身体を膨れ上がらせる。


「そう! 余が魔王! ストレグラスに致命傷を負わせたのも、ヒシウに王都襲撃の指示を出したのも全て余の計画の内だったのだ!」


 スライムは銀太郎たちの前で巨大な怪物へと姿を変える。

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