第6話 嘘吐きは冒険者生活の始まり


「おい、あれってドラゴンスレイヤーの近衛銀太郎じゃないか!?」


 銀太郎がミィルとリィルに連行されてエルフィンの街を歩いていると道行く人々が彼に注目する。


「本当だ! こんな街中になんの用なんだろう?」

「両隣の二人は銀太郎様の彼女か? 流石に勇者様ともなるとあんなに可愛い子を二人も侍らせることが出来るなんて……羨ましいなあ」


 人々が銀太郎の噂をしているのを聞いて、ミィルは誇らしげに鼻を鳴らす。


「ふふん! 人気者は大変だね! なんたってミィルのししょーはたった一人でドラゴンを倒した勇者様なんだから!」

「ですが、リィルは少し恥ずかしいです。リィルとせんせーが恋人同士みたいだなんて……」

「(帰りたいなあ……)」


 銀太郎が上の空でそう考えていると、ミィルが突然、銀太郎の脇腹に肘鉄を喰らわせる。


「ぶふっ!?」

「ちょっとししょー! 何をボケっとしているの! 可愛いリィルがさっきデレていたんだよ!? 気づいてあげなよボケなすび!」

「デ、デレてなんていません! リィルは決してそのような感情とかないですから!」


 噴き出した銀太郎にミィルが説教をして、リィルは顔を赤らめながら必死に否定する。


「お、お前ら、街中で何をするんだ。みんなが見ている前でそういうことはするなよ」

「どうして? 別にいつも通りじゃん」

「お前らにとってはいつも通りかもしれないけど、伝説の勇者が道の真ん中で幼女に肘鉄喰らって噴き出したとか知れ渡ったら僕の信用がなくなっていくだろ」

「せんせーは格好つけたがり屋さんですね」

「男のプライドと呼んでくれ。とにかく、公衆の面前では肘鉄禁止。それとミィルはもう少し大人しくしていてくれ」

「なんでミィルだけ!?」

「ミィルが騒がしいからですよ」

「はいはい。もうギルドに着いたからここからは二人共静かにするんだぞ」


 三人はエルフィンの中心にある冒険者ギルドの本部に到着した。


「(よりによってこの二人が来てしまうとは。僕は一刻も早く亡命しなければいけないというのに)」


 銀太郎はそう考えながらも表情を引き締めて冒険者ギルドの扉を開け放つ。

 ギルドは多くの冒険者で賑わっていたが、彼らは銀太郎が入って来たことに気づくと、皆一瞬にして静かになった。

 彼らは同じ冒険者であるため、銀太郎に対しては尊敬というより畏怖の念を抱いており、遠巻きに眺めているのだった。

 ギルドを闊歩する銀太郎は背筋が伸びて顔はキリッとしている。

 ミィルとリィルは銀太郎の腕から手を放して、彼の背後に並んで歩く。

 その様子は傍から見れば歴戦の勇者とその弟子の姿として相応しいものだった。


「ようこそいらっしゃいました、近衛銀太郎様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「依頼を受けに来た。すぐに出ていくから手続きの準備をお願いしたい」


 受付嬢の一人が銀太郎に声をかけ、銀太郎はそっけなく答える。

 銀太郎は掲示板に向かい、クエスト募集の張り紙を一枚引っぺがして受付カウンターへと持っていく。


「あら、今回のクエストは薬草採取のクエストなんですね。これは初心者冒険者向けの簡単なクエストですが、本当によろしいのですか?」


 先ほどの受付嬢が銀太郎の持ってきたクエスト依頼書を見て呟く。


「構わない。今回は弟子の修行に付き合ってやらなければならないから、この程度が丁度良いと判断したのだ。手続きをしてもらえるか?」

「ええ。クエスト受注手続きをただ今完了しました。それでは、行ってらっしゃい」


 受付嬢がクエスト依頼書にサラサラと筆を走らせ、最後に自らの判を押す。

 銀太郎は依頼書を受け取ると、二人の弟子と共にギルドから出ていく。


「颯爽と現れ、颯爽と去っていく。あれぞ、勇者の鑑」

「僕、あのお方の放つオーラに圧倒されて言葉も出ませんでしたよ」

「それにしても、銀太郎さんは今回どんなクエストを受けたのでしょう?」

「わかんねーけど、きっと今回もすげえ高難易度クエストなんじゃねえの?」

「例えば、古代遺跡の巨大ゴーレム討伐とか、大海原の主クラーケンを狩りに行ったとか、想像するだけでもワクワクするな」


 冒険者たちはあれこれと銀太郎に関する憶測を語り合う。


「近衛銀太郎様……今日もなんて凛々しいお姿なのかしら」

「断片的に聞こえた話だけど、銀太郎様は今回、お弟子さんの修行のためにクエストを受けに来たみたいよ」

「素晴らしいじゃないか! 民草のためにクエストをこなすだけでなく、後進の育成まで力を入れているとは! あれこそ勇者のあるべき姿! 私もかつて冒険者をしていたが、彼のような男とパーティーを組みたかったよ!」


「騒々しいですよ。業務の最中なのですから私語は慎みなさい」


 受付嬢たちも銀太郎の噂をしていたが、一人の受付嬢に窘められる。

 窘めた受付嬢は銀太郎のクエスト受注手続きをしていた人物だった。


「そう言われても、ネストさんばっかり銀太郎様の相手をしてもらえてずるいです」

「あなたたちが銀太郎君の相手をすると、いつも彼に高難易度クエストばかり勧めるじゃないですか」


 受付嬢ネストは口をとがらせて文句を言う同僚に呆れて眉間にしわを寄せる。


「だって、銀太郎様は誰も受けたがらない高難易度クエストを受けてくれるし……」

「それはあなたたちが銀太郎君に甘えているだけでしょう。私たちから冒険者の方々にクエストを無理強いするようなことがあってはなりません。そもそも、今回彼が受けたクエストはエルフィン郊外の森林に自生している薬草の採取です。勝手に想像を膨らませるのは構いませんが、根も葉もない噂を広めることは良くないですよ」


 そう言ってネストは冒険者たちを一瞥する。

 ネストは銀太郎がただの人間であることを知る数少ない者の一人だった。

 二桁も年の離れた銀太郎に対してネストは出来の悪い弟の面倒を見ているような気分で接していたのだった。

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