第4話 嘘吐きは竜殺しの始まり


「諸君、気をつけろ! 魔物はどこから出てくるか分からん! 陣形を保ちながらすぐに臨戦態勢を整えられるように意識をするのだ!」


 悪竜の洞窟を探索している偵察部隊の面々にドゥーバは呼びかける。


「うるさい奴だ。俺様たちはこれまでに様々なダンジョンを攻略してきた冒険者なんだからそれくらいは分かっている」


 偵察部隊はドゥーバと銀太郎、それから、ガンナバルク、コムラ、ビブロ、ヒシウの六人で編成されていた。


「それにしても同じ馬車に乗っていた面子がこうして揃うなんて運命を感じるっすね」

「私は銀太郎さんの勇姿に感動して偵察部隊に立候補しました。ガンナさんやビブロさんもそうなのでしょう?」

「そうだなあ。多分、銀太郎が名乗りを上げていなかったら俺様はこうしてここにいなかっただろうな。冒険者なのに未知を恐れるなんて情けない。銀太郎の行動を見て、俺様は冒険者として大切なことを思い出せたぜ」

「(止めてくれよ。マジ止めてくれよ。僕、そんな大それたことしてないんだけど。なんでこいつらいつもポジティブに僕の行動を解釈するの? 陽キャかよ。冒険者みんな陽キャかよ)」


 壊れた機械のように銀太郎を褒め称えるパーティーメンバーに彼は不気味さすら感じるようになっていた。


「だが、まさか貴君があそこで手を挙げるとは思わなかったぞ、ヒシウ!」


 ドゥーバがそう言ってヒシウの背中を叩き、ヒシウは咳き込む。


「げほっ、げほっ、い、いえ、お、俺も一応騎士だし、ぼ、冒険者だけにいいところを持っていかれたくないから……」

「大丈夫なのかコイツ。見るからにひ弱そうだが」


 ガンナバルクが咳き込むヒシウを見て不安そうな顔をする。


「安心してくれ! ヒシウはこう見えてもなかなか根性のある男だ! 魔物に関する知識が豊富で頭も回る! 他の騎士団員は大体ヒシウのことを馬鹿にするが、私は彼が本当は強い男だと知っている! 足手まといにはならないはずだ!」


 ドゥーバは自身ありげにそう言うが、銀太郎を除くパーティーメンバーたちは揃って怪訝な表情をしていた。


「(ドゥーバの言っていることはある意味正しい。だって、このパーティーで足手まといになりそうなのは間違いなく僕だけだろうし。魔物を操るスキルなんて使いようによってはいくらでも役に立つだろ。僕に至ってはこの世界の出身じゃないからユニークスキルすら持っていない訳で、更に言えば、実際のステータスが低過ぎるせいなのかスキルを一切覚えられないとかいう縛りプレイを物理的に強制されているんだぞ。ああ、どうしよう。どうにか隙を見つけてこの洞窟から逃げ出したい……)」


 銀太郎は自分がどうやって戦闘を回避するかということで頭がいっぱいだった。


「み、皆さん立ち止まって!」


 そんな時、ヒシウがそう叫んで一行の歩みを止める。


「どうしたヒシウ!」

「か、微かですけど、ち、近くに魔物の気配がします……」


 ドゥーバに尋ねられてヒシウは答える。


「グルルルルゥ……」


 全員が息を殺して耳を澄ますと洞窟の奥から確かに獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。


「た、多分、この鳴き声はケルベロス……だと思います」


「ケルベロス……言い伝えでは地獄の門番をしていたという魔物か。流石の俺様もケルベロスとはやり合ったことはなかったな」


 真っ暗闇の洞窟で偵察部隊はそれぞれの武器を構える。


「……き、来ます!」


 直後、ガンナバルクを目掛けて三つ首の猛犬が飛びつこうとする。


「ガンナバルク殿!」


 ドゥーバがガンナバルクの前に飛び出し、左手のカイトシールドで襲い来るケルベロスの牙を防ぎ、右手に握っていたブロードソードでケルベロスの左首を斬りつける。

 ケルベロスは悲鳴を上げて後退り、再び暗闇の中へ紛れる。

 ケルベロスが暗闇の中で雄叫びを上げると、別の方向からも雄叫びが聞こえ始める。


「ま、まさか、ケルベロスが複数体いる!? こ、これは危険だ!」

「怖気づくなヒシウ! なんのために私たちがパーティーを組んでいると思っている!」

「騎士団長に庇われたのは俺様的に少し屈辱だが、ここは力を合わせないと乗り越えられない!」

「だけど、ケルベロス複数体を全員で相手していたらストレグラスに辿り着くまでの時間が大幅に遅れるっすよ!」

「ふむ。でしたら、私たちの中で二人選出して残りの四人がここでケルベロスを食い止めている間に深部へ向かってもらうというのはどうです?」

「少々危ないが、私はその意見に賛成だ! 後は誰を向かわせるかということだが……」

「ならば、俺が行く」


 銀太郎は我先にと名乗りを上げた。


「(これだ! このタイミングで逃げてしまえばいい! そして、洞窟の外に出たら待機中の冒険者に助けを求めて救援に向かわせ、全員生き残ってこの洞窟からさよならだ!)」


「あ、あの……お、俺、銀太郎さんと行きます」

「そうか! では、送り出す二人はヒシウと銀太郎殿になるが、諸君、それでよろしいな!」

「聞くまでもない! ヒシウはどの道ケルベロスを相手にまともな戦いが出来るとは思えない。それに銀太郎が一緒なら他に魔物が出てもなんとかなるだろう!」


「(寧ろ他の魔物が出たらひとたまりもない組み合わせなんだけど)……仕方ない。ヒシウ、俺から離れるんじゃないぞ」


「それなら、3カウントで合図がされたら二人は前だけを見て走り出せ! 私たちがその隙を作る! 行くぞ! 3、2、1――今だ!」


 カウントの終了と同時に四匹のケルベロスが襲い掛かり、合計十二もある頭がドゥーバたちを攻撃する。


「走るぞヒシウ!」

「は、はい!」


 銀太郎とヒシウが暗闇の中を駆けていく。

 しかし、銀太郎の向かっている方向は洞窟の奥ではなく、入り口のある方面だった。


「(冗談じゃない! こんなところにいられるか! 僕はキャンプに帰らせてもらうぞ!)」


 銀太郎の心中では仲間を裏切る罪悪感よりも生存本能の方が圧倒的に勝っていた。


「さて、帰り道はどっちだったか。ヒシウ、この辺りの道は分からないか? ……ヒシウ?」


 銀太郎はついて来ているはずのヒシウの返答がないことが気になり、足を止めて背後を振り返る。

 だが、いつの間にかヒシウの姿は忽然と消えていた。


「お、おいヒシウ、嘘だろ? どこに行ったんだよ。……これ、まずくないか?」


 いなくなったヒシウの安否が心配になった銀太郎はヒシウを探すが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。


「もしかして洞窟の魔物に食われてしまったとか……いやいや、まだそうと決まった訳じゃない。ただ逸れただけという可能性もある。だけど、僕一人でヒシウを捜索するのは危険だし……でも、ヒシウがいないと洞窟の道もよく分からないからどっちにしても洞窟の中を歩き回る必要はあるよな……はあ」


 ため息を吐いた銀太郎は左側の壁に手を突いて恐る恐る洞窟内を進んでいく。


「確か常に左手を壁につけて歩いていればいつかは出口に到着するってなんかの漫画で言ってた気がするけど……」


 銀太郎がそうして進んでいると、不意に彼の左手が何か感触の違うものに触れる。


「ん?」


 彼が視線を向けると、人の顔くらいの大きさがあるムカデが壁に張り付いていた。


「キシャアアアアアッ!」

「うぎゃあああああっ!」


 魔物と目を合わせた銀太郎は悲鳴を上げて魔物から手を放す。

 銀太郎は命の危機を感じたが、その瞬間、洞窟の天井から飛来した四つ羽の巨大コウモリがムカデに飛び掛かって捕食する。

 コウモリは食事に集中しているのか銀太郎には気づかず、銀太郎は全速力でその場から逃げ出した。


「もう嫌だもう嫌だもう嫌だ。おうち帰りたい。助けて女神様……」


 銀太郎のメンタルは崩壊寸前だった。

 生まれたての山羊のようにぷるぷると震えながら歩く銀太郎は、やがて広く開けた場所に出る。


「……あれ? ここどこだ? 逃げるのに必死で道に迷ったか?」


『汝、我の敵か?』


「今の声は誰だ!?」


 銀太郎は突如聞こえた自身の頭に直接響くような声に驚く。


『我の質問に答えよ!』


 またしても声が響き、銀太郎の足元から赤い炎が勢いよく噴き出した。


「うおおおっ! なんだなんだ!?」

『我は洞窟の主、人呼んでストレグラス。我が名乗ったのだから貴様も名乗るが良い!』


 炎が弱まり、銀太郎が眼下に目を向けると、炎の明かりに照らされて穴の底に蹲っていた真っ黒な鱗のドラゴンの姿が露わになる。


「ひいいいいいっ! 悪竜ストレグラス!? なんでここに!?」

『貴様の方からこちらへ来たのだろう! この不届きな侵入者め!』


 銀太郎は完全に腰を抜かして立ち上がることすら出来なくなっていた。


「(あばばばばばばばば、なんてこった! こんな時に限ってダンジョンボスとご対面とかシャレにならんぞ!)」

『む? ……その顔の特徴はもしや、貴様、別の世界から来た者か?』

「はいそうですぅ! 僕、近衛銀太郎と言いまぁす! 決して悪い人間ではございませんから! ただの雑魚ですから! だから見逃して!」

『そのようだな。我の知っている異世界の者と比べれば随分と貧弱だが、この国には貴様のような黄色の肌と平たい顔の人間は滅多にいないはずだ』

「えっ、じゃあ見逃して……」

『それとこれとは話が別だ!』


 ストレグラスが吠え、銀太郎は身体の震えが止まらなくなっていた。


『敵であるならば我は貴様を容赦なく殺す。……どうせ、我の命も大して長くは続かないのだがな』


 銀太郎はストレグラスの脇腹が血で真っ赤に染まっていることに気づく。


「お前、その傷は……」

『気づいたか。その通りだ。我はこの傷により、力が弱っている。貴様らが放っておいても我の命はもうじき終わりを迎えるだろう。しかし、貴様一人を葬る程度ならば造作もない』

「いや、僕はお前と敵対するつもりはない。ただ、帰り道が知りたいだけなんだ。他の人間にはお前をここで見たことは言わないと約束する」

『ふん。腰抜けめ。ならばさっさと去るが良い。入口までならば、来た道を真っ直ぐ歩いて突き当りを左に曲がるだけで着く』

「あ、ありがとな。それじゃあ――」

『待てい!』

「ひゃい!? まだ何か!?」


 立ち上がり、踵を返して、言われた通りの道を進もうとした銀太郎をストレグラスが呼び止める。


『貴様に一つ頼みがある』

「な、なんでしょう」

『出来ればこの場所をなんらかの形で塞いで欲しい』

「……へっ?」

『我は人間の手にかかって死にたくはない。だから、命が尽きるその時まで安らかに眠れる場所を求めている』

「そ、そうですか……」


 銀太郎は鞄の中を探り、オレンジ色の液体が入ったポーションを取り出す。


「だったら、これで洞窟の壁を崩してしまうっていうのはどうだろうか?」

『爆発ポーションか。そんなものでこの洞窟の魔物と戦おうとしていたとは笑える話だが丁度いい。それで頼む』

「分かった。……この世界に来て、ようやく本当の僕を見抜ける奴に出会えたのは正直嬉しいけど、ここでお別れだな」

『我を誰だと思っている。人間の本質を見抜くことなど朝飯前だぞ。さあ、壁を塞いでとっとと帰れ』


 銀太郎は距離を取ってポーションを投げる。

 ポーションは地面で砕けて激しい爆発を引き起こし、壁や天井が崩れ落ちた。


         〇 〇 〇


「ああっ! 銀太郎殿ではないか! 無事だったのだな!」


 銀太郎が洞窟の入り口まで戻ると、ドゥーバたちが先に帰っていた。

 偵察部隊は一人も欠けておらず、ヒシウも無傷で生き延びていた。


「す、すいません、銀太郎さん。お、俺、怖くなって銀太郎さんを一人残したまま逃げてしまいました……」

「なんだ、そうだったのか……(まあ、僕も逃げるつもりだったから責められないけど)」



 平謝りするヒシウの肩を叩いて銀太郎は安堵のため息を吐く。


「銀太郎、生きていてよかったぜ! てめえが死んでしまっていたら俺様たちはストレグラスの討伐を諦めようかと思っていたところだった!」

「あ、ああ。そのストレグラスのことなんだが……」


 銀太郎はストレグラスと交わした約束を思い出して、真実を言うべきか悩む。


「その……言いにくいんだが今回の討伐作戦はここで終わりにするべきだろう」


「銀太郎殿? それはどういうことだろうか?」

「すまない、ドゥーバ。ストレグラスだが…………奴は死んだ。奴の住処も瓦礫に埋まって今は行くことが出来ない」

「な、なんということだ……」


 銀太郎の報告を聞いた。ドゥーバは目を丸くして、それを聞いていた他の冒険者たちも驚きで言葉を失う。


「(嘘は言っていない。実際、ストレグラスは虫の息だった訳だし、討伐対象が死んだとなれば、もう冒険者がこの洞窟を訪れることもなくなる)」


「す、凄い……あのストレグラスをたった一人でやっつけるなんて」


 一番初めに声を上げたのはヒシウだった。


「たまげたな。異世界勇者とはいえ、銀太郎がそこまで強いとは……」


 次にガンナバルクがそう言うと冒険者たちが歓声を上げ始める。


「諸君! この勇者を称えよう! 彼こそが新たなるドラゴンスレイヤー! 我々はその誕生を目にしているのだ!」

「(おや? 皆さん何か盛大に勘違いをしておられる? 僕がストレグラスを倒したとなんて一言も――)」

「胴上げだ! 全員でストレグラスの討伐を祝うぞ!」


 騎士や冒険者が銀太郎を取り囲み、彼を担ぎ上げる。


「それっ! わーっしょい! わーっしょい! 今夜は宴だ! 国王様もきっとお喜びになるだろう!」


「(……………………やべえ。なんかとんでもないことになった)」


 胴上げされる銀太郎はそれから帰りの馬車ではずっと放心状態となっていた。

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